褐色の妖精・シエラ
ひょんな事から妖精と巡り会い、何気ない神狐様の人助けの気持ちが、私達3人を繋いだ。
これは運命なのかもしれない──妖精を見ると、何故かそう言った思い上がりをしてしまう。
長年冒険者を続けて、珍獣や珍しい種族とも交流を持ってきたけど⋯⋯伝説とも言われる妖精とは、巡り会った事は一度もなかった。
狐の神様、次に異世界の住人────そして、妖精。
世にも不思議な存在が続々と私の前に姿を現す。それが何を意味するのかは⋯⋯まだ分からない。
偶然とは思えぬ出会い、これを無下にしては行けないと心から感じた私は、私の全てを赤裸々に語ることにした。
「私、ハーフエル──(妾の名は狐神ナ──)」
「「⋯⋯⋯」」
私が包み隠さず素性を明かそうとすれば、ついと神狐様の言葉が私の喋るタイミングと被る。
そして、互いに譲り合う事はせず⋯⋯神狐様は私を睨み、私は視線を逸らす。
「抜け駆けしおってからに、ここは敬虔に、貴様は後に回れ?」
「そちらこそ、私の援護射撃がなかったら今頃、頭に大きなタンコブが出来ていたはずです⋯⋯ここは私に譲るのが筋だと思いますよ」
キョトンとする褐色の妖精《シエラ》。
彼女は一触即発のその様子を、目を点にしながら傍観する。
長い沈黙とギスギスとした空気。私の発言が気に障ったのか⋯⋯神狐様は、ため息混じりに言う。
「近接戦闘はからっきしの癖して、口だけは実に達者な奴じゃ⋯⋯」
「なんですって?!先程のお礼ぐらい言われてもバチは当たりませんよ神狐様っ!」
援護射撃を後悔した訳じゃない、ただここまで言われて引き下がれるほど⋯⋯私は寛容じゃない。
私の底に眠るしょうもないプライドが災いして、こちらも負けじと不平不満をぶちまけ、感謝の言葉を求める。
ありがとう──そうよ、その言葉ひとつだけで、心が救われると確信したから。
「⋯⋯⋯」
しかし、神狐様はその言葉に反応すること無く、プイっとそっぽを向くだけ。
「貴方と言う人は⋯⋯!!」
前々から仲間を思いやる気持ちが足りていないと思ってはいた、けどここまでだとは⋯⋯私も思ってはいなかった。
意地を張っているだけ、そうは分かっていても⋯⋯やはりどこか許せない部分があった私は、事もあろうに感情的になってしまう。
が、私が怒りの言葉を吐く寸前に、私と神狐様の間は小さく脆そうな壁で隔てられる。
「────まぁまぁ!魔物が蔓延る街の外のど真ん中で喧嘩はよくないっすよ!」
「そうっすねぇ、じゃあまずはこちらの獣人様から知りたいっす!」
「こう見えても小生、獣人を見るのは初めてなんすよっ!!」
焦りながらも、喧嘩に幕を引く形でそれを諌めてきた妖精シエラ。
事が平穏に進むよう、彼女は自分から自己紹介を求めてきたわ。
人の扱いが慣れていると言うか、空気が読める子と一見して分かる。
"今のパーティーにはこういう子がいない"。
場を明るくするムードメーカー的な存在が⋯⋯そろそろ欲しくなってきたわね。
────神狐様の尻尾、狐耳。
それを見て目を光らせる妖精シエラは、私ではなく神狐様を選んだ。
複雑な気持ちだけど、それに対してこれと言った文句は無い。私にとっては、順番なんて関係ない──単に神狐様に譲りたくなかっただけで⋯⋯。
よくよく考えれば意地っ張りなのは、神狐様だけじゃなかったわね⋯⋯。
「おぉ妖精シエラっ!其方は実に見る目があるのぅ!」
⋯⋯見るに、神狐様のシエラに対する印象は、すこぶる良いようだ。
ご機嫌斜めの神狐様を一瞬で元に戻すと言うのは、神狐様の主である和也さんの身でもかなりの難儀。
気に入った妖精シエラに微笑みかけるその姿⋯⋯私にはまるで見せた事の無い、優しい笑顔。
「(ふふっ⋯⋯本当に性格の悪い神様)」
単に意地を張っていただけだと言わんばかりの微笑みは、妖精シエラの胸襟を開かせる第一歩となる。
「おっとそうじゃったな!」
「よいか、妾の名は狐神ナコじゃっ、ここは気さくに──ナコ"ちゃん"と呼んでも構わぬぞっシエラ!」
「(────ナコ、ちゃん⋯⋯?!)」
仲に隔たりを感じない、親しき間柄の人達が使う敬称の提案に、私は強く驚いた。
初対面とは思えないあまりの距離感の近さ、私は咄嗟に彼女の神経を疑ってしまった。
⋯⋯それに対して、どこかお調子者の雰囲気が漂う妖精シエラ⋯⋯彼女がどう言った反応を見せるか。
彼女が遜って様をつける姿を想像するのは⋯⋯今の所、難しい。
"妖精"と言う第一印象が濃い今、彼女の態度を想像するのは容易ではないわ。
⋯⋯まぁ、結果はほぼ見え透いてはいるけれど。
「ちゃんは、ちょっと"お狐様"には合わないっすよぉ!そうっすねぇ、小生は〜⋯⋯」
「じゃあ──"ナコっち"と呼ばせてもらいやす!」
「(────ナ、ナコっち⋯⋯)」
びっくり仰天。
軽薄が過ぎる呼び方に、私はその様子に口出しが出来ず、目を丸めて驚愕するしか出来なかった。
そして何よりも驚くべきなのは、その呼び方じゃない⋯⋯。
それに対する⋯⋯神狐様の反応よ。
「────くふっ、よいのぅ!愛嬌のある愛い奴は好きじゃ!遠慮せずともその名で呼ぶがよいっ!」
まさか⋯⋯誰よりも立場や上下関係を気にするあの神狐様が、それを笑顔で快く受け入れるなんて⋯⋯!
妖精シエラの無礼を咎めることはせず、それだけでなく、シエラに対して笑みを零している。
打ち解けるのはいい事だけど、これ程までに早いとは思いもよらなかった⋯⋯。
「じゃあナコっち!こっちの華奢な女性さんはどなたっすか?」
落ち着かせまいと言った感じで、間髪入れず今度は私がシエラの興味の対象となる。
神狐様に聞く所を見るに、容姿が人間に近い私を少々警戒しているようにも見える⋯⋯。
⋯⋯初対面だし仕方がないけれども。
華奢な女性と呼ばれた私。
表情を元に戻してここはひとつ、彼女の信頼を得るために自己紹介と行こうと考え、深呼吸をする。
そして。
「妖精シエラさん、私の名前は──」
「おぉ此奴か?くふっ!ただの木偶の坊じゃよっ!」
神狐様は、2度も私の言葉を遮る。
冗談だとはわかるけど、木偶の坊⋯⋯と罵り、仲立ちをする所か、私の自己紹介を阻害してきた。
「ちょっと神狐様!自己紹介ぐらいさせてくださいっ!」
「かはは、すまぬすまぬっ!」
これでは埒が明かないと、ほんの少しだけ声を大きくし、睨みを利かせた。
すると彼女は、流石にこれ以上は良くないと分り、引き下がってくれた⋯⋯その間も、笑みは崩さずに。
今すぐにでもここを離れて、女神の泉へと向かいたいけど⋯⋯この場に妖精1人を残しておく訳にも行かないし。
人が寝静まった時、一部の魔物は活発になって凶暴化する。
仮にこの人の気配を察知するのも困難な闇夜の中で妖精シエラを1人にしたら、また魔物に襲われる事は目に見えているわ。
行動を共にさせるには、互いを少しでも信頼し合わないと。
「こほんっ⋯⋯私の名はエミリオ、耳が尖っていないハーフのエルフ、人間じゃないわ」
「こうして闇に包まれた夜に出歩くのも、とある人を助けるため⋯⋯神狐様も同様にね」
その言葉の際に神狐様は、腕を組んで頷く。
一方のシエラ⋯⋯真剣そうな表情で、耳を傾けている。
「ねぇ妖精シエラさん、分かってはいると思うけど、夜になった今⋯⋯ここら一帯はもう既に魔物だらけ。ここは私達と一緒に来ない?」
妖精なら、その綺麗な羽を使い、飛ぶ事で魔物の手から逃れられるはずだけど。
こうして地に足をつけている所を見るに、やっぱりこの子も私達と同じ、訳ありの子なんだと思う。
そもそも妖精は、人間の前には滅多に姿を現さないと言うし、目撃情報が一切ないのにも関わらず、この子は魔物に襲われていた。
となれば、考えられることは1つ。
────私がハーフエルフであるが如く⋯⋯この子は特殊な妖精だと言う事ね。
一緒に来るように、私はそう言った。
しかし、彼女は表情ひとつ変えず⋯⋯その上、返事をしようとも、頷こうともしなかった。
うんともすんとも言わない、と言うのかしら⋯⋯とにかく、言葉を発さず、彼女は固まっていた。
"選択に迷い、葛藤している"。
心の内で、私はそう"確信"した。
「ほほう、其方も妾達と共に来ようものならば、それは実に賑やかな物になるの」
「少なくとも妾はっ!其方を歓迎するぞ?」
神狐様の言葉を折に、妖精シエラは形相を変える。
先程の無表情とは違う。
神狐様より歓迎の言葉を貰い、シエラは心做しか────ほくそ笑んでいるようにも⋯⋯。
まぁ、それも気のせいかな。
純粋無垢とも呼べそうに無邪気そうな笑顔、何も"裏"はない、と──
私は⋯⋯心からそう思ってしまい、彼女の"胸の内"を探ろうとはしなかった。
褐色の妖精・シエラ。
これからの物語に深く関わってくる重要キャラクターです。
それは和也とナコ、そしてエミリオの敵となるか味方となるか⋯⋯。




