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第311話◆カクシゴト

 

 地上へ太陽の光が満遍なく照らされるほどの晴天。

 その日光が、酒場の窓から差し込んでいる。

 この光の強さ、そろそろお昼を回る頃だろう。


「ご機嫌いかがですか?神狐様」


 ⋯⋯ナコの酔いが覚めてからはや1時間。

 俺とナコの間で起きたトラブルは解決し、その丁度でエミリオが起床。

 

 オリヴィアと亭主を呼び戻し、気を取り直して朝食を作って貰っている所だ。

 店で騒ぎを起こしてしまい申し訳ないと、俺が謝罪した所、まさかその時に亭主が、俺の酒が悪いと頭を下げてきたのは驚いたが⋯⋯


 ぶっちゃけると亭主の人柄があまりにも良すぎて、罪悪感が凄まじい⋯⋯


 ⋯⋯オリヴィアはその出来事には何も言わず、俺に対して『()()()()にしてはカッコよかったよ』の一言。


 今現在、俺・ナコ・エミリオの順で、カウンター席に座り、料理を待っている。

 亭主がオリヴィアにたしなめられたためか、お酒は片付けられてしまい、それが原因でナコが落胆しているのが現在の状況。


「ボチボチじゃな。其方はどうじゃ?」


「私ですか?私は⋯⋯嫌な夢を見たので良いとは言えないです」


 エミリオがナコに返答しては項垂れ、ため息をつく。


 昔の出来事を、ましてや両親が居る記憶をフラッシュバックしたんだし、そりゃあ憂鬱にもなる

 繋がった手を通じてエミリオの夢の中に入り込めた事、彼女は分かっていないようだが⋯⋯


「見ちゃったものは仕方ないさ。夢は夢なんだし、思う存分に食べて忘れようぜ」


 俺は、杏華の背中を撫でるのと同じような感覚で、エミリオの背中を撫で摩る。

 俺の振る舞いを見たナコが俺の思いを悟ったようで、彼女はエミリオの肩に優しく手を乗せる。


「あまり気を落とさぬようにの。(もっと)も、たかだか悪夢如きで其方の気が滅入るとは思えぬがの」


 優しく微笑むナコ。断片的ではあるがエミリオの身の上を俺から聞き、かつての自分の境遇と重ね、そこから彼女を気の毒に思うようになったのだろう。


 ナコはエミリオに対して若干手厳しい節があった。対応もどちらかと言えば比較的粗暴で、"貴様"呼びもするほどだ。


 だからこそ、その優しさにエミリオは酷く違和感を感じたようで⋯⋯。


「⋯⋯なんだか神狐様、優しくなりました?」


 勘が鋭い、流石エミリオと言ったところか⋯⋯対応の些細な違和感でも見逃すことなく気づくとは


 エミリオがナコの接し方に引っ掛かりを感じて、その場で腕を組み、彼女を見詰め始める。


「な、なんじゃ?」


「⋯⋯何か、()()()ますよね?」


「「⋯⋯⋯」」


 俺とナコ、両方がビクッと身体が震わせた。

 エミリオは今度はこちらに視線を向けてきて、どんどんと顔を近づけてくる。


「和也さんも、一体何を隠してるんです??」


 ⋯⋯う〜む、かなり不味い状況だ。

 エミリオが見た夢に入り込んだって言えばそれまでなんだが、そこで彼女はどう思う?


 過去を見られた事に抵抗感を覚えるか?それとも大して気にせず軽く流すか?

 正直、仲間とは言え他人に過去を話すのは気が引ける。ナコですら、俺に過去を打ち明ける事を躊躇していたぐらいだし。


 この俺だって、今二人に全ての過去を話せるか?って言われたら、もちろんそうじゃない。


 ⋯⋯万事休すか。


「な、何を言い出しよる。妾は隠し事なぞしておらぬぞ〜?」


 ナコが誤魔化しの()()を吹いた。


 あいつ⋯⋯余計怪しさを増したぞ

 自分が追い詰められた時の誤魔化し方、絶望的に下手くそだな⋯⋯


「(⋯⋯ったく、大根役者にも程があるだろ)」


 戦闘や敵との対話における撹乱や芝居は得意な癖に、こう自分が不利に置かれた演技は下手クソなのはどういう訳だ?


 いずれにしても⋯⋯この様子じゃ、遅かれ早かれエミリオに真実を話す必要がありそうだがよ


「⋯⋯怒りませんから、話してください」


「食事しながら話すって事前にナコとも話してたんだ。お前もお腹、空いてるだろ?」

 


「⋯⋯⋯」


 この時を見計らったかのように、とつぜんエミリオのお腹の音が鳴った。


 俺もお腹ペコペコだ。異世界冒険を始めてからまともな食事は取れていない時が多い

 酒場の匂いに釣られ、皆のお腹が悲鳴をあげているのだろう



「⋯⋯お聞きの通り、俺もだ」


「お主もか。くふっ⋯⋯」


 現に、俺のお腹も音を上げて空腹を知らせてくる。

 その音を聞き、ナコが奥で俺にバレないようにくすくすと笑っている。


 お気楽な奴だ。数時間前、自分のお腹が同じ立場にあった事を忘れているらしい

 お腹が空腹の際に出す情けない音を恥ずかしい物と捉えていないと思っていたが、全然そんな事はなかったな⋯⋯


「ははっ!ちょっと待ってな!もう少しで出来上がっからよぅ!」


 お腹の音に反応するのはナコだけじゃない。

 結構な大きさだったためか、調理場に居る2人の耳にも届いてしまっていた。


 彼は一瞬振り向き大口を開けて笑い、また前に視線を戻す。

 生活魔法の一種か、その次に無から炎を生み出し、肉などの食材に火を通し始めた。


 店内には食材の焼ける音、香ばしい匂いは瞬く間に充満した。

 ナコは匂いを嗅ぎ、完成に心踊ろされながら待ち焦がれている。


「⋯⋯いい匂いですね。お2人とも」


「あぁ、そうだな」


「うむ、このような朝餉は久方ぶりじゃ」


 とりあえずはよかった⋯⋯

 エミリオが微かにだが笑いを零してくれた、いつも頼りになるエミリオが、ああ言う姿を人前には見せない⋯⋯あの夢は彼女にとって相当負担のかかるものだったみたいだ


 とにかく、後は杏華さえ戻ってきてくれれば4人で盛大に食卓を囲める

 ナコ曰く、数時間で戻ってきてくれるとの事だが⋯⋯それにしても遅いな


「なぁエミリオ、シエラはまだ起きないのか?」


 シエラもシエラで心配だ

 エミリオと再会してから一度も俺達に顔を見せてくれない

 彼女がエミリオの胸の中で眠っているのは見えたから分かってはいるが、こうも長いと心配になっちまう


「⋯⋯()()()なんですよ」


「ずっと?」


 気遣わしげな顔に変え、エミリオがシエラについて話し始めてくれる


「この付近が世界樹の()()()にあるのはご存知ですよね?」


 確かに、世界樹の恩恵ってのは騎士団内でもちょくちょく話題に上がっていた

 身体の動きに意識を向けてみれば、確かにこの森に入ってから身体が軽く、そして魔力の回復が早く感じる


 それも加護の一環だろうか


「まぁ、少しなら知ってるが」


「その加護を受ける場所に入ってからシエラは何かに取り憑かれた様子で、ずっと私の中に引き篭っているんです」


 ⋯⋯なんだと?


「理由は不明です。ただ⋯⋯」


「妾自身、シエラは妾達とは違う、その何かを目的として動いてるようにも見えるがの」


 何かを目的として⋯⋯か


 考えてみれば妖精ってのは基本的には伝説の存在、人前に姿を見せる事はまず無いらしいし、そもそも俺達が出会えた事への違和感も否定できない


 彼女が本来の目的から大きく逸脱した行動を取っていたとするなら、俺達が彼女と出会えた事への説明もつく。


 ⋯⋯少なくとも、シエラが世界樹と何らかの関係があることには間違いはなさそうだな


「神狐様は何かご存知なのですか?それともシエラからなにか違和感が感じた事でも?」


「むっ?何も知らぬし感じぬが?」



「「えぇ⋯⋯」」



 ⋯⋯こいつ、無駄に全てを知っていたような口利きやがって

 エミリオの質問から答えが得られるかと思ったのが間違いだったな


 神だからと言う理由で、今のナコの言葉に耳を傾けてしまったが⋯⋯そういえばナコは神としての威厳をあまり感じない奴だった


 たまに本当に神としての力と知恵を見せてくれるから、ナコの全ての発言に首を横に振るって事ができないんだよなぁ


 ⋯⋯それがまた面倒くささを増しているんだが



「おまちどぅさん!俺特製の五目ベーコンチャーハンだ!食べてみな!」


 おおぅ、話をしていたら時間の経過はあっという間だったな


 亭主がカウンターの前に人数分の料理を出してくれた。匂いは⋯⋯すっげぇいい匂い

 ナコは今にも食いつかんとするほどによだれを垂らし⋯⋯


「いただきます」


 エミリオはやっぱり礼儀がなっているな、しっかりと手を合わせて挨拶⋯⋯


「俺も⋯⋯いただきます」


 勿論俺も彼女に乗っかり、手を合わせてお辞儀。


 ナコにも俺達と同様の事をするよう、俺は彼女を見つめ始めた。

 ナコはその視線に気が付き、渋々と手を合わせて感謝の言葉を述べた


「⋯⋯いただきます」


 3人が食事の挨拶を済ませたと同時に、ナコは誰よりも先に食事に手をつけた。


俺も含め、皆は束の間の食事の時間だけは心配事や懸念を捨て、その時を楽しむ⋯⋯特にナコは。

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