愛おしい面差し
和也ははんば強制的に酒を飲まされるが、ナコは酒の飲み過ぎかいつもとは違う様子を見せており⋯⋯
俺とナコは、あれから1時間半ほどの間──ずっと杯を交わしていた。
酒場の時とは違い、まだ一気に飲んではいないおかげか酔いはそこまで周ってきていない。
「うぅむ、眠ぅなってきてしもうた⋯⋯」
ナコは俺が酒を飲んでいる途中で、眠気に襲われてしまったのか瞼を開閉させていたりしていた。
⋯⋯無理もない、今日は何かと楽しんではいたが考え事も多かった。
考えることで体力を使うことなんて⋯⋯と思われがちだが、実はそんなことは無い。
考え事をしていると同時に集中力も使ってしまうからだ。
「もう夜も遅いし、明日もきっと疲れることが起きる。眠いなら寝る方が得策だぞ」
「戯言を抜かすでない⋯⋯妾はまだ飲み足りぬ。」
こんな事を言っているが、顔は真っ赤。
酔いも相まって今にも眠ってしまいそうな目をしていた。
⋯⋯頼むから俺を向かいの部屋に行かせてから寝て欲しい。
鍵は今コイツが持ってるとは思うが、それがどこにあるのかも分からない状況だ。
俺はナコに飲みすぎは体に毒と教えるため、少々過剰ながらも命を削る行為だと伝えるとする。
「お前⋯⋯いくら神だからと言っても酒を飲みすぎると寿命が縮むぞ?」
実際、人間は酒を飲み過ぎると寿命が縮むのは研究で判明している。
この世界の酒の成分がどんなものかは分からないが、酔いを見せている所を見るに大方予想はできる。
「安心せぃ、妾は身体に致命傷を受ける⋯⋯そして飢えなければ死は迫ってこぬ。」
まぁそれは人間も同じだ。
──という事は病気とかはどうなるんだ?
体に致命傷を受けない、そして飢えなければ死なないという事はその他の死因はないも同然ということか?
────俺はその謎を明らかにするためにナコに問うことにした。
「病気とか健康面とかではどうなる?人間はそれで幾度となく命を落としてきたが⋯⋯」
「そのようなもの⋯⋯妖力で打ち消せるじゃろうて。──人間のような半端な生き物とは格が違うのはお主にも教え込んだはずじゃが?」
それってつまり────妖力がなければ単なる人間と変わりがないってことじゃねえの?
⋯⋯俺はそう思ったが、ナコのプライドを考えて口にするのは避けることにした。
怒らせることは俺の死を意味する。色んな意味でな。
「忘れおったのなら再び教え込んでやるが────」
「気になったことを質問したまで。狐の神様の凄さは十分心得てるから安心してくれ。」
俺はナコの発言を遮った。。
此奴の説明は耳が痛くなる、自分の力を説明するだけでなく、わざわざ人間と比べようとしてくるせいで⋯⋯
いつしか此奴に人間を見下さないようになって欲しいものだな。
「──くふっ、今はお主に守られる側になってしもうたがの。⋯⋯じゃが、今に妾はそれを悪く思っておらぬ。」
頬を少しだけ緩め、俺に対して笑いかけながら話してきた──
⋯⋯ナコの口から意外な言葉が出て来たが酔っているためか?
確かに酒は人の本性を出させると聞くが⋯⋯いい機会かもしれない。
俺はそんなことを考え、ちょっとした悪巧みをしている最中、ナコは再び酒を飲みながら言葉を口に出す。
「当初こそ⋯⋯憎き人の子に守られるなぞ屈辱と思っておったが、今はそのような気⋯⋯失せてしもうたわ。」
「憎い人間に取り憑いた挙句、自ら守られる側になるとは考えてもいなかったわけだ。」
俺はナコにちょっとした鎌をかけて見ることにする。
しかし、ナコから帰ってきた言葉は怒りではなく可愛らしい思いだった────
「誠じゃ、お主に2度も命を救われようとは思うわけがなかろう。」
「⋯⋯お主が彼奴から庇うてくれた事、忘れようにも忘れられぬわ。」
────ナコの表情⋯⋯それは目線は下に行ってこそいるが、口元は笑っている。
純粋で曇りがない、そんな表情だった。
コイツがここまで愛おしい顔をしながら話すなんて⋯⋯二度と見れないかもしれない。
⋯⋯見るにナコは恩義を感じてくれてはいるらしい。こんな姿をしているが、神様だし礼儀はちゃんとしていないと、おかしいと言えばおかしいか。
「それはいい意味でか?それとも悪い意味か?」
「くふふっ、お主のちいちゃい頭で考えてみることじゃな。」
⋯⋯すまん、前言撤回だ。
さっきの純粋な目はどこへ行ったのか、ナコは俺の方を見て、またもや俺の事を見下し冷笑してきやがった。
その表情に憤りを感じなくなったのは慣れのおかげだが⋯⋯。
妖力はなく、力も俺に劣るというのに意気揚々としているのが実にナコらしい。
────それはそうと、この言葉を逆手に取ってみるとするか。
「お前が言う『ちいちゃい頭』で考えないと行けないし、1人で考えたいから⋯⋯そろそろ部屋から出して欲しいんだが。」
────ならぬ。
ナコは忽然と表情を暗くし、小声でポツリと何かを言っていたが、俺には聞き取れなかった。
「⋯⋯?」
俺が下を向いているナコの様子を伺うために、頭を少し下げるのを試みるが──
「ならぬ。今宵は共に明かそうと言うておるではないか、なにゆえにお主はそこまでして妾に盾を突きおる?」
⋯⋯なぜ涙目になっている?
顔どころか目まで赤くなっている、酒の飲み過ぎか?
「おいおい、急にどうした?」
ナコの悲しげな表情を見て、俺は困惑してしまう。
涙が出てくることは無かったが、今にも泣きそうな雰囲気は醸し出ていた。
「⋯⋯もうよい。」
ナコは不貞腐れたのかわからないが、その場から立ち上がって反対側にあるベッドへと足を運び出す────
「おい、話さなきゃ分からないだろ?」
俺もそれに釣られ、立ち上がってナコを追いかけるが⋯⋯追いついた所で彼女はベッドに寝転がり始めた。
「くふふっ、引っかかりおったな。」
⋯⋯?
俺はナコの発言に違和感を抱く。
涙目だったはずの目はどこかへと消え去り──不貞腐れていた表情もなくなっていた。
────そして⋯⋯俺の手を握ってやがる。
「一体どういうことだ?」
「見ての通りじゃ、妾はお主を悪戯に遊んでおった、今宵は共に明かす⋯⋯それを果たしてもらおうと思ったまでじゃよ。」
ナコは2度ならず3度までも俺に対して嘲笑いながらそう言ってきた。
要するにコイツは俺をはめるために、わざと拗ねたように見せたということか。
⋯⋯本当に狡がしこさは1級品だな。
「つまり、俺はお前と一緒に寝ろ⋯⋯そういうことを言いたいのか?」
「その通りじゃ、こちの寝床ならば2人を入れることなぞ造作もないじゃろう。」
────俺の予想したとおり、今日は一人で寝ることはかなわないようだ。
⋯⋯デジャヴだな。あっちの世界に居た時もこんな状況になった覚えがある。
あの時のナコは恥ずかしがってたけど、今は打って変わって、離れようともしない。
まぁ酔っ払ってるだけなんだろうが⋯⋯。
そして俺は渋々とナコの要求を飲むことにした。
立場が戻らないよう、大事そうに剣を後ろに隠し持っているし、俺が逆らえるわけも無い。
「⋯⋯今日だけだからな?」
「それはどうかのぅ、保証は出来ぬが故、期待するでないぞ。」
──やがてナコはベッドの毛布を上げ、ポンポンと横に入るようにけしかけてくる。
「ほれ、はよぅせんか。」
まぁ、たまには2人で寝てみるってのもありかもな。
いつもは別々の部屋で寝てたし、1つの教訓と思えばなんとも思わん。
⋯⋯酒のことはもう忘れたのか。調子の良い奴だな。
────それから俺は部屋に光る火を消し、ナコのベッドにお邪魔することにした。
「ここまで近う寄ること⋯⋯これが初めてじゃな。」
「いつもは別々の部屋で寝てたからな、そもそも一緒に寝ること自体珍しいだろ。」
「くふっ、それもそうじゃな──では、おやすみなのじゃ。──主様」
⋯⋯今日は甘えたい日なのか、ナコは俺の背中に抱きついてくる。
「⋯⋯おやすみ。」
──そうしてナコと俺は暗闇の部屋の中で、静かに瞼を閉じる。
次回からはしっかりとストーリーが進んでいきます!
ごくたまに、こう言うほのぼの会を挟むのでよろしくお願いします!




