度重なる偶然
スアビスの思いがけない事を聞き、ナコは再びスアビスに敵意を向け始めた。
そしてスアビスは"策"を和也たちに伝える──
────その策とは⋯⋯ナコ様の妖術を利用することです。
⋯⋯スアビスは馬鹿ではない。妖力を失ってしまい妖術を繰り出す事は不可能に近いことは彼女も知っているはず。
「阿呆めが。妾の妖力はとっくのとうに尽きておる。────それを其方は知っておるはずじゃ⋯⋯なるほどのぅ、妾をコケにしおるという事か。」
──スアビスの言っている意味⋯⋯俺も深くはわからない。ただ彼女が方法なしに物を言うわけが無い。
その謎を明らかにするためにスアビスは再び、ナコの言葉に反応して俺達にその旨を伝えてくる。
「コケにしているというわけではありません。ナコ様が妖力尽かしている事は重々承知しておりますよ。」
「ならば、なにゆえに其方は妖術を利用すると言いおった?⋯⋯妾には到底理解出来ぬぞ。」
────居然としてナコはスアビスに敵意を向けたままだった。
ナコは先ず以て彼女を信頼はしていなかった。
宿屋に向かっていた時の言葉を鑑みるに、そう捉えられる。
ナコの短慮な性格に酒が入ってしまっているためか、それに火に油を注ぐ形でどうしても悪口と捉えてしまうみたいだ。
────スアビスの才色兼備さにはナコも気がついているはず。
神とは言えど同じ女性としてどうしても嫉妬してしまう点があるのだろうか。
⋯⋯俺に女の気持ちは分からない。
「結論から言いますと⋯⋯私はナコ様の妖力を一時的にですが、私の魔法で復活させることが出来るのです」
「ほぅ?⋯⋯治癒の魔法は、妖力を戻す事が出来るほどの代物ではないはずじゃが⋯⋯お主の口ぶりを見るに虚言を吐こうてるという事ではなさそうじゃな。」
────なるほど、つまりはスアビスの魔力をナコの妖力に遷移するというわけか。
だがスアビスの具合いを見るに、常に使っていられるほど勝手のいいものでも無さそうだな。
「厳密に言いますと、治癒の魔法ではなく僧侶の力⋯⋯と言った所でしょうか。」
「ですが、今の世代でこの魔法を知るものは私ぐらいしかいないと思います。」
彼女は誇らしげに俺達にそう告げた。
⋯⋯僧侶は治癒の魔法を独自に改変できると言っていたな。
彼女の言葉を思い返してみると、自分なりの魔法を作ることが可能と言うことになる。
となればこの魔法は、僧侶のスアビスしか使えない貴重な物ということだ。
────なにか怪しい。
僧侶の中でそれ程にも語り継がれてこなかった物⋯⋯彼女の発言から俺はそうとらえた。
スアビスにしかなし得ない、妖のための魔法────そして今ここに妖に近い神がいること。
俺はどうにも偶然とは思えない。
「なるほどのぅ⋯⋯つまりは其方の魔法で妾の妖力を復活させ、妖術を使い、中に潜入する⋯⋯そういうことじゃな?」
「その通りです。私も妖術と言うのは詳しくは知りません────しかし、姉が言うには妖術という物⋯⋯特に神の領域に限りなく近いものは、常に思った事を繰り出せる技と聞きます。」
確かにナコの妖術に抜け目はなかった、俺もこいつに出来ないことはない────そう疑心暗鬼になっていた程に。
「ふぅむ⋯⋯」
そしてその言葉を聞いたナコは、何故かと思い耽けていた。
ナコの妖術は見る限りでは万能だ────でも彼女自身はスアビスを信頼していない。
万能かどうかの以前に、コイツがスアビスに協力するかどうかも危うい状況だ。
「⋯⋯少し考えさせてはくれぬか?」
ナコはスアビスに考える時間を要求し、自分がどうするべきかを考えようとしているようだった。
────俺も少し考えてみたいことがある、その言葉に俺も便乗することにしよう。
「俺も少しだけ考えさせてくれ、命を棒に振る可能性があることに⋯⋯まだ心の整理がついていないんだ。」
────スアビスはどこか含みのある笑いを浮かべ、俺達の考えを理解してくれたのか、その俺たちの旨を拒否することなく寛容な心で受け入れてくれた。
「もちろんです⋯⋯あくまで決めるのは私ではなく、あなた方本人。私はその答えを末永くお待ちしております。」
「────という事ですし、私はこれにて失礼致します、本日はお疲れ様でした──また翌朝にこの部屋にお伺いしますね。では⋯⋯」
そう言い、彼女は俺達がいる部屋を後にする────
階段からスアビスの足音が聞こえてくる。
どうやらスアビスは宿屋に泊まる訳では無いようだ、借りた部屋の数が2つと言うのもそういうことだったんだな。
多分⋯⋯隠れ家へと戻るんだろう。
────そう考えながら俺はベッドに向かい、やがて寝床に寝転がる。
「⋯⋯お主、彼奴の事を信頼しておるか?」
同じ頃、ナコは俺に対してスアビスの事について質問をしてくる。
「仮にも命の恩人だからな、信用してるよ。」
「妾も同じじゃ、彼奴にはお主の命を救うてくれた事⋯⋯感謝しておる。⋯⋯じゃが、どうにも妾は彼奴を信頼出来ぬのじゃ」
────確かに俺はスアビスを信頼している⋯⋯だが、どうにも引っかかる点は幾つかある。
彼女が唯一無二の魔法を知っている僧侶。
その魔法の対象となる妖に近い神が──ここにいること。
偶然とは思えない繋がりよう、俺はそれが心掛りで仕方がない。
「まぁ⋯⋯俺も思う縁はいくつかある。────ただ、今の所は別に目立った怪しい点とかはないし、心の底で留めておく方がいいと俺は思うぜ。」
「お主がそう言うならば⋯⋯そうしておくとしようかの」
────やがて俺達は会話を終え、数分ほど沈黙が続いた後、俺はその場から立ち上がる。
「よし、じゃあ俺はそろそろ自分の部屋に行くとするよ。」
そして俺が歩み出し、扉に開けて部屋の外へ出ようと思った瞬間────
⋯⋯あれ?
扉が開かない⋯⋯?
俺が扉の外へ出ようと試みるも、扉は固く閉ざされており、部屋から出ることが出来ない。
────俺がそれに困惑している一方で、ナコは頭を下げて床を見ていた。
前髪のせいで目を見ることは出来なかったが、口はうっすらと笑っている⋯⋯俺にはそう見えていた。
「くふふっ、妾からは逃れられぬぞ?」
「⋯⋯犯人はお前か。」
もしかしたらスアビスが⋯⋯と俺は思ったが、その予想を貫くかのように犯人は自白をしてくれた。
「犯人とは人聞きが悪いのぅ⋯⋯今宵は飲み明かそうと言うたでは無いか。」
犯行に及んだ理由はそういう事か、確かにコイツは宿屋に入った後に飲もうと誘ってきたが⋯⋯。
「すまんが気が進まないんだ、扉を開けてくれ。」
予想外の出来事が起きすぎて酔いも覚めてしまった。
そのせいで酒を飲みたいという意欲も失ってしまった以上、俺が酒を飲む意味は無い。
「⋯⋯人の子よ、お主は少しばかしふんずり返り過ぎじゃ。──力は失えど妾は立派たる神、立場をわきまえぬか。」
俺が誘いをまた断ると同時に、彼女の顔からは笑みが消え、怒りと苛立ちを含んだ声が寝室に響く────
「⋯⋯鍵はどこだ?」
「ほぅ?妾を無視をするとは⋯⋯その度胸は認めてやるがのぅ──現にお主に拒否権はないも同然じゃ、素直にこの場を受け入れるのじゃな。」
⋯⋯俺に拒否権はない⋯⋯か。
「⋯⋯仕方ない、少しだけ付き合ってやる────ただ、そんな沢山は飲めないからな。」
そう言うと、怒りはどこへやら。
再びいつも通りの顔へと変貌を遂げた。
ナコは懐に大量の酒を持ち合わせており、その数は凄まじい。
下手したら一日じゃ飲み切れないほどだ。
「うむ、それでこそお主じゃ。とくと楽しむとしようぞ?」
────そしてナコは俺に懐に入れていた酒を1つ、俺に渡してくる。
流石に全てを飲み切るわけではないだろう────俺はそう思っていたが⋯⋯
そんなことを考えながら、俺は渋々と酒を口に運び出す。




