邂逅
治癒の弓矢によって満ち溢れ始める妖力。
極限を踏み超えて高まりゆく生命力、妖力、神通力。
神狐様の持ちうる力の全てが漲り、彼女の限界を突破する。
極限をも突破した偉大なる神狐様がその妖力の高まりの果てに成した快挙⋯⋯。
それは、かつてルギエトウルフが行く手を阻んできた時⋯⋯僅かな時間、地に降臨した"全能神"の再来。
「⋯⋯ふぅ、やはりこの姿は実に気分が良い。心が高鳴るこの感覚⋯⋯久しく病みつきになりそうじゃ」
強烈な痛みを乗り越えて取り戻した神としての威厳と風格。
燐火に燃える尻尾、体格こそ子供のままですが、一風変わった己の妖艶な姿を眺める神狐様。
⋯⋯末裔の姿、神狐様はこの姿をそう称していた。
輝かしい眼は光り輝き始め、水色と言う美麗な色を強調。
尻尾は人々を魅了する程の絢爛の燐火に覆われ、まるで神狐様の強い意志を表現するかのように、燃え盛る。
「さあエミリオ、我が最愛なる主に向け⋯⋯穢れし物の怪を滅するべく、共に救済の儀を始めるとしようぞ」
これまでに繰り出していた従来の炎妖術から一変し、神狐様は掌から炎を出すのではなく⋯⋯自身の後方に無数の炎を出現させた。
これが真の力──この状態の神狐様は、無尽蔵の妖力を有している。
普段の姿で妖力を惜しむ場面でも、この姿なら気兼ねなく妖術を発動できる⋯⋯言ってしまえば、敵は加減なしの神狐様を相手にするという事。
「⋯⋯はい、参りましょう」
私もやる気に満ちた神狐様に触発され、和也さんをこの手で取り戻すという意志を固めることが出来た。
殺すのではなく、戦闘不能に出来ればそれでいい。私はこの対面で魔法の弓矢を射る必要は無いと、普通の弓矢を抜く。
「必ずや返してもらおうぞ!我が愛しき主様を、貴様なぞの手にくれてやるものかっ!」
────動きが格段に早くなっている⋯⋯!
私が矢を番えるその頃には、神狐様は既に私を置いて、攻撃の一手に乗り出していた。
私の助けは不要と言わんばかりに⋯⋯素早くなった和也さんの斬撃をいとも容易く躱し、一方的に炎妖術を決め込む。
非の打ち所がない攻守一体の動きは、和也さんに攻撃の隙を与えない──戦況は神狐様が圧倒。
「純粋な主様の心を冒涜し、穢すものよ!直ちに主様の清き心から出てゆけ!!」
和也さんの心の奥に侵食する邪気⋯⋯それを放つ正体を、神狐様は第六感で悟った。
人間へ憑依し、その宿主を操る物の怪にも痛覚は共有される。
炎の魔法を超えた殺傷能力を誇る炎を生み出し、叩き込む事で身体に悲鳴を上げさせる。
いずれ強烈な痛みに耐えかねた物の怪は姿を現すはず⋯⋯。
そう確信した神狐様は、たとえ和也さんの痛めつける事になろうとも、手段を選ぶことはしなかった。
⋯⋯神狐様は、無数の炎を和也さんの身体に決め込む。
確信が見事に的中し、私たちの前で、心の奥深くに宿っていた黒幕が⋯⋯早くも仮面を脱ぐこととなる。
『────我が半身⋯⋯九尾の子よ、其方は何を望む?』
和也さんが扱う力、白光の魔法と言う物で神狐様の猛撃を弾き返す。
その瞬間、神狐様と和也さんと大きな距離が開いた。
⋯⋯彼が口を開いた瞬間、周囲に響き渡る美声。
片方の眼を光らせ、男性が発したとは思えない艶気ある透き通った声で問いかける和也さん。
⋯⋯けれどそれも和也さん本人の意思ではない。今の一瞬で、物の怪の憑依を裏付ける事態となった。
《白光の紋章》が、未だかつて無い輝きを放つ。
まるで心の奥底に秘められていた力が覚醒を果たしたかのように。
「⋯⋯決まっておろう!妾が一途に望むは未来永劫、主様と共に紡ぐ充実した何気なき日々!」
「たかが物の怪風情の貴様にはわかるまい!他にあろうか?妾はひとえに、主様との日々を望むまでじゃ!」
姿形を持たぬ物の怪に対し、己の望みをこれでもかと捲し立てる神狐様。
主への尽きることない大いなる愛を熱弁し、人々を寄せ付けない威圧感を放つ。
突然な物の怪の出現に対しても、少しの驚きも見せることがない神狐様の姿は、まさしく"全能神"という名に相応しい。
『狐よ、其方が望む主殿との睦まじき暮らしとやら⋯⋯それはいい。さりとて、この光景は如何な物かと思うぞ?』
和也さんの身体を用いて、周囲の凄惨な光景を指摘し、妖怪と思わしき邪気が神狐様に対して物申す。
私もそれに釣られる形で、辺りを見渡してしまう。
⋯⋯私の弓矢と神狐様の炎が成した目も当てられない惨状、レベリオンの兵士が大量に息絶えて倒れ込む光景。
「畜生にも劣る物の怪が、妾の遊戯に因縁をつけようとな?主様はいずれにせよ、貴様に口を出される筋合いはなかろう!」
『⋯⋯ならば、その目でしかと拝め。この我がそこいらの物の怪かどうかを⋯⋯』
不思議と世界の動きが止まったかのように、物音ひとつ立つことはありません。
レベリオンには無数にいるはずの援軍が途絶えた、今も結界は展開され続けている⋯⋯。
私達の居場所はレベリオンの兵に筒抜けのはず、それでもなお⋯⋯私たちの前に敵兵が新たに立ちはだかることはない。
────けれどこの私、エミリオと神狐様⋯⋯物の怪だけが。
今はそれだけが動き、事態の進展を見せる。
物の怪が実体を構成しようとしているのか、和也さんが持つ《白光の紋章》から漏れ出る魔力の粒子。
宿主である和也さんの後方に、漏れ出た魔力の粒子がゆっくりと結集し⋯⋯人間ではない巨大な身体が創られていく。
私達は、敵に備えて直ぐに身構えました。
神狐様は溢れ返る妖力を行使し、2体の青い炎狐を召喚。
無尽蔵の妖力を一片も持て余すことなく、時期に現れる物の怪の実体に備える。
⋯⋯私も神狐様の動きに感化され、突き動かされる。
対魔物用の強力な魔法の弓矢を番え、きたるべき戦闘に向けた準備は万端⋯⋯後は敵を待つのみ。
「なっ⋯⋯!!」
────こちらの準備が完了した途端。
忽ち、物の怪がこの世に存在する生き物⋯⋯その内の何を象った怪異なのかが、私達は分かっていく。
神狐様が持つ物に酷似した尻尾、そして耳を持つ。
それは⋯⋯不純な魔物とは呼べません、自然に巣食う純粋な動物に近い。
神狐様のように人間の姿を持った獣人ではない。物の怪の正体、それを一言で表すなら⋯⋯。
遥か昔から世界で言い伝えられてきた伝説上の生物────人々に災いを齎すとされる"神獣"。
────9つの狐の尻尾を有すると言われる九尾⋯⋯玉藻前。




