第1話◆都会に生い茂る森
────カーテンの隙間から漏れた微かな日光。
深く眠りについた俺に"登校"と言う名の現実を突きつけてくる。
目元へと差し込む日光が目に当たり、俺は眠りから目を覚ます。
いつになく重い瞼を上げると、そこには何ら変わりのない平凡な部屋⋯⋯。
時計を見ると、針が7の数字を指し示す。
まだ寝ていたい。学校なんてなければ⋯⋯と、そんな気持ちを押し殺しつつ、渋々と上半身を起こした。
「はぁぁ⋯⋯」
やはり朝はいくつになっても苦手だ。俺の人生においてこれ以上に憂鬱なものは無い。
俺の名前は『高橋 和也』
ごく普通の高校生。特段優れた特技もなく、スポーツもやっていない。
現代によく居る、よく夜中までゲームなどをしている不健康体質の人間だ。
ただ、ゲーマーによくある引きこもったりや成績不良って訳じゃない。
学校は毎日行っているし、欠席もせず、体調管理もしっかりと徹底している。
寝不足は⋯⋯まぁ、そこは考えてないな。
「(⋯⋯ねっむ)」
学校へ行くための準備をするために、俺はベッドから重い足を下ろす。
眠気のあまり、足に力を入れるのを忘れ、たたらを踏むが、辛うじて立ち上がることに成功する。
いつも通り対人ゲームにふけていた夜。
俺は試合中、ゲームの不満を心の中でぶちまけてしまう。負けが続くとどうしても苛立ちを覚えてしまう。
⋯⋯そのせいで、引くに引けず、勝つまでやり続けると言う始末。
ゲームの事を考えていれば、時間なんてあっという間だ。
⋯⋯さてと。
「(顔、洗わなくちゃな⋯⋯)」
〜
眩しい日光を体全体で浴びる。昔から何も変わらない街並みが広がり、様々な人達が動き始める朝。
俺を含めた学生は足を動かし、学校を目指す。
ゴミを出す主婦や、窓を開けて布団を干す者。
洗顔、食事、着替えなどの準備を全て終わらせた俺も同様に動き始め、今は既に登校中だ。
「⋯⋯相変わらずつまんねぇ日常だなぁ」
いつもの登校道──学校へ到着する道へのちょうど半ばら辺。
俺はこの何も変わらない日常に嫌気が差していた。
人生を豊かにしてくれる趣味!テンションが上がる波瀾万丈な人生!ゲームのように魔法を使える自由奔放な物語──!
なーんて物はなく、いつも変わらない日々をただ過ごすだけ。
何か人生を一転させる事が起これば、喜んでその道を歩むのにな。
たとえば異世界での旅とか⋯⋯。
「なんてあるわけも──」
────突然、街並みから感じる妙な違和感。
限りなく近い場所から感じる、異質な気配⋯⋯本来、ここにあるはずも無い物。
ふと俺は動かしていた足をピタッと止め、違和感の発生源である左に目をやった。
「こんな物が⋯⋯なぜ都市のど真ん中に⋯⋯?」
その光景は一言で表すなら、人の手が及ばぬ僻地の森。
周辺とは場違い感が凄まじく、家などの建造物が多いこの場所では人目も引いていいはず。
都市に"森"なんて⋯⋯滅茶苦茶だ。
まるで魔物が巣食ってそうな不気味に満ち────異様な雰囲気を醸し出す木々が生い茂る森が、登校道の只中に姿を現す。
違和感の正体と異質な気配の正体が、正しくそれだと直ぐさま悟った。
だけど、何もかもがおかしい。
通行人はこの森に一切目もくれずに歩いている。昨日にも無かった森の出現に、俺以外の人間は誰一人として反応を示さない。
「(⋯⋯⋯)」
────ゲームのし過ぎか?疲れている?
あるいは幻?
確かに昨日は夜中までゲームをやっていたりはした。しかしそれは俺の日常で昔からよくあることだ。
一度としてこんな幻覚は見た事がない。前例が無く、初めてだ。
途方もなく、俺はこれが一種の幻覚である信じてやまない。
「時間は⋯⋯あるな」
森の正体が異様に知りたくなる⋯⋯。何かに誘われるかのように、俺はここでとある行動に移す。
「(よしっ)」
俺はこの謎の森の正体を突き止めるために森の中へと入っていくことを決意した。
そして一歩、明らかに空気感が違う森に足を踏み入れた。
森に踏み入った瞬間、突如として肩にかかった重々しい空気。足も当然重くなる。
都会のど真ん中のはずなのに不思議と森の中には日の光が入って来ることは無い。
大して奥に入った訳でもないのに⋯⋯。
───何かの力の作用だろうか?後ろに振り返っても普通に日の光はある。
森と元の場所の間には境界線があるみたいに、この場に光が差し込む事はない。
⋯⋯
そんな思考を巡らせていると、近くの木々から木の葉が揺れる音が鳴る──
「おおっと、カラス⋯⋯」
カラスが飛び立つ音か。俺はその突然な出来事に驚いてしまい、恥ずかしい事に取り乱してしまった。
⋯⋯こんな森の中だ。カラスの1匹ぐらいいるのは当然のはずなのにな。
逆に、ゲームとかでいるように、魔物とかが出ないだけ幸運なのかもしれん⋯⋯。
────周りに注意を配る事を怠ること無く、しばらくの間、暗い木々が生い茂る道を歩いた。
⋯⋯そこでは新たな発見をした。
「珍しいな。社か?」
その先にはいつ作られたのか分かり得ない程にボロボロで小さな社を見つけてしまった。
虫に食われたボロボロの木の柱、風穴の開いた屋根、今にも抜けそうな入口への階段。
かなりボロく、今にも倒壊しそうな社⋯⋯それは暗い森と相まって、不気味な雰囲気を振り撒く。
数年は放置されているのか?手入れは全くと言っていいほどにされていないし、人の住んでる気配も一切しない。
「⋯⋯」
────俺は意を決して、恐る恐るその神社の内部へと入り込む。
社の扉を開き、中の様子をのぞき込む。
扉が軋む音が恐怖心を掻き立ててくる。
中も虫に食われているな。かなりデコボコしていて非常に危険だ。さっきの階段と同じく床もだ。
下手に足を置くと直ぐに落ちそうなレベルに脆い。
「(ゆっくりと⋯⋯)」
足元に警戒しながら、神社の内部をおもむろに進む。
⋯⋯最奥への道半ば、俺の目を引く物がひとつ。
あれは⋯⋯御札?
「うわ⋯⋯」
そのひとつから更に広がるように⋯⋯御札は、壁一面に気持ち悪い程に貼られていた。
恐怖で心拍数が上がってゆく。何かが俺を見ている気がする──と、心の中では既に限界の俺。
そして、無数の御札の中にはひとつだけ異様なオーラを放っている赤い御札があった。
不思議と俺はそれに惹かれ、恐怖心に反して、その異質な御札に近づいていってしまう。
「⋯⋯⋯」
何も警戒せず────俺はその御札を剥がしてしまった。
何故ここまで無警戒なのかは⋯⋯俺にもわからない。
次にその御札の文字を何とか読み取ろうとするも⋯⋯ダメだな、見たことも無い文字だ。
「(⋯⋯??)」
この御札、どこか懐かしい感じがする。聞いた事も見た事はないはずなんだが⋯⋯。
言葉に表せない形をした文字が無数に書かれており、記憶の食い違いと相まって、俺は困惑してしまう。
言葉で表しようがない羅列された言葉、俺にも意味は分からない。
⋯⋯先生なら、どうだろうか?
御札に刻まれた言葉を読み解く方法。恐怖心を他所に、それ考え、やがて導き出した答えは──歴史の先生。
うちの学校の歴史の先生は学校⋯⋯いや、世界規模の知識を持っていると聞いたことがある。
「(とりあえず、聞いてみるとするか)」
⋯⋯こんな時に学校が役に立つとはな。
俺は頼り甲斐のある歴史の先生に見せることを決めて、御札をポケットの中へとしまい込んだ。
その際に、入っていた自分の携帯に手が当たり、御札をしまうと同時に携帯を取り出した。
まずい、遅刻寸前だ⋯⋯!
携帯の時計の針は既に8時を回っている。このままでは走っても間に合うかも危うい。
御札をポケットにしまい、全力疾走で森をかけ抜けようとする最中で、俺はひとつの不安が頭の中を過ぎった。
────これ、出れるのか?大体のファンタジー世界ではここで迷うんだけど⋯⋯
「(とにかく!走るしかねぇ!)」
〜
不安と恐怖が精神を支配しつつも、俺はそれに負けず、全速力で森を駆け走っていた。
その甲斐あって、俺は奥に見覚えある街並みと微かな光を発見する。
「⋯⋯あれ、案外すんなり出れたな」
予想とは裏腹に簡単に森を抜けられることが出来た。
それにしても一体この森は⋯⋯そもそもこんな場所にあること自体⋯⋯。
「ってぇ!そんな事考えてる暇なんてねぇよ!」
森の正体なんか考えている暇は微塵もない。遅刻寸前ということを今、にわかに思い出した俺は、急ぎその場を後にした。