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主への気持ち

 

 ────不覚じゃった。

 奴は猫又、忌々しい事じゃが奴は極めて知能の高い妖怪じゃ。そして奴は、元より単独で街に潜めてはおらんかった。


 幾多(いくた)の魔物を召喚し、眷属として人間へとけしかけた。その中で、特に異彩を放つ魔物に⋯⋯妾は何故目を向けんかったのか、ここに来て後悔の念しかありはせんとは。


 巨躯の鬼、エミリオが相手取る異質な魔物⋯⋯注目すべき点は奴より感じた、(よど)んだ魔力。

 あの魔物は猫又の眷属ではなかったのじゃ。猫又ばかりに気を向けすぎたあまり、強敵の存在に気がつけんかった。


 ()()じゃ。奴は⋯⋯あの巨躯の鬼の魔物は、紛れもなく。



 ────酒呑童子(しゅてんどうじ)が召喚した鬼の一族じゃ。



「新手?!」


「そこの子供!わいの相手になるかどうか、見せてもらうよォ!」


 退魔師が咄嗟に構えを取る。酒呑童子は一目散に退魔師へと向かってゆく。


 禍々しい刀身を持つ刀を両手に。宿場町にて感じた淀んだ魔力。先刻の魔物と酷似した気配。


「いかん!持ち堪えるのじゃ!」


 酒呑童子は妾とて手を焼く妖怪。人の子である退魔師、奴とのその力の差は歴然じゃ。

 時を移さずして身を乗り出し、妾は奴を守るべく退魔師の前へと駆け出す。


「にしっ、行かせないにゃん!」


「くっ⋯⋯!」


 視線を酒呑童子から猫又へと変える。


 この状況を望んでいたかのように猫又が妾の行く手を阻む。

 咄嗟に哀炎猛牙(あいえんもうが)で斬り掛かるが、猫又もまた妖力を行使し、肩から腕にかけて、それを()()()へと変化。


「刀をも凌ぐこの手!お前にニャンコは倒せないにゃんよ!」


「変化の術を部位によって使えようとは⋯⋯!貴様⋯⋯!」


 哀炎猛牙を軽く受け止める猫又の変化した毛皮ある獣の腕。

 特に⋯⋯爪が妖力によって肥大化し、妾の武具に劣らぬ鋭利さを持つ。

 術の発動により、猫又の紫の眼は輝きを得る。


「退魔師ッ!其方は無事か?!」


 刀と鉤爪の鍔迫り合いを前にしつつも、妾は片目を退魔師が居た方向に。

 そこに姿はなかったが、双方の気配は感じる。

 一際大きい声を出す事で、彼奴の安否を確認。


「────僕は、これでも妖怪を退治する退魔師の端くれ!なんとかしてみせますから!」


 ⋯⋯どうやら目を離した隙に、奴は瓦礫の向こうへと移動し、酒呑童子と剣を交えているようじゃ。

 退魔師⋯⋯彼奴、既に息が切れた様子じゃったがあの口ぶり、若くして恐怖を一切感じぬ胆力(たんりょく)がある。


 ひとたび奴を信じてみよう。当節の童は見た目とは裏腹に頼もしい奴が多い。

 ⋯⋯無論、主様を筆頭にの。


「にししっ!人間を助けに行かなくていいのかにゃん?」


「挑発のつもりか猫又。元より貴様なんぞ妾の相手ではない、貴様を始末した後に彼奴に手を貸せば済む話じゃ」


「にゃんだと?!じゃあ今すぐ証明してみせるにゃ!!今すぐっ!」


 此奴、妾に対して鼻につく言葉を放つ割には己の精神には直ぐに火が灯るようじゃな。

 怒りを顕にし、妾の刀を押す力が増す。


 妾もそれに応じて、力を加え、互角の戦いを演じる。


「くふっ、造作もないが⋯⋯ちと遊び足りんくてのぅ?しばし妾を楽しませてはくれぬか?」


「お前⋯⋯ニャンコをバカにするなにゃん!」


 持ちうる力を解放すれば、猫の獣人にも劣るこのような妖怪⋯⋯ひとひねりじゃ。

 時も惜しい。主様を一刻も早く見つけ出したい、そんな気も無論ある。


 じゃが、此奴の言う『()()()()』とやら。

 其奴を始末せん限り、妾と主様の悪名は広がるばかりじゃ。

 神は信仰こそが力の源とも言う、とうに信仰の力なぞ失われてはおるが⋯⋯しかし、やはり神の名を穢されるのは容認できぬ。


 何よりも、此奴らは主様の猿真似もしておる。許せぬ、甚だ不快、凛々しき主様を愚弄した罪。


 ⋯⋯猫又のみではなく、その『()()()()』とやらにも報いを受けてもらわねば。


「眷属の貴様がこの程度では、貴様の主もたかが知れておるのぅ。妾の主様とは大違いじゃ」


 ────かつてないほどの屈辱じゃろうな。主を愚弄されるのは。

 しかし、これも貴様が巻いた種。妾は執念深い狐、受けた仕打ちは倍にして返さねば気が済まぬ。


「ご主人様を⋯⋯」


 猫又が小さな声で呟く。


「むっ?くふっ、猫又よ、どうかしたのか?」


 火に薪をくべるが如く⋯⋯口角を上げ、猫又を嘲笑う。

 感じる、感じるぞ⋯⋯此奴の胸の底から湧き上がってきよる激しい怒りが。

 主様を想う気持ちは同じ故、ちと同情はしてしまうが⋯⋯自業自得じゃ。


「ご主人様を⋯⋯!!」



「「馬鹿に、するにゃぁぁ!!」」


「ぬぅっ!」


 狐耳に響く金切り声、見るも恐ろしい形相と共に口を大きく開く。


 最大限の力を解放した猫又が変化させた腕を回転させ、妾を振り払う。

 後ろに飛び、妾は距離を確保するが⋯⋯この感情の昂り、やはり歯止めがきかなくなってしもうたか。


 奴は妾を(ほふ)るため内在する妖力全てを解放する気じゃ、その表しに⋯⋯奴はもう一方の腕を龍の物に変化させた。


「(龍の腕に変化⋯⋯爪は極限なる殺傷能力を秘めるが⋯⋯妖力の消費が尋常ではないぞ)」


 恐らく奴は、感情に自我を奪われたのじゃろう。もはや会話もできぬ、魔物同然の存在に堕ちた。

 そこにあるのは主を守りたい気持ちと、それをコケにした妾への恨みと怒り。


 ⋯⋯奴が元に戻るために必要なのは、目の前にいる妾が姿を消す事。


「存分に相手になってやろうぞ!」


 いずれにせよ此奴とは決着をつけねばならん運命じゃ。先を急いでも此奴は妾の行く手を阻む。


 ⋯⋯集落を去った後も、特に妾が焦るこの時をチャンスと捉え、執拗に狙ってきよるはず。

 ならばここで倒すしかあるまい。主様より譲り受けた《世界大宝玉》"瑠璃(るり)"。


 その宝石の力でほんの僅かじゃが、元の力を手に入れた妾も力を解放する。

 更なる強力な妖術も扱えるようになった。奴を仕留めるには、この技しかあるまい。



 ────《炎帝乱舞(えんていらんぶ)》⋯⋯。

 その身に炎を纏わせ、目にも留まらぬ速さで華麗に舞う。

 回転舞いで炎の竜巻を起こす。技の規模が桁違いじゃが、その分、身体への負担も大きい大技。


 猫又の刺すような視線が妾を柔肌を強く刺激する。チクチクとした感覚が走る。


 互いの心拍数が上がる。奴は怒りで、妾は戦いへの緊張感での。


 術の発動の頃合いを見計らおう。予備動作が大きいが故に、術の発動には無防備な隙も多い。

 彼奴の速さについてゆくのは至難の業⋯⋯。


 じゃが、その程度で屈する妾ではない!



 ────妾は狐神、ここで神の()()を示さねばならぬのじゃっ!!




表現に悩んでいると直ぐに日が経ってしまい、更新が遅れつつあります。

どうか大目に見てくださると幸いです。これからもより逞しく、可愛らしいナコ視点をご覧下さい!

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