傷だらけの神狐様
「体外に放出される魔力を抑える薬です!浴びれば忽ち、対象の力が抜けて、その抑えられた魔力が命を繋ぎます!」
「本来は"戦争目的"に作られたポーションですが⋯⋯!」
「ご理解頂けましたら、それを早く傷口に!」
⋯⋯疑う余地はもはやないようね。彼女の必死な表情を見る限り、嘘偽りはないみたい。
帝国の人間をそう易々と信じる訳には行かない。心の不安を拭い切る事も出来なかった。
しかし、和也さんの命を救いたい一心だった私は一か八か。そのポーションの液体を布につけ、そのまま傷口に当てる。
────すると、和也さんの体からは次第に全身の力がみるみると抜けていく。
苦しそうだった表情も緩みつつあり、ポーションの効果は数秒も経たずに全身を巡った。
「ふぅ、これで一先ずは⋯⋯。後は医療班の到着を待ちましょう、ワタクシは薬を調合致します」
「⋯⋯それにしましてもその傷、一体冒険者様の身に何があったのでしょうか?差し支えなければ、お聞きしても?」
豊富な道具とポーションが置いてある作業台の上で手を動かしながら、私に質問を投げかけてきた。
怪我人の治療を請け負う仕事をしている人間が、たかだか怪我人ひとりの事情に関心を示すものかと思ったけど。
待合室に居た人達と比べれば、確かに一線を画す程に重傷ではあった。
⋯⋯気になるのも仕方がないのかもしれない。
「その人が私のために身を呈してくれた⋯⋯それだけの事よ」
襲撃時の私は、少し頭に血が登りすぎていたと自覚した。
大男の手刀⋯⋯。
あのまま和也さんが助太刀してくれなければ、きっと私の足が今こうして動くことはなかったと思う。
無謀な行いも程々に。"スアビス"様の教えは何も間違ってはいなかった⋯⋯。
「そうなのですね。ここに来る冒険者の男性は、いけ好かない人ばかりで、余りよい印象は持っていなかったのですが⋯⋯」
「この冒険者様の顔、他の人とはどこか違う感じがします」
ポーションと薬草を両手に、ベッドで横になる和也さんの寝顔をまじまじと見る若い女性。
「ふふっ、見る目があるわね。全くもってその通りよ」
若そうなのにこの子、凄い観察力だわ。いつか和也さんが"異世界の人間"だと言うことに気が付きそう⋯⋯。
────和也さんの顔、こうしてよく見れば、確かに私達とは微かに違う雰囲気がある。
和也さんの住む世界⋯⋯か。
全てを信じた訳では無いけれど、私の知らない事を2人はよく知っている。もしそれが本当なら、その世界に1度でも足を踏み入れてみたいものね。
────そう思いつつも、私は和也さんの変化に気づく。
ポーションの効果が強いようで、和也さんの手の力みは取れ、表情はかなり落ち着いた物に。
「(えっ、もう血が止まった⋯⋯?!)」
帝国の並を超えた技術力の高さは一目瞭然。
一向に止まらなかった出血は、傷口にポーションの液体をつけると、ものの数分で止まる様子を見せた。
内蔵にもダメージが疑われるほどの重傷が、それは嘘だったと思わせるかのような回復速度⋯⋯。
⋯⋯けれど、そんな事で驚いている暇は一片もなかった。
その凄まじい技術力に驚愕している私には、更なる進展が訪れる。
「はぁ⋯⋯はぁ」
「────きゃぁ、獣人!?」
何者かが息を弾ませて、その音は治療室に居る私達の耳に入り込む。
治療室の出入口の付近にあった作業台で薬の調合に勤しんでいた女性は、不意にその姿を視認して叫ぶ。
⋯⋯あれは!
「神狐様っ!無事だったんですね!」
「妾ともあろうものが、ちと手こずってしもうたが気にせんでよい。それよりも主様は⋯⋯どこじゃ?」
出入口の方から現れた獣人は、神狐様だった。
悪戦苦闘とも言える戦いに、果敢にも臨んだせいで、神狐様の美しかった格好は変わり果ててしまっていた。
神狐様が着こなしていた白を基調とした浴衣はボロボロ。
脚や胸元、腰など、浴衣の至る所が破れ、神狐様の玉の肌が露出。
頬には、手刀によるものと思われる切り傷。
凱旋した神狐様が苦戦したのは、今まさにその格好が物語っていた。
主である和也さんを探し、キョロキョロと目線を動かして、やがて彼の姿を見つける。
「────うむ!充分な程に生命力が癒えておる、もはや命の心配すらあるまい!」
彼に歩み寄って手を握り、そこから何かを感じ取っていた神狐様。
胸のつかえが取れたようで、それをきに、神狐様の曇っていた表情は一気に晴れた。
「申し訳ありません冒険者様?この獣人様は一体⋯⋯?」
「あ、えっと⋯⋯」
その一方、女性は見知らぬ獣人の闖入に困惑。
私がボロボロの神狐様と言葉を交わす所を見て、神狐様を怪しみながらも私に彼女の正体を聞いてきた。
⋯⋯どう答えれば?
単刀直入に彼女が狐の神様であると伝えた所で、にわかには信じられない。
人間との共存に業を煮やし、人が住む場所とはかけ離れた地に移住した獣人族の存在。
神狐様もそれに類する。
この世の中、今や獣人を人が目にする事自体が、珍しい事例となってきている。
「聞こえておるぞ人の子よ。妾はナコ、此奴の旅仲間でもあり、互いを支え合っておる"つがい"でもある」
溜息をついた後に、"獣人"という言葉が引っかかるようで、少し腑に落ちていなさそうな顔をしながら自らの正体を明かす。
⋯⋯珍しい事ながら、神であることをひけらかすことはせず、タダの獣人を装って。
「冒険者様の?!これはとんだご無礼を!!」
「まぁよい。して、此奴の傷の完治は出来よう物か?強き生命力は感じ取れるが、先の動きに関わってくるのでの」
「⋯⋯申し訳ありません、私はタダの受付嬢。応急処置の程は施せますが、完治が可能か否かは分かりかねます」
「しかしながら受付嬢のこのワタクシ、冒険者様の命は必ずや救って見せます」
「くふっ、悪ぅない心持じゃ。じゃが、完治が危ういとなるならば、この地に長く留まる必要がありそうじゃな⋯⋯」
現在の状況の深刻さを知った神狐様は、目を瞑って深く考え込見始めた。
和也さんが横になるベッドに用意してあった椅子に腰かけて────




