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怒られるのだけは絶対に嫌にゃんっ!

 

 大地が、さながら荒波の如く乱れ狂う。地が揺れ、地上に息づく者達に向け、大いなる脅威をもたらす。

 妾でさえも()()()が強過ぎるが故に、たたらを踏む。人の子とは比ではないこの体幹をもってしても、膝を曲げる始末。


 何事じゃと天を仰ぎ見るが、そこに広がるは暗闇(闇の結界)のみ。

 猫又が展開した闇の結界、魔物を呼び寄せ光を奪う厄介な術。それのみか、状況の把握までも妨害しよる。


 暗闇のみ故、景色からは何も状況が掴めぬが⋯⋯しかし、この地鳴り⋯⋯やはり自然由来の物ではなかろうな⋯⋯。


 恐らくは近辺で何者かが強力な魔法を発動しおったのじゃろう。空気中の魔力が乱れておるのを、微かに感じる。


「くっ!まだ続くか⋯⋯!」


 このままでは猫又にも逃げられる。とうに妾の足は奴の手を押さえつけておらぬ状態。

 奴が鉤爪を引き抜くのも時間の問題⋯⋯じゃが、奴も地震の影響で力が入らぬはず。


「もう少しにゃぁぁ⋯⋯!!」


「──!!」


 此奴、自身の左手を抑えておった妾の手を⋯⋯振り払いおった⋯⋯!

 いかぬ、はよぅ掴まねば自由の身に!!


「またも地鳴りが⋯⋯!ぬぅ、このままでは⋯⋯!」


 妾が再び奴の手を掴もうとした瞬間、折悪しく地鳴りが激化しおった。

 それだけではない、立つことさえ困難な強烈な揺れ。妾は体勢を崩し、果てに膝をついてしもうた。


「にゃぁぁ!!」


「(ぬぅ⋯⋯!)」


 妾が膝を地につけた事に並行し、遂に奴は鉤爪を引き抜きおった。勝利の二文字が消えゆくその様を、妾は黙って見る事しか出来んかった。


 ────手を出そうにも立ち上がる事も至難の業であるこの大きな振動。

 鉤爪を引き抜き、満面の笑みで浮かれる猫又は、もはや意地で立っておるとも思えてきよる。


 ⋯⋯


 ⋯⋯そうか!失念しておったが此奴は猫じゃった⋯⋯!!

 獣の猫は、体幹が妾のような獣人をも軽く凌ぐ。高楼を飛び回る妙技も、その猫の特徴を上手く活かした芸当と言うことか⋯⋯!


 くっ、なるほどのぅ⋯⋯此奴、中々にして機転の利く奴じゃ。これは一枚してやられた⋯⋯としか言えぬな。


「狐神!これが狐と猫の差にゃ!思い知ったかにゃん!」


「戯けがっ、全ては地鳴りの()()であろうが!自惚れるのも大概にせい!」


 此奴⋯⋯妾の上を言ったと勘違いしおって。実に腸が煮えくり返る奴じゃ、地鳴りがなくば貴様なぞ⋯⋯!


「⋯⋯でも、確かに思ったより手こずってしまったにゃん」


 奴は何やら目を瞑り、一人で驚いた様子を見せる。


「時間が⋯⋯!このままじゃご主人様に怒られてしまうにゃっ!!」


 そして、一人で慌てる様子を妾に見せてきおった。


 目を瞑うて時を把握する⋯⋯あれも術の()()じゃろう。それがどのような術かは定かではないが⋯⋯奴が逃亡を企んでおるのは確かなようじゃ。


 ────此奴、やはり逃げる気か。


「嫌にゃっ!怒られるのだけは絶対に嫌にゃんっ!!」


 ⋯⋯ならばっ!


「よいのか?貴様の愛しきご主人様を貶した妾を見過ごして⋯⋯。腹に据えかねる思いのはずじゃろう?」


 此奴は先刻、怒りで自我を失った。此度もこれで引き留めることが出来れば⋯⋯!

 まだ奴を仕留め切る余地があるはずじゃ!


 ご主人様と言う言葉を垣間見せる事で、逆鱗に触れようとする。

 奴が再び怒りに駆られれば、次なる一手を繰り出してくる。その時は⋯⋯今度こそ、妾の手のひらの上じゃ。


「主を思う気持ちは妾にもよぅ分かる。じゃが、それ故に、主を貶した不届き者を見逃す事なぞ断じてせぬ気概を持つ」

「貴様は⋯⋯所詮、その程度の愛という訳かのぅ?」


 挑発の方向性を、ただ貶すものではなく⋯⋯彼奴の宿敵であろうこの妾と天秤にかける。

 これで負けず嫌いの奴は、食いつく。妾は、そう確信しておった。



「ご主人様は大好きにゃ。でも⋯⋯怒られるのだけは絶対に勘弁にゃっ!ニャンコだけに甘い、ニャンコだけに優しいご主人様がいいにゃっ!」


「それを崩しちゃおしまいにゃ!ご主人様、今すぐ戻りますにゃぁぁ──!!」


「────お、おいっ!この妾から逃げようと言うか!!」


 遂に奴が後方へと駆け出す。戦いを放棄し、彼奴は戦場に背を向けた。

 奴は地鳴りを物ともせず、なりふり構わず妾に尻尾を向け(四足歩行で)、走り去ってゆく。


 何たる失態じゃ。狐神たるこの妾が⋯⋯物の怪如きに後れを取る事になろうとは。



「さらばにゃ狐神〜!この勝負、預けておくにゃん!!」


 こちらに振り向く事なく、捨て台詞を吐きよった。

 ────不甲斐無さと共に悔しさが込み上がる。

 仇敵を仕留める絶好の機会を逃した事、虚無のあまり尻尾が力抜け、地につく。


 時を移さず肩、腕、足と体全体に加わっていた力が抜け、脱力感にも苛まれる。

 追おうにもこの地鳴りでは歩く事は出来ぬ。飛行の術はあるが、力が完全には戻っておらぬ今の妾には発動が不可能。


 ⋯⋯しかし、このまま呆けておれば主様は更に遠くへゆく。それだけは決してあってはならぬ。


 ────そうじゃ、酒呑童子(しゅてんどうじ)⋯⋯!


「(⋯⋯まだ退魔師が奴と戦っておるはずじゃったな⋯⋯!)」


 ここで挫けておっては元の木阿弥(もくあみ)、残りうる希望を見過ごしてはダメじゃ!

 いずれ猫又と決着はつく、ちと奴の寿命が延びただけの事。


 この程度の失態⋯⋯主様に逃げられた事に比べれば──このような事、どうと言う事はあるまい⋯⋯!!


「⋯⋯むっ、ようやっと収まってきたか」


 時が進むごとに、地鳴りが穏やかになってゆく。


 そのまま妾は立ち上がろうと膝を伸ばす。すると見事体勢を立て直す事に成功し、それに乗り、哀炎猛牙(あいえんもうが)を召喚。


 ────助太刀の用意じゃ。

 酒呑童子の二刀流と渡り合える武器⋯⋯それは攻守一体の動き。そう、応用の利く()()のみ。


 妾から言うても、奴の剣術は見事な物じゃ。妾一人の力で打ち破ることは容易ではない。

 しかし退魔師の力があればっ!無論、彼奴を打ち破る事も夢ではない。

 主様以外の人の子との共闘は、気が引けるが⋯⋯後には引けぬ状況。甘んじて受け入れるしかあるまい。



 ⋯⋯両足を大きく開き、抜刀の構えを取る。哀炎猛牙を握る手に力を注ぐ。


「(⋯⋯⋯)」


 瞼をゆっくりと閉じ、酒呑童子と退魔師の気配を探す。

 深く息を吸い、そのまま吐く。抜刀に神経を集中させ、精神を統一させる。


 地鳴りが収まると同時に戦闘は再び始まる。

 ⋯⋯妾に二度の手落ちは断じて、ないっ!!



「(在りし日の借りを返す時じゃ!覚悟せよ、酒呑童子⋯⋯!!)」


 この妾だけではない。

 エミリオも、そして何よりも愛しき主様を死の淵へと手を引いた酒呑童子への恨み。


 エミリオ、主様────其方らのあの時の屈辱⋯⋯妾が一身に雪辱を果たしてやろうぞ!



 ────そして、天国の()()()()様。

 どうか、妾をそこから見守うていてくださいませ。

 妾の⋯⋯尽くすべき大切な者を見つけた狐の生き様を、只今ご覧に入れましょう⋯⋯!!



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