襲撃の痕跡
村里の入口にあった馬場末に馬車と馬を止め、今は集落内へと、無断ではあるが入れさせてもらっている。
「本当に村はあったけど⋯⋯。それにしてもひでぇ光景だな⋯⋯。」
ゴブリンの大群から逃れてほんの数分が経過した⋯⋯ナコは無言で集落の方向を指差し、わかりづらかったが、最低限の案内はしてくれた。
しかし今に至ってはそっぽを向いて、口ひとつ聞いてくれない⋯⋯気難しいのは既知、俺が心無い発言をしたのは覚悟の上。
この一件を境に、ナコが自分の行き過ぎた考えや言動を悔いて、改めてくれればいいのだが⋯⋯やっばまり望みは薄いか。
────ナコはさておき、俺の目に飛び込んでくるのは⋯⋯作物を無惨に狩り尽くされた農村
都市から離れたこの辺鄙な丘陵の麓に立つ、小さな家々⋯⋯魔物が数多く巣食うこの土地で、村を築くとは正気とは思えない。
現に作物を魔物に漁られた痕跡もある、村人の姿は見えないが、奥には一際大きい村家があるな。
恐く、あの家で集会の場でも開いているのだろう。微かにだが、あの家からは人の気配を感じられる。
「本当に酷い、余さず持っていかれていますね⋯⋯。先程のゴブリン達の仕業でしょうか?」
エミリオは村人を心から不憫に思い、余すことなく狩り尽くされた畑を凝視。
やはり俺達を襲ったゴブリンの可能性が高いか、村人の努力の結晶を奪い去った魔物⋯⋯戻って討伐と行きたいけど⋯⋯。
⋯⋯危険を承知で戦場に戻るという無謀なことは出来ない。
今回はこの気持ちを心の片隅に置いておくことにしよう、時には気持ちを押し殺すことも大切となる。
一方ナコはなにをしようとしているのか。荒らされた畑に歩み寄って屈み、畑の畝に触れた後に⋯⋯何かを見つけたようだ。
「⋯⋯主、これを見てみぃ。」
小声、かつ普段より少しばかりドスの効いた声で俺を呼び、何かを見せたそうにしていた。
⋯⋯またもや俺の呼び方が変化した。
お主やら主様やら、コイツの呼び方の基準がよくわからん。
深い意味は無いと思うが、今度は"主"のみ。
喧嘩したとはいえ、まだ俺を主と認めてくれてはいるようだ、敬称はつけていないことから、依然として許す気配はないみたいだがな⋯⋯。
まぁ、許すか許さないかなんて⋯⋯俺にとってはもうどっちでもいい。
「なんだ、これは?」
「わからぬのか?これは先の魔物の血痕じゃ。見た所⋯⋯奴らは幾千と数を増やしておるようじゃ。」
────ナコの口から出たのは、信じ難い魔物の数⋯⋯とんでもないを通り越して、数は常軌を逸しすぎている。
ナコも俺も残された力は極僅か、未だ戦える力を残したエミリオだって、弓矢を無限に射れるわけじゃない。
荷台に詰められた弓矢も数に限りがある、普通の矢は大量にあっても⋯⋯エミリオが主につがえる矢ではない。
本領発揮せずにゴブリンの大群を殲滅できるかどうか⋯⋯考えなくとも、至難の業であると言うのはわかる事だ。
「村人達は勇敢にも魔物に抗い、最終的に住む場所は守れたようですが⋯⋯作物だけは奪われてしまったみたいです。」
ゴブリンの血のみならず、魔の存在である魔物の種は、人間の赤とは対を成すように青い血が流れている。
別名、"穢れた血"とも呼ばれる血が大量に畑に飛び散り⋯⋯畑は見るに堪えない有様だ。
⋯⋯この状態、村人は精一杯の戦力で迎え撃ったみたいだな。
「こんな所で立ち往生してるのも何だ、とりあえずは村人に事情を聞きに行こうぜ。」
「はい、それがよさそうですね。」
「⋯⋯うむ。」
作物を奪われた村の奥に立つ⋯⋯村の中でも特に大きい住家、そこに村人が集まっていると推測を立て、俺達は進む。
⋯⋯青い血痕が大量に飛び散った畑を余所に⋯⋯。
〜
「なんという事だ──旅人様の来訪だ〜!村の皆、歓迎会の準備に取り掛かれ〜!」
────俺達が目的の家に到着しようと言う頃、突然な事に⋯⋯俺たちの後ろからは、若い男の村人の姿があり、彼の声が村中に広がった。
どうやら、この村では俺達のような旅人は珍客のようであり⋯⋯嬉しいことに、手厚い歓迎ムードが流れている。
⋯⋯当然と言えば当然か、ここは人気のない辺鄙な土地。加えて、この村が位置するのは街道から遠く外れた場所。
それも相まって旅人が訪れる事なんて滅多にない⋯⋯。
ここら辺の道も聞ければいいのだが、何がいい道は無いものか。
────彼の一声で、静まり返った村は賑やかな状態に打って変わることとなった。
先程は風になびく葉の音だけが、俺達の耳には入ってきていたけど、今は⋯⋯。
本当に、物凄い変わりようだな。
「ここの人達は私達を歓迎してくれるみたいですね。魔物に襲われたばかりだと言うのに⋯⋯なにか申し訳ない気分です。」
「村にとっては俺達も大切な来客なんだろうな。遠慮せずに持て成しを受け入れる方が嬉しがられると思うぜ。」
確かにエミリオの言う通り⋯⋯作物を略奪された直後に歓待を受けるというのは、俺も気が引けてくる。
しかし、そうとは言っても村人の驚き具合や態度を見てしまうと、断りづらいと言うかなんと言うか⋯⋯。
まぁとにかくだ、断るよりは素直に現状を受け入れて、村人のやりたい通りにさせてあげるのがよさそうだな。
「そういうものなのですかね⋯⋯。」
やはりどこか負い目を感じるのか、俺の予想通りエミリオは最後まで納得せず、気が乗らない様子。
魔物の襲撃とは別の話と割り切って、何気ない顔で歓迎されるようにするのが1番だ。
あわよくば村人との会話の途中⋯⋯それとなく襲撃の方に話を持っていければ、事の全容を把握できるようになる。
そうなると、あまり気を重くせず⋯⋯普通に歓迎される方がいいのかもしれんな。
「よし2人とも、くれぐれも村の人達には粗相のないように頼むぞ。俺達は単なる旅人⋯⋯出過ぎたマネはするなよ。」
そうこうしていると、俺達は知らず知らずのうちに、目的の家の扉の前へと辿り着いていた。
この地域に詳しいと思われる村の人々とご対面するんだ。
その対面で第一印象が最悪にならないよう、慎重に行動しなければならない、下手をすれば協力を拒まれるかも⋯⋯。
無論、それはかなり困っちまう。
「もちろんです。」
「知れたことを。言われずともわかっておる⋯⋯。」
俺自身にも含めて、しっかりと皆に釘を刺した。
2人の返事を確認するや否や、奥には大勢の村人が居るであろう扉をゆっくりと開き始めた⋯⋯。




