第318話◆旧友
酒場の出入口から轟音が響いた⋯⋯扉を蹴破ってきたのか
ゾロゾロと店内へ入り込んできてる、足音は少なく見積っても10人以上
階段を上る足音が約5名程度
痕跡を確認しながら店内を荒らし回っているみたいだな
つくづく雑な連中だ、椅子を蹴飛ばして痕跡などを虱潰しに事細かく見つけ出そうと必死のようだな
そんな探し方じゃ見つかる物も見つからんだろうに⋯⋯
「1階制圧!逃げ場などない、隠れた奴らを探し出せ!」
この声は第五番隊の分隊長⋯⋯よりにもよって騎士団屈指の気性の荒さを誇る隊が突入してきたのか
1階制圧⋯⋯つまり俺らはコイツらの眼中に無い、これなら無駄な戦いをせずにやり過ごせそうか⋯⋯?
「分隊長!約3名、酒場の客だと思われる酔っ払いが三人!いかがいたしましょう!」
「構うな。そんなゴミ共に聞くよりも我々の顔に泥を塗った連中を見つける事に時間を充てろ!」
「「了解!」」
確かに酔っ払いに絡む時間はもったいないが、まさかの"ゴミ"呼ばわり⋯⋯
これは騎士団の内部分裂も時間の問題か、自己中が多いならば腐敗に拍車をかけるだけ
無駄に力をつけた人間は、傲慢に成り果て身を滅ぼす
ナコが人間に対してこう言うのも、俺らの目の前にいる奴らのせいなのだろうな⋯⋯
ま、こっちとしては嬉しい限りだ
その自惚れから敵を見失ってくれるんだ、利用しない意味は──
「────待ってください!」
⋯⋯!!
杏華が、酒場に⋯⋯!
会話内容を聞き逃したくない俺は思わず耳を凝らす
ナコもエミリオも、ここは黙って伏せておくのが吉だと判断してくれてる
2人の会話を盗み聞く余裕はありそうだ
「杏華殿、生憎だが貴殿が狙う狐の獣人とやらの姿は見えない⋯⋯どうかしたのか?」
杏華が、狐の獣人を狙っている⋯⋯?
どういう事だろう、俺から見れば昨晩では敵対した様子は一切見受けられなかったが⋯⋯?
「そこの酔っ払い────私が酒場の外へ連れて行きます」
「どう言う意味だ?コイツらの介抱に時間を割く余裕は我々には無い」
「"我々"にはありませんが、"私"にはあります。無関係の人を巻き込みたくはないんです」
クソ、全くもって杏華の行動意図が読めない
ナコを狙うと言う割には、彼女に対する執着を感じられない⋯⋯この近くに居るということは分かっているはずだ
言動と行動が噛み合っていない、大きな矛盾を孕んだ彼女を⋯⋯俺はどう考えればいいのか、分からなくなってしまった
「⋯⋯行け」
分隊長が許可を出した⋯⋯
となると杏華が酔っ払いの姿をした俺達を何処かに連れていくことになる
予想外の展開過ぎて、ここからの口裏は全くあっていないも同然
2人とも、臨機応変に対応してくれる事を祈るしかない
「3人とも起きて!ここは危ないから私が遠くへ連れていくよ!」
かつて俺の朝を崩壊させた時のように、杏華は3人の頭を叩き、起こす
2人は演技を継続して、杏華の言葉通り、素直に立ち上がった
俺もそれに従い、先導する杏華の後ろをついて歩き始める
覚束無い足取りも演技し、騎士団員から怪しまれることは無いよう、お酒が入ったジョッキを手にして歩く
その甲斐あって、俺らに酒場内にいる騎士団員の注目が集まる事はなかった
杏華が味方である線、巧みな芝居で俺達をここから逃がそうとしている──
その線を信じたい、しかしながら杏華は根っからの大根役者。恐らく、俺らの正体に気がついている訳では無い⋯⋯
善意──その2文字で完結した
「周りに人が沢山いるけど、危険じゃないから気にしないでね!」
蹴破られた出入口から遂に酒場の外へ⋯⋯見抜かれないよう、苦い酒を口にして⋯⋯満足そうに飲み込む⋯⋯!
「(まっず⋯⋯)」
やっぱりこの酒⋯⋯アホみたいににっげぇ⋯⋯!表情が崩れないよう、保つのに精一杯だ⋯⋯
ナコの奴、よくあれ程の酒を⋯⋯平然と飲み干したものだな⋯⋯!?
クソッ、なんとか口に含んだ物は喉の奥に流し込めた。
悪心を起こしちゃったせいで口に無駄な力が入っちまう、これじゃ表情がぎこちない⋯⋯!
うっ、とにかく吐き気を押し殺して深呼吸!
こんな表情、酔っ払いがする代物じゃない。杏華に見られたら一巻の終わりだ
『(お主⋯⋯えらく顔が青くなっておるぞ。あまり無理をするでない)』
────この感覚、ナコがテレパシーで脳に語り掛けてきたか。
なんとか持ち直したからいいものの、思った通り俺の顔はとんでもない事になっているようだな⋯⋯
『それに次いで念には念をと一応伝えておく──彼奴より途方もない殺気を感じる。妾達に向けられた物ではなかろうが、しかと用心せい』
⋯⋯殺気、か。
善意の裏方に隠れる強烈な殺気とは実に恐ろしいもんだ⋯⋯他人に対して誰にでも親切な杏華が、そんな物を持つとは到底思えないがよ
正直、俺の心がその現状を拒絶する事で、ナコの言葉を完全に信用出来ないのは分かってる
⋯⋯でも、友達を売るなんてそんなこと⋯⋯
「そろそろ大丈夫です!」
騎士が取り囲む戦場からある程度離れた場所で、杏華は足を止めてはこちらへ振り返る
「すいません、こんな命に関わる事に巻き込んじゃって⋯⋯」
昔、俺が彼女に沢山謝られた出来事がフラッシュバックするほどに深々と頭を下げ、酔っ払いの姿をした俺達に謝罪を述べてきた⋯⋯
凄く、杏華らしいな。
些細な事でも何かあれば直ぐに頭を下げる性格、やはり根は変わっていない。
心から安堵したよ⋯⋯深々と頭を下げたり親切なのはいつも通りだな
子供頃から誰にでも親切な杏華だ。俺に親切に接してくれない理由は分からないが、いずれにしても──
「あの、そこの方?その腕輪⋯⋯」
ん、そこの方⋯⋯視線の先的に、ああ俺の事か。
それにしても腕輪だと?腕輪⋯⋯
────!!
やばい、俺にかけられた変化野術が半端な物だったのか⋯⋯?!
マミュネスから貰った腕輪が変化していなかっただと?!
あるはずのない腕輪を見たナコ、エミリオの表情が少し重くなった⋯⋯
ナコは人知れず爪を立て、エミリオは警戒されない程度に、変化されたであろう弓を抜く構えを見せた
落ち着け、再会から今までに杏華が俺の腕輪に気づいていなければ⋯⋯
────それ、和也の腕輪⋯⋯
杏華の表情が一瞬にして変わった──
訝しく思う表情から、眉間に皺を寄せた表情に。変わるのに数秒も要さなかった。
そのまま彼女は腰にあった剣を抜き、剣先。俺に向けた
「くっ、勘づかれてしもうたか!」
ナコも瞬時にそれに反応して俺達の変化の術を解除。
酷く汚れ切った服装は火の粉となって消え、以前の俺達の服装へと戻る
そのままナコは庇うように俺の前に立ち、炎を掌から生み出し、構えた
「⋯⋯どういうつもりじゃ。其方、主様の旧友ではあるまいか」
「ナコちゃん⋯⋯」
ナコが杏華の目の違和感に気づき、首を傾げる
「私だって、こんな事したくない。出来ればナコちゃんと、和也と⋯⋯3人で笑い合いたかった⋯⋯でも、私が取り戻さなきゃっ」
杏華が、涙目になってる⋯⋯?
そして、取り戻すと。俺も彼女が言葉を選び間違えた⋯⋯俺がそう思ったその時だ
「────妖怪ナコ!今すぐ和也を返してっ!!」




