新たな目的地
「神狐様、和也さん。おはようございます、昨晩はよく眠れましたか?」
心地よい目覚めから、俺達は寝床を離れ、俺とナコは昨日の出来事など無かったかのように、素知らぬ顔で言葉を交わしていた頃⋯⋯。
楽しそうに話す俺達2人を見つけたエミリオは遠方から俺たちに手を振り、直ぐに駆け寄ってきた。
「おう、ぐっすりだぜ。お前はよく寝れたか?」
「神狐様が居なくなったことに戸惑ってしまいましたが、十分な睡眠は取れましたね。その神狐様は、今も私を睨んでいますが⋯⋯。」
「⋯⋯ん?」
エミリオの様子が変だと思い、自分の右腕の横を見れば⋯⋯。
昨日の事は忘れてはいないぞと言わんばかりに、エミリオに敵意を向けるナコが居る⋯⋯昨日の続きでもおっ始めるつもりか。
「これじゃ一息つくこともままならないですね。偏に私が意地を張ったのが悪いんですが⋯⋯。」
ほとぼりが冷め、スアビスとその配下にある冒険者が手を引いてくれた暁には、正式なパーティーを築き上げたい。
今、予定されるメンバーは俺含めて3人だけだが⋯⋯仲良く、それにもっと人数を増やして行ければいいなと思っている。
それなのに、この2人と来たら⋯⋯。
「馬鹿なことやってる暇はねえぞ。早いうちにウィリアム卿と顔を合わせないと、時間はどんどん過ぎていくぞ。」
軋轢が生まれやすい2人⋯⋯それなのに、不思議なことに息があった時は、追随を許さない程のコンビネーションを見せる。
⋯⋯彼女らの息が合う可能性はあるが、それに対して蓋然性は極端に低い。
しかしナコ達の東の隊は負傷者が0人と、ウィリアム卿の中央隊、俺が率いた西の隊よりも優れた戦績を挙げた。
恐らくだが、2人は調査の際に限りないコンビネーションを発揮したのだろう⋯⋯。
そうでなければ、負傷者が居ないことの説明がつかない。
「まぁ、時間を無駄にしたくて喧嘩をするなら2人のお好きにやってくれ。俺は一足先に行かせてもらう。」
寝場所の位置決めとか言う、くだらなすぎる揉め事に俺が介入する気は毛頭ない。
遠征に支障をきたす事での揉め合いや、単に意見が割れた時の言い合いに関しては別の話なのだがな。
こんな事に一々時間を割いていたら、遠征を成功させられない。
ただでさえ情報が少なく、時間が限られてるってのにナコと来たら、性懲りも無く争おうとしてるし⋯⋯。
「妾は執念深い狐じゃ。此度は目を瞑うてやるが、慈悲には2度目が無い事を⋯⋯努々、忘ずることなかれ。」
「⋯⋯それでも、私は考えを変えるつもりありませんよ。」
俺は、俺の腕を握っていたナコの手を振り解き、ウィリアム卿の天幕がある先へ向かう⋯⋯。
2人の喧嘩には仲介しないと言うことをしっかりと伝えてその場を離れた俺。
その後ろでは、未だに揉める2人の話し声が耳に入った。
「貴様は強情な奴じゃのう⋯⋯。まぁよい、戯話は終わりじゃ。万にひとつ、その時が来た刻⋯⋯貴様が思う存分、妾が相手になってやろう。」
〜
◆指揮官の聚合・ウィリアムの天幕下
一先ず気を取り直し、二人の関係は一時的に復元された⋯⋯。
何事も無くとは言えないが、とりあえずはウィリアム卿の元へ辿り着くことが出来た。
この天幕には指揮官なる人間が集い、主戦力とも言える魔法隊⋯⋯マミュネス含めた衛兵も顔を揃えている。
早すぎる起床と少しは二度寝を検討したけど、この状況を見るに、その必要は最初からなかったようだな。
「そうか⋯⋯。つまりはもうここも、安全では無いということだね。」
────やはり現在の状況は芳しくない様子。
天幕の下にいる全ての人間は、ウィリアム卿を筆頭に⋯⋯険しい表情を浮かべている。
息が詰まるような空気、状況は深刻化する一方だ⋯⋯。
俺達も何かできることはないだろうか?
「おや、和也殿⋯⋯ちょうどいい所へ来た。君達の今後の動きを伝えたい、もそっとこちらへ。」
俺達の気配を感じ取ったウィリアム卿、彼は直ぐに俺が居る方向に目線を合わせて、俺にこちらへ来るように呼びかけてきた。
ナコとエミリオも、その重苦しい空気に口を出せず、彼らが話すテーブルへ進むことすらしようとはしない。
⋯⋯騎士団以外の女性がこの天幕で立つのは、さすがに荷が重すぎると言える。
「お前達は外で待っていてくれ。直ぐに戻る。」
熟年の冒険者でもあるエミリオ、そして気高き狐の神であるナコ⋯⋯彼女らは他の女性よりも優れた人物であることは間違いない。
強靭な精神力を備え持った彼女らだが⋯⋯ここはひとつ、俺に男前に格好をつけさせて欲しい。
汚名返上したいと言う思惑を心の奥に隠し、口を出すなと言う意味合いを込めて、この場で待つように伝えておく⋯⋯。
その言葉に、2人は静かに頷くだけだった。
「────やはり深刻なんですね、皆の表情が沈み過ぎです。」
やがて、俺はウィリアム卿の目の前へ立つ。
近くで見ると険しい表情の他に、顔には疲れが垣間見えている。
彼は夜通しで起きており、新たな作戦を練ろうと頑張ってくれていた感じか⋯⋯それでも、適切な策は練られなかった。
そう考えるのが妥当か⋯⋯。
「新米騎士から全てを聞いたよ。彼の口からはこんな言葉が出た⋯⋯心して聞いてくれ。」
────芒柊樹の森林のみならず、周辺の草原は総じてディアロン帝国が支配している⋯⋯彼はそう言った。
ウィリアム卿の言葉、それは俺の心身ともにこの上ない衝撃を走らせる。
もうこの地帯はディアロン帝国の手に渡った⋯⋯。
俺達は無知だったとは言えど、敵国の領土に不法に踏み込んだという事になる。
そう、これは宣戦布告に匹敵する侵略行為だ。
アインク騎士団は知らずのうちに、ルーメン王国とディアロン帝国との戦争の火蓋を切ってしまった。
⋯⋯ルーメン王国の想像の範疇を超えて、密かに事を進めていたディアロン帝国⋯⋯遂に、土地を巡った戦争が始まる。
「遠征に協力してくれているだけの冒険者を戦争に巻き込む訳には行かない。本当に申し訳ないのだが、君たちには⋯⋯。」
「騎士団の元を離脱し、遥か遠い国へと避難してもらいたい。」
この世界では仁義なき戦いが横行している。
奪い合いとは道理に反するのが当然と、そういう歪んだ思考を持った人間が大半を占めているから。
だからこそ⋯⋯この世界では鉄の掟など存在せず、戦争が後を絶たないのだ。
「⋯⋯協力したいと言っても、貴方は無理矢理にでも俺達を切り離すでしょうね。」
「申し訳ないけど、これは我が国の問題だからね⋯⋯。気持ちは嬉しいが、冒険者を加担させるわけには行かないのだよ。」
これはウィリアム卿の気遣い、巻き込みたくないという配慮なんかではない。
国を死守したいと言う騎士団のプライドだ。
冒険者の力を借りていちゃ自分の国は守れない、と⋯⋯。
敵国との戦争は、騎士団や兵の威信をかけた戦いだ。
これは騎士団の"誇り"を賭けた戦いと言うことを悟り、潔く、何も口は出さずに場を去ることを決断⋯⋯。
「君達には、騎士団の人間と思われないように塗装した馬車を譲り渡す。それを使って遠くに逃げて欲しい。」
逃亡も命懸けとなるか、終わりが見えない命運を左右する不測の事態が俺を襲いかかってきやがったか。
敵国に気づかれないよう、一刻も早く領土を抜けられれば⋯⋯。
────いや、待て。ディアロン帝国は魔法大国だよな。
思い起こせば、スアビスはディアロン帝国⋯⋯レベリオ伯領の首都に向かいたいと言っていたな。
ナコが彼女を忌み嫌う種となった話だ。
俺を危険に陥れる無謀な作戦が彼女の耳に入り、彼女は猛反発⋯⋯自分の力を利用しようとしていたと鋭く見抜いた一件。
そうか⋯⋯レベリオンか。
スアビスの故郷であるディアロン帝国、彼女は確実にそこへ本拠地を置いてあるはずだ。
灯台もと暗しと言ったか、そこなら安全にスアビスの配下の冒険者達から目を隠せそうだ⋯⋯あわよくば、魔法についての知識も蓄えたい。
俺とナコ、そして新たな仲間を加えた俺らが向かう所が今──この場で決まった。




