言い伝えと神の社
5時間にも渡る戦闘時を経て、冒険者である俺達と農村の住民は和解することに成功。
今はせめてもの罪滅ぼしというわけか、村長が盛大な歓迎会を開いてくれた。
星が無数に光る美麗な夜空の下で、燃え盛る焚き火の炎が村人達の騒ぎっぷりを明るく照らし、住人を自重させない。
「ふぅ⋯⋯やはり人の童に構うというのは心身共に疲れる物よのぅ⋯⋯。強靭な体力と精神力を兼ね備える妾とて、もうクタクタじゃ⋯⋯。」
大半の村人から疑いが晴れたとはいえ、それでも全員が全員、ナコを信用しきったわけではない。
背後の物陰から俺達を監視するものも入れば、堂々と『"穢れた血"は出ていけ』と去ることを強要するものも居た。
俺らを快く受け入れてくれた村人の話によれば、この村には遥か昔から紡がれてきた、古来の言い伝えがあるらしい。
これも遠い昔になるが、村人の殆どが異種族を目の敵にする人ではなかったようで、異種族だろうが来る者拒まずという主義を貫いていた。
しかし、人間では無い異種族が村に住み着いた頃⋯⋯災害が立て続けに発生し始め、そのことで命を落とした村人も数多く⋯⋯。
村人達は言い伝えに沿い、たった1人の"エルフ"を追い出した事で、不運は忽然と収まりを見せた⋯⋯。
今聞いても本当に不思議な話だとは思うが、狐神が隣にいる以上、神は実在すると認めざるを得ないのだ。
とにかく、この村には神か霊の手によってかけられた呪いがあることは間違いない。
村の奥深くにある社に"それ"は祀られていると聞いたが、旅人である俺達が入れるような場所じゃない。
村の住人しか立ち入りを許されない神聖な場所⋯⋯所謂、聖域と言うやつだ。
快く受け入れてくれた村人も入れば、異常な人格を持つ者、正常な感性を持つものと⋯⋯この村には様々な人間がいる。
────その中でも、特に俺達に味方してくれたのは純粋無垢な子供達。
ナコの幼い容姿を見て、村の子供達は別国に住む同年代の少女と勘違いし、ナコと共に遊ぶことを望んでいた。
彼女の整い過ぎた顔立ちは老若男女問わず、人々を魅了する。たとえ、それが敵対関係であったとしても。
芝居にしか過ぎないが⋯⋯村人達に親しげに接する彼女──その無邪気を装った言動は、あっという間に村人全員を丸め込んだ。
「お疲れ様です神狐様。こちらは村外れの河川で取れた魚らしいです、新鮮で美味しいらしいですよ。」
珍客の来訪、それに加えて盛大な歓迎会。
村中、耳が痛くなる程のどんちゃん騒ぎ。
ここまで滞在することになったのはちょっとした理由がある。
────それは馬車で寝ても疲れが癒されないことが起因している。
俺も彼女らと同様、馬車の荷台で眠りにつこうとしたのだが⋯⋯床は固く、3人で眠るには窮屈すぎるんだ。
ナコもエミリオもその影響あってか、今も疲れが取れていない状況。
旅を控えているのに疲れが取れないと言うのは流石に行けないと、俺は一日だけ村に泊めさせてもらうことを決断。
────こうして真っ当な食事と休息にありつけたおかげで、エミリオとナコが2人仲良く頬を緩ませる姿も拝めた。
⋯⋯それだけを考えても、この村に訪れた事には価値が大いにあったと言えるだろう。
「魚介類は妾の好物。それを妾が社に祀られておった時代、人の子が妾に貢物として供した事を今なお、忘れることはない。」
「貴様、どのようにして妾の好物を?もしや⋯⋯いい加減に物を選んだわけではあるまいな?」
そして何かと喧嘩が勃発しがちのエミリオとナコだが、見た目より仲は悪くない。
むしろ俺の仲介無しでも喧嘩や争いが自然に収まることも多くなってきた。
二人の間に必要だった俺の介入も、いずれ必要なくなる⋯⋯絆が深まったと言うべきか、こうも他愛もない話で笑い合う2人は珍しい。
「あはは⋯⋯バレちゃいましたか。でも好きに越したことはありません、文句は言わずに召し上がっちゃってください。」
「全く、貴様と言うやつは⋯⋯。いつしか貴様に報復のひとつでもせんと、妾の気がすまんわ⋯⋯。」
エミリオの馴れ馴れしい態度にこうやって文句を垂れながらも魚を口にしていることから、喧嘩が起きる様子もない。
⋯⋯2人が仲良く食事しているこの機に、俺はこの村を見て回りたいと思う──この広く謎が多い農村を。
「すまん、村を見て周りたいから席を外す。くれぐれも食べ過ぎず、酒は飲みすぎんなよ。」
魚を貪り食うナコ、燎弓の手入れをするエミリオの隣で、重い腰を上げて⋯⋯俺は丘陵の麓に再び立ち上がった。
ナコが村人全員を丸め込んでくれたおかげか、村中は笑いに満ち、歓迎会だからと言って酒を飲み干す者の姿も。
常に欲求に忠実なナコだ、どうせ俺の忠告も聞かずに村人以上に酒を口にする事だろう⋯⋯だが、後に苦労するのはアイツだ。
アイツの身体が心配だからこそ、こういう厳しい言葉をかけているが⋯⋯従うことも少ない、心配して声をかける気も失せてきた。
「しかと用心するのじゃぞ。人集う集落の中とは言うても、ここいらの地方には野蛮な魔物が潜んでおる。」
「和也さん、よければ私がお供しますよ。」
どういうわけか、今回はナコが同行を申し出てこない。いや、来ないなら1人でゆっくり出来るからいいのだが、本当に分からん奴だな。
確かに集落の中でも危険は付き物──筋が通った話はできていることから酔っている状態でもなさそうだし⋯⋯。
⋯⋯まぁ一人の時間も欲しいし、エミリオにはナコの相手をして貰いたい。
水入らずで女性同士でしかできない会話という物のも世には存在する、2人にはそれを楽しんでもらえればと俺は思った。
「いや、お前とナコは休んで歓迎会を堪能してくれ。万が一の時があっても、自分の身は自分で守れるからよ。」
⋯⋯それに村人達の目を掻い潜って、神が祀られる社へ潜入するなんて⋯⋯。
ナコはともかく、エミリオは絶対に賛成しないだろうしな。




