第19話◆努力と笑顔
ナコは人間の行いが理解できないと話すが、和也はその発言を気にかけた。
彼女と暮らしてきた日々を含め、彼女に理解をしてもらうと思ったことを口に出すが⋯⋯
杏華達が見えない頃を見計らったかのように、ナコは俺にそう言った。
「────理解できないって⋯⋯どういう意味だ?」
ナコの質問の意図を俺はどうにも解せなかった。
彼女と出会って約1ヶ月が経とうとしていたが、彼女はそれでもなお、人の行いを理解できなかったのだろう。
「そのままの意味じゃ。なぜ人はそこまでも馴れ合う?───妾は遥かから人の言動たるものを見てきた」
「じゃがそこにあるのは憎しみ、妬み、争い──ほとんどがそれの繰り返しじゃ、それ故に何故人はそこまでも馴れ合おうとする?」
ナコの眼はこれまでの元とは違い、猜疑心の満ちる眼をしていた。
前に言っていたな。
神同士が話すことなんてほとんどない、そのためか彼女は人間の身性とは到底かけ離れた物らしい。
人と会話をする事はまれにあるらしいが、ナコの発言を見るに、人間には良い印象がないみたいだ。
「う〜ん⋯⋯俺にそんなこと言われても考えたことがないからなんとも言えないなぁ」
「ただ1つ言えるのは、お前はその行いを理解出来なくても、その人間の行いと言うものを楽しめているんじゃないか?」
「───もし退屈な日々を過ごしていたのなら、今日の朝、俺はお前に焼き殺されていたと思うぞ?」
───数秒静まり返ったあと、ナコは彼の言った意味を理解してほんの少しだけ笑っていた。
「くふっ、確かにお主の言う通りじゃ、妾は知らずに人の世に馴染んでしまったようじゃな」
「───じゃが、あまり自惚れるでないぞ?」
「あくまでお主に恩義を感じているが故に殺さないでおいてやっておるだけじゃ、断じてお主のことを認めた訳ではないからの」
彼女に辛辣な言葉を向けられていたが、俺は特に悲しみもせず頬笑する、彼女なりの照れ隠し⋯⋯そう思っておこう。
「ははっ、それは悲しいな、じゃあいつかは認められるように努力しなくちゃな」
───いつの間にか、屋台が並んでいる所へと辿り着いていた。
「少し急がないとな、お前は何がいいんだ?」
「そうじゃな⋯⋯悩むのぅ」
───あれが良い!
俺はナコが示した屋台を見る。
なんとそこには金魚すくいと言う文字が書かれていた。
「おいおい⋯⋯あれば食べ物じゃないぞ?」
「この戯け!妾が食べることばかり考えていると思うておるのか!?」
俺の発言が癇に障ったのか、急に怒り出して考えを改めさせようとしてくる。
実際そうだと思うけどな。
「ふ〜ん⋯⋯あれをやりたいのか?」
「⋯⋯うむ、人の娯楽とやらも少しばかし楽しんでみようと思ってのぅ」
人の行いを理解してみたい、そんな意思がナコから伝わってきた。
彼女なりに努力はしようとしてるみたいでよかった、後は杏華達と仲良くしてくれれば⋯⋯
「ま、それならいいか。とりあえず行こうぜ」
俺はそう言い、一足先にその屋台へと足を運び出す。
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"金魚すくい"
────その場へ着くと、ナコは水槽をのぞきこんで何かを探し求めていた。
そこでひとつの眩く輝かしい多彩な色の鱗を持った金魚を見つける。
その金魚は他の金魚とはまるで別格な雰囲気を醸し出しており、彼女はそれに惹かれてきたようだ。
「おっ、いらっしゃい」
屋台の人が俺たちの気配に気づき、振り返る。
彼はそのナコの目線を見て、なにかに気づいた様子を見せていた。
「嬢ちゃん、その金魚がお気に入りかい?」
急に大柄な男性に話しかけられ、少し取り乱してしまうが、ナコはその男性に向かって頭を縦に振る。
「その金魚はなぁ、他の人達も目をつけてるんだが一向に取られる気配がねぇんだ」
「──嬢ちゃんにはこの金魚、取れるかい?」
やる気満々のナコを見て、俺はそれに応ずるように財布の中からお金を取り出す。
「おじさん、ひとついくらですか?」
「200円だぜあんちゃん、あんちゃんもやってくか?」
「いえ自分は⋯⋯この子がやりたいって言うので仕方なく」
「ハハハッ!それは微笑ましいもんだな、嬢ちゃんなら取れると思うぜ!」
「────ほらよ、頑張りな!」
屋台のおじさんはナコにポイを手渡しおり、俺はそれに気づいて直ぐにお代を渡す。
その頃には既に金魚すくいを始めており、和也はその様子を真剣に見ていた。
「頑張れ⋯⋯ナコ!」
彼女の手が徐々に金魚に近づいていた。
気づかれまいと手の力を抜き、極度に気配を消している。
────そして次の瞬間、ここだ!と言わんばかりに、彼女の手に力が一気に入り、金魚に急接近した。
「──!」
次の瞬間──ナコのポイが金魚を軽々と持ち上げ、器へと目に見えぬような速さで移動。
金魚は器の中に入り、無事に終えられたようだ。
「────1発で取るなんて⋯⋯ナコ、やるじゃねえかよ!」
俺がそう言っている一方で、屋台のおじさんは目を見開いた顔でナコの腕捌きに見惚れていた。
これまで見てきた客とはレベルが違うと感じて観念したのか、彼は口を開く。
「いや〜まいったまいった!嬢ちゃんやるねぇ!」
流石人外と言ったところだろうか、ナコの腕を凝視していたのにも関わらず手の動きに目がついていけなかったようだ。
「───どうじゃお主、少しばかし妾のことを見直したか?」
「⋯⋯あの動きは俺にも真似出来ないな、ふっ、完敗だ」
彼女は金魚を取れたことを確認した後、俺の方に意気揚々な顔をして振り返る。
自分の凄さを見せつけられて心の底から嬉しそうな顔をしていた。
「くふふっ、そうじゃろうそうじゃろう」
相変わらず生意気な奴だ、見た目は子供のくせにやってる事は大人を超えてやがるな。
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"噴水広場前"
ナコはおじさんに金魚を包んでもらい、左手に金魚入りの袋を持ちながらご機嫌で広場前に戻ってきていた。
彼女がご機嫌な理由は最後まで褒めちぎられていたからだろう⋯⋯
仕舞いには『あの動きをもう一度見たいからまた来てくれ』とまで言われるほどだった。
「あの人間、妾のこなしに見惚れておったではないか、実に愉快愉快!」
かなりご機嫌だなぁ、コイツにとっては当たり前なことを褒められるだけだとは思うけど⋯⋯
まぁ人間も褒められて悪い気分はしないし、そういう事なんだろうな。
「さてと⋯⋯そろそろと戻らないとな」
「───で、いつまで手を握ってるつもりだ?」
そう、ナコはずっと俺の手を握っていた。
流石に座った時や食べる時は離していてくれたけど、こうずっと握られているとちょっと恥ずかしいな。
「むっ、こちの方が他の者から見ても自然ではないかの?」
「それはそうだが、お前は迷子になる歳でもないだろ?」
こう見えても中身は数百年も生きてる長命種の狐様なんだからな。
それに⋯⋯
───この傷と相まって不審者に見られそうで怖いんだけど!!
さっきからずっと見てくる子供もいるし、この傷⋯⋯どうにかならねぇかなぁ。
「その通りではあるのじゃが、何か腹立しいのぅ⋯⋯」
別に馬鹿にした訳では無いんだが、彼女にはそう捉えられたみたいだ。
実際には俺よりコイツの方が歳上なんだが、今ではどうしても子供と認識しちまう。
────お母さん!あの金魚、僕も欲しい!
俺がそう考えている時、ずっと俺たちのことを見ていた子供が、手を繋いでいた母親にそう訴えていた。
しかし母親はダメの一点張り、少年は泣きそうな顔をして必死に欲しいと言っている。
その様子に気づき、ナコは俺が見ていた方向に視線を移す。
状況がわかったのか、彼女は俺の手を引っ張り少年の元へ駆け寄っていこうとした。
────やがて少年の前へ現れ、ナコと少年は数秒見つめ合う。
相も変わらず俺の手を握るんだな、それぐらい手を離して行けると思うんだがまぁいいか。
そして地味にナコの方が身長が高い、この子は小学生⋯⋯。
ナコの方が年上に見えるなんて珍しい。
⋯⋯しかしナコは何をするつもりなんだ?
彼女は、先程取った他の金魚とは一線を画す眩い金魚を少年に差し出していた。
「仕方ない、其方に譲うてやろう」
少年はナコのその発言に純粋無垢な笑顔で喜んでおり、泣きそうな顔はどこかへと消え去っていた。
──少年はナコが差し出していた金魚を手に取る。
「───ありがとう!!お姉ちゃん!」
ナコはその明媚な瞳に釣られて笑ってしまっていた。
互いに笑顔で、その場は和やかな空気で包まれていく。
「──本当によろしいんですか?」
母親もその金魚が普通のものでは無いことに気がついていたようだ、他の物と違うのは人目でわかるし当たり前だな。
「もちろんですよ、この子は優しいですし渡したがってます、どうか遠慮なさらずに」
「⋯⋯本当にありがとうございます」
「──大事にするのよ」
母親は少年にしっかりと言いつけ、仕舞いには頭を下げて最後まで申し訳なさそうだった。
〜
「お姉ちゃん、ばいば〜い!」
少年は手を振り、持っていた金魚を大事そうに抱えていた。
ナコもそれに反応して、彼に手を振り返す。
「───優しいんだな」
いつも俺をからかったり燃やそうとしたりするけど、やっぱり根は優しいんだな。
コイツが釣られて知らない子と一緒と笑うなんて⋯⋯
────成長したな。
「⋯⋯うるさいのぅ」
やはり少しだけ恥ずかしかったのか、頬を赤らめて俺と目を合わせようとしなかった。
その状態を見て、俺は少し鼻で笑ってしまう。
「ふっ、らしくないぞ?」
「あくまでこの世に慣れるための一環じゃ、勘違いするでない」
彼女なりの努力なのだろう、無理に自ら話しかけに行くとは俺も思わなかった。
⋯⋯後でなんか買ってやるか。
「⋯⋯ふっ」
彼女の言い訳が少し可愛らしくて、俺はまた無意識で鼻で笑い、ナコはそれに反応して頬を赤らめ、怒りながら俺に対してわめいてくる。
「また笑いおったなこの童め!どこまで妾をコケにするつもりじゃ!」
「すまんすまん、馬鹿にするつもりはなかったんだ」
ナコのたまに見せるその愛おしさにどうしても鼻で笑ってしまう。
彼女には馬鹿にしてると思われているんだろうが、実際はそうじゃないんだ。
「後で覚えておくことじゃな!」
俺らはそんな他愛もない話をしながらも、杏華達のいる場所へと着々と進んで行った。
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"夏祭り櫓前"
俺達は杏華達との集合場所に到着していた。
それは櫓の真後ろ、人も少なく見晴らしがいいためだろうかそこを選んだのだろう。
「杏華達は〜⋯⋯」
かなりの人混みだ、午前中なのにここまでの人が集まるとは夜はどうなってしまうんだ?
一旦この場を抜け出して移動しやすい場所に行かないとな。
「ナコ、はぐれるなよ」
俺は人混みから抜け出すために、ナコの手を引っ張り端へと寄っていこうとしていた。
しかしそこには────ここにはいないはずの杏華がいた。
彼女は男の集団に言い寄られており、心底困り果てている様。
俺はそれに気づき、杏華を助けるため俺はその集団に横槍を入れてみるとする。
「おい杏華、祐馬はどうした?」
それに気づいた男達はめんどくさそうな顔で俺に対してキリッと睨みつけ、言葉を口にする。
「あ?なんだお前」
ナンパって所か、せっかく楽しい一日だったのにコイツらのせいで気分を害されたぜ。
俺もそれに対抗するように、男達を睨み返して鬼のような顔をして返事をした。
「───そいつの彼氏ですが?」
杏華を除いた一同は驚愕、しかし杏華は顔を赤くしていた。
────照れ隠しのためか顔を隠していたが。
「⋯⋯チッ」
男達は諦めたようで、舌打ちを残してそそくさとその場を後にした。
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「大丈夫か?」
杏華は顔を赤くして未だに顔を隠していたが、返事をするために顔を隠すのを辞めた。
────しかし目は逸らして、相変わらず正面を向けないでいるようだ。
「うん、ありがと⋯⋯」
その後ろにいたナコも何故か頬を赤らめており、その様子に気づいた俺はナコに視線をむけて問いかける。
「どうしたんだ?」
しかしナコはそれをスルーして、数秒後に再び全力の蹴りを俺の足目掛けて振る舞った。
「ッ!!⋯⋯なにするんだよ!!」
────そのような喧嘩まがいのようなことをしていると、見ぬうちに祐馬が人混みの中からひょこっと体を出し、困惑していた。
「何やってんだお前ら⋯⋯」
それもそうだろう、顔を赤らめる杏華、少女に蹴りを浴びせられる俺、自分より人一倍大きい人に蹴りを飛ばしている少女。
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「ハハッ!そんなことがあったのか」
俺が事情を説明し終わると同時に、祐馬は突然にも笑い出す。
「笑い事じゃないよ!私、怖かったんだからね!」
状況を見るに五分ほどはあそこで言い寄られていたのだろう、俺が来ていなきゃどうなっていた事か。
「すまんすまん、少し手間取ってしまってな」
「一体お前は何やってたんだ?」
「イベントの準備だ、さっきやるとか言ってただろ?それだよ」
イベントの準備⋯⋯?あぁ、ビンゴ大会か。
しかし準備って一体何をするんだ?
数字発表するだけじゃねえの?
「⋯⋯まぁそれはいい────ともかく!杏華を1人にするのはありえない!」
「和也の言う通り!こんなか弱い乙女を一人ぼっちにさせるなんて男が黙ってないよ!」
杏華は見栄を貼り、少し調子に乗っていた。
しかしその発言に俺と祐馬はほんの少しだけ嘲笑い、2人はその発言を指摘した。
「か弱い⋯⋯」
「乙女ねぇ⋯⋯」
「何よ〜!!」
杏華は顔をぷんぷんと膨らませていた。
祐馬と俺ははその様子を見て笑い、数秒後に時計を見る。
────時間が近づいていることに気づき、俺はその場を動こうとしていた。
「さて、そろそろ始まるから急ぐぞ」
歩き出すと、杏華はへそを曲げながらも俺の隣へと走りつく。
「むっ⋯⋯」
左にはナコが、右には杏華がいる状況になってしまったが、俺は特に気にすることも無く歩んでいた。
───だが、元から隣で手を繋いでいたナコはどことなく不機嫌そうな顔になっていた。
「⋯⋯?」
その時にナコは俺の手を握る力を確実に強くなっていた。
その力には離すまいと言う意図が感じ取れるようなもの⋯⋯そんな感じがする。
そんなナコの握る力が強くなったことに疑問を持ちながらも、俺もまたナコの手を握る力を強くした。
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やがて目的地へ着くと、4人はその場の椅子に座り込み俺は余っていたイカ焼きを食べ始める。
────少し沈黙が流れた後、俺は杏華にイベントが開催する時間を聞く。
「ビンゴ大会が始まるのってそろそろだよな?」
「うん、確かもうそろそろ櫓に人が入っていく頃だと思う!」
「それならビンゴ用紙を買ってこなくちゃな」
────そして俺はその場を立ち上がり、ナコの手を離そうとするが一向に離れる気配はない。
俺は変に理由を探ろうとはせず、同行するかどうかを彼女に問いた。
「⋯⋯着いてくるか?」
「当然じゃ」
────今のナコはどこか変だな、何かを恐れているような⋯⋯そんな感じがする。
まぁいいか、俺が居てコイツが安心するならそれでいい。
「祐馬、用紙は何枚買えばいい?」
「お前のお好みだ、俺達はもう既に買ってあるからな。⋯⋯アドバイスをしておくと1枚だけ予備を買っておくと余裕ができるぜ」
予備か、確かに実質的な確率で言えば2倍に上がる。
物に差はあるがそれはあくまで運だからな。
「分かった、じゃあ行ってくるわ」
「おう、気をつけてな」
俺はナコを連れて、集合場所を後にする。
その時、祐馬と杏華は2人の様子を見て微笑んで話していた。
「アイツら⋯⋯常に一緒だな」
「ふふっ、そうだね、まるで心が繋がっているかのよう⋯⋯」
内心、その状況に少しだけ悲しんでいる杏華が居た。
あの子に和也を取られたと思い込んでしまう⋯⋯そんな自分を『あの子は小学生』と言い聞かせて何とか冷静を保てていた。
その一方で、2人の後ろから見覚えのある大きな影が近づいていた。
────やがてそれが祐馬達の真後ろに着くと、彼女は二人に会えて嬉しそうな顔をして背後から話をかける。
───おや、お前達も来てたのか
第19話、お読みいただき誠にありがとうございます!
ナコの可愛らしい嫉妬、彼女も女の子です。
無垢な祐馬は恋などは知らずに純粋に夏祭りを楽しんでていいですね!
次回は予想外な人物が出てきます!!お楽しみに!




