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水路に

 

 肌寒い風が吹く。夜も更け、闇に包まれた都市は更なる暗闇を奮っていて、陰気で充満した地上は私の身体を重くする


 群衆にとってのシエラの立場は、退魔師が召喚した妖精。あくまで名目上は⋯⋯だけれどね。

 群衆にはシエラが退魔師の()によって生み出された者だと言う建前で話を通した。これで妖精の存在が公に晒されることは避けられる。


 避難壕の人々はシエラに任せ、恐怖の気に呑まれたその場の統率を彼女に託してきた。


 ⋯⋯そこから私達は地上で何が起こったのか。さっきの尋常じゃない振動の原因を突き止めるために地上へ赴いたわ。


 地上へ出てみれば、先程とは少し違う光景が広がる。

 依然闇の気は都市を取り囲んでいる。不思議と魔物の姿は見当たらないけれど⋯⋯。


 ────何か、妙な胸騒ぎがするわ⋯⋯。



「魔物の気配がしませんね。冒険者様は何か感じますか?」


「いや、私も何も感じないわよ」


 街並みを荒らしていた魔物共⋯⋯それが忽然と居なくなり、気配すらも消えているなんて⋯⋯。


 オークは比較的賢い魔物とは言われるけど、目前の獲物を諦めるなんて事はしない。

 同様に、餌の穴場と認識したこの都市を去ることはそうそうしないはず。


「⋯⋯ここで立ち往生していても埒が明きませんね。物は試し、建物などを歩いて回りましょうか」


「建物⋯⋯?民家とかかしら?」


「その認識で間違いありません。魔物は()()した空間⋯⋯例えば洞窟などを好みます。もしかしたら彼らはそこに潜んでいるのかもしれません」


 ⋯⋯退魔師の知恵、と言う物かしら。

 退魔師アークはどうやら魔物の生態に精通しているようで、彼はひとつの提案を私に出してきた。


「僕は民家など、人が住んでいた場所を当たってみます。冒険者様はそうですね⋯⋯でしたら地下水路の方をお願いします」


「地下水路ねぇ⋯⋯確かに、魔物がそこに移動した可能性は高いわね。いいわ、任せてちょうだい」


 可能性は無きにしも非ず。

 小汚い場所だけれど、だからこそ魔物の巣窟になりやすい。

 ぶっちゃければ、地下水路は色々と汚いから民家の方を担当したいのが本音。


 ただ、私が得物とする弓のような長射程武器は地下水路のような一本道でこそ輝く。私はそれを理由に、嫌がる素振りはしなかった。

 ⋯⋯それもそうだし、後は現状、選り好みもしてられないしね。


「じゃあ地下水路に向かうとするわ。貴方も気をつけて退魔師アーク──」


「──ちょっと待ってください!」


 役割が決まった直後、先を急ぐ私は退魔師アークとは言葉を交わさず、彼に背を向けて地下水路の方面へ向かおうとしたその矢先。


 彼は一際大きな声で、走る私を呼び止めた。


「もしかしてまだ話の途中だったかしら?」


「⋯⋯これを持っていて下さい」


「何よ?これ⋯⋯護符(ごふ)?」


 私に差し出されたひとつの紙。それは退魔師が術を発動させる際に使う護符だったわ。

 それのひとつひとつに何の効果があるのか、そして何の意味があるのかは分からない⋯⋯。


「戦えるのは僕と冒険者様の2人だけ。片方が欠ければ都市の闇は祓えません。万が一貴方の身に危険が及んだら⋯⋯これを使ってください」


()()()()()()⋯⋯と言えば語弊がありますね。それを天にかざせば必ずしや主神が貴方にご加護を与えてくださるはずです」


 退魔師アークは凛とした表情で話す。成人男性を優に凌ぐその凛々しさと勇敢さ⋯⋯目を見張る物があるわね。


 そしてそのまま、受け取った護符に目をやった。


「(文字⋯⋯?)」


 私が受け取ったその護符には何かの文字が書かれていた。読みづらいけれど⋯⋯えーと。



 ────"冥護(みょうご)神大市比売(かむおおいちひめ)"



 まぁ思ってたとおり、意味は全くもって分からない。ちんぷんかんぷんで、護符に書かれた文字の意味を理解しようとも思わない。

 だって私、宗教に疎いし⋯⋯神様だってエルフ族が尊敬する稲荷大明神(いなりだいみょうじん)ぐらいしか分からないしね。


「天に掲げるのね。わかったわ」


「⋯⋯では、手分けして行きましょう。冒険者様、くれぐれも無茶をなさらぬよう、お願いしますよ」


 傘を深く被り、頭を下げた退魔師アーク。

 私は護符をしっかりと受け取ったことを示すべく、それを顔の横にやり、護符をアピールした。


 最後まで私を気にかけてくれる⋯⋯その様子を見て、彼が本当によく出来た子だと改めて実感する。

 最初に彼を疑ってしまい、彼に当たるような行為に走ってしまった事を申し訳なく感じる⋯⋯。



「そっちもね、何か問題があったら直ぐに避難壕集合で頼むわよ」


「了解です。僕も退魔師の端くれ、一緒に魔物に立ち向かいましょう」



 互いを励ましあった後に、強く頷き合う。

 私達が交わしたそれは、お互いに己の自信を示すもので、それは一時ながらの別れの挨拶でもあるの。


 出会って間もないけど、この世界の人間の多くは身勝手。故に、ああ言う人間が出来ている者との出会いには絆が直ぐに芽生える。

 今となっては彼は私にとっての、相棒に近い存在ね。


 少し違ってはいるけど、神狐様もこんな気持ち(他人を想う心)だったのねと、初めて彼女の気持ちが理解できた瞬間。


 ⋯⋯私は、人を愛した事が無い。

 頼もしく思う気持ち、それを退魔師アークに抱いた。和也さんと神狐様への気持ちもそれと同じ。


 ⋯⋯人を愛すとは一体何なのか、神狐様はどう言った感情を持っているのか──移動中、私はそれが気になって仕方が無かった。



 〜



 ────うぅ、予想以上に臭いは強烈ね⋯⋯。


「(まさに魔物の巣窟って感じ⋯⋯)」


 臭いの事は頭の端には入れていた。最悪、鼻をつまむ事も考えてはいたわ。


 辿り着いたはいいけれど、だけどこれは────流石に臭さの度が過ぎているわよ⋯⋯!!


 想定を遥かに上回った悪臭、魔物の襲撃で地下水路を管理する人間が居ないためか、悪臭が入口外にまで漂っている。


 吐き気を催す。鼻がひん曲がる。

 目が失明するように、鼻も嗅覚を失いそうな酷すぎる悪臭。


 大袈裟だけど全てを捨てる気で⋯⋯思い切って、入ろうとした瞬間に事態は動き出す。



「また地震⋯⋯!?」



 ────いいや!これは違う⋯⋯!

 地下で感じた時は、これを地震と錯覚した。

 ⋯⋯地下水路の奥から都市中にかけて響き渡った爆発音。


 鼓膜が損傷し、耳鳴りが始まったけど、自身の頬にビンタで強い衝撃を与えて、無理矢理正常を保たせた。


 それを聞いた私は、以前の強い地震の正体は奥で発生していると思わしき爆発だったと即座に理解した。


「急がなきゃ⋯⋯!」


 胸が先程よりも更に何かを訴える。それに応える形で、もはや臭いなんかも気にせず、地下水路へと侵入。



 走らないと取り返しがつかなくなる。勘だけど────途方もなく、嫌な予感がする。



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