2人の九尾・玉藻前とナコ
玉藻前、伝説上の生き物であり、別名は九つの尻尾を持つ狐⋯⋯九尾。
伝説上で語り継がれてきた生き物が、今私達の目の前に立ち塞がっています。
それだけではない、今この場にいる九尾は2人。
⋯⋯神狐様も、絶対的な力を失いこそすれ、紛れもなく九尾の狐だったお方。
何を目的として動くかは教えられていません、ただ⋯⋯神狐様と和也さんは、力を取り戻すために旅をする⋯⋯。
そう言っていた事を、今思い出しました。
『どうだ?驚きおったか、これが我の真の姿。かつて主殿を救った際に使用した身体だ』
9つの尻尾は神狐様の今の姿に似て、炎を纏い燃え盛る。
尻尾に燃えるのは神狐様のような燐火ではなく、熱々しい烈火。
「嘘じゃ、なんぞ間違いであろう。九尾は2つとおらん、神々に選ばれし狐が⋯⋯妾のみこそが為せる境地⋯⋯」
神狐様は驚愕し、この世に存在し得ないもう一体の九尾の出現を、未だに信じることが出来ず、自身の目を疑っていた。
正直言うと、普段はいつも冷静な私も⋯⋯現実味がない現在の状況には追いつけずにいました。
体毛は神狐様と同様、純白に近く⋯⋯瞼の周りと尻尾の終わり際は真っ赤な模様に染まり、後ろの9本の尻尾は猛炎で燃え盛っていた。
心を奪うほどに綺麗な毛並み、形相は九尾という名に恥じず、まるで神狐様が"獣化"したかのように美しい。
『残念だがこれは夢ではない、至って現実よ。今や九尾の力を持たん其方に、この我を屈服させられるか?』
私が見てきた中、今までに一度も敵に恐れることが無かった神狐様⋯⋯。
未知数、無限大の力を秘めた神狐様に対立するのは、かつての神狐様自身の姿とも呼べる九尾の狐。
神狐様は今、途方もなく強い危機感を抱いている。
「黙れっ!たとえ貴様が妾の神通力を、九尾の力を有しておろうが⋯⋯!妾には主様を救う義務があるのじゃ⋯⋯!」
⋯⋯憑依する元凶が出現した今でも、和也さんが正気を取り戻す気配はない。
『愚かな、尊い生命を冒涜する一族の恥。仕方ない、其方には、この我が直々に引導を渡してやろう──』
────会話の果てに衝突する狐の神々。
玉藻前に諦念という2文字はないと、神狐様は遂に痺れを切らしてしまった。
九尾と言う鏡に映り出された自身に、果敢にも戦いを挑む──玉藻前と神狐様は急速に距離を詰め合う。
最終的には、2人は互いに私と和也さんを尻目に⋯⋯衝突し、熾烈な戦闘が勃発。
「互角か、くぅ⋯⋯やはり実力は本物。なかなかやりおるわ⋯⋯!!」
実体を持った玉藻前、そして《末裔の姿》で力を急上昇させた神狐様の戦い⋯⋯2人が成す攻守一体の動き。
人智を超えた、遥か遠い次元の戦い。
神狐様のために助太刀しようにも、今の私には到底、この戦いにはついていけない。
⋯⋯手を出せばそれこそ足でまとい。
『ほう、この我と対等に渡り合えると言うのか』
────2人の攻撃である炎妖術と白光の魔法が、互いに効果を打ち消し合う。
神狐様が繰り出す猛炎と、玉藻前が放つ聖なる光。
威力、スピード、戦術の多様性⋯⋯その全てが拮抗しており、決着がつく気配は依然として訪れず。
神狐様の掌から放たれる螺旋状の炎が、九尾の玉藻前を見舞うも⋯⋯。
けれどその攻撃は虚しくも、かすることなく白光の魔法によって無効化されてしまった。
「────ゆけっ!」
尽く無効化されているのにも関わらず、神狐様は諦めるという心を知らない──主を取り戻したいという深い執念。
それが何よりも優っている様子⋯⋯。
攻撃の拍子に、神狐様は拮抗した熾烈な戦いを自分の手で破ろうと後方で待機させていた青い炎狐を呼び寄せ、玉藻前へとけしかける。
それに伴い神狐様は炎狐を盾とし、一時的に距離を取って体制を立て直そうとしていた。
けれど、そんな神狐様の行動が裏目に出てしまう⋯⋯。
今か今かと、機会を探っていた様子を見せる玉藻前⋯⋯表情は分からないけど、口ぶりは人間で言うなら、ほくそ笑んでいる感じ。
『炎狐か、其方⋯⋯やはりどこか懐かしい術を使いよるな。ならばこれでどうだ?』
────九尾の咆哮。
「うぅっ⋯⋯!」
「此奴、まさか⋯⋯!」
威容を示すかのごとく天空へ吠えたげる。
レベリオン全域と私達の耳に轟く、神獣の獣声。
見覚えのある吠え方⋯⋯あれは獣人の神狐様の術とほとんど変わりがない⋯⋯?
あれは《幻獣咆哮》という名の神獣のみが発動できる術。
神狐様はそれを何者にも劣ることなく、巧みに使いこなしていた。
その神狐様の術が何故⋯⋯?
『天から舞い降りし我が眷属──名は天狐』
響き渡った咆哮が終わり、続くように玉藻前は詠唱を始めた。
夜空から差し込む僅かな光、それは九尾・玉藻前の左右を照らす。
『天狐、一族の恥を晒すとんだ愚かな狐に相応の罰を下せ』
恐るべきことが起きてしまいました、今⋯⋯玉藻前の術が完成した。
それは神狐様の妖術を遥かに凌ぐ⋯⋯。
和也さんの絶技《天狐妖攻波》の起源となる魔力を下に、玉藻前が編み出した新たな術。
その術で、玉藻前は自分の眷属を呼ぶことに成功。
夜空から差し込む光を道にして、地上に舞い降りる生命体──
それは⋯⋯狐神である九尾の配下にある使い魔。
4つの尻尾を有するとされる、霊力を持つとされる妖怪の狐。
天狐の出現で確たる物となった戦力の差、天狐は狐の上位に当たる存在。
神狐様は驚愕し、俯いて目を閉じる。
その姿は召喚する炎狐でも歯が立たない──そういう意味を持っているかのような表情⋯⋯。
〜
「(主様、妾は一体どうすれば⋯⋯?)」
「(懸命に尽力したとて、九尾の力を持たん妾が、彼奴を打ち負かそうと言う見込みは断じて持つことができぬ)」
「(妾達は相思相愛、一心同体のはず⋯⋯わかるであろう?妾がお主を思う気持ちとやらを)」
「(のぅ主様⋯⋯?そこにおるのじゃろう?妾を⋯⋯狐神のこの妾を勝利へと導いておくれ?)」




