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敵からの贈り物

 

 敵との長い馴れ合いは禁物だ、特に相手が命を狙う組織の人間なら尚のこと危険が伴う。


 本来の目的は既に果たせているし、ここに長居する必要性は微塵もないだろう。


 ディーンも弟の安全を確保出来て、心から安心しているようだし、騒ぎが発生した場所からはできるだけ早く去った方がよさそうだ。


「よし、目的は済んだし一休みしようぜ。宿屋へ戻るぞ。」


 気絶しているシャンデルを抱く涙目のディーンを尻目に、俺は繋ぎ場を去ろうとナコに声を掛けた。


 もう夜も遅い、深夜の2時は余裕で回ってるとは思う⋯⋯不便なことに、宿場町には時計が設置されていない。


 宿場町の景色を眺めながらも、ディーンの前から去るべく、ナコと一緒に軽い足取りで街路を歩き始めた。


「差し詰め道理の分からぬ連中に絡まれてしもうただけじゃったのぅ。やはり宵を出歩くのは控えるべきか⋯⋯。」


「たまにはいいんじゃねえか?こういう夜道を歩くのって、スリルあると思うし。」


 ちょっとした何気ない行動が、こうも死闘を招いてしまうとなると⋯⋯なかなか気が重くなる所がある。


 夜道を歩くのに危険が伴うのは重々承知だけど、さすがにこれは度が過ぎているというか⋯⋯普通はならねぇよなぁ。


「う〜む、まぁ楽しめてはおったが⋯⋯。」


 こんな事が続いては、なかなか前向きにはなれない物。


 せっかくの夜道だし、帰りも楽しまないと勿体ないのは当然だが⋯⋯それよりも、次また何が起こるのか気が気でない。


 ナコも俺も、度重なる戦闘とそれによる緊張感に見舞われ、心身共に疲労状態⋯⋯。


 流石に一服して体を休めさせて欲しいと、俺らは心から願うばかりだった────


「────待ちなさい。」


 その願いを打ち消すかの如く、後ろから俺らを呼び止めるディーンの声、それは俺の耳に響き渡る。


 俺とナコが咄嗟に後ろを振り返ると、そこには涙を流し終え、目を赤くしたディーンの姿が。


 魔法を発動する際に必要とする杖は地に置くという、俺らとほぼ同じ方法で敵意はないことを示している。


「なんじゃ?夫婦(めおと)の会話に平然と口を挟むものではないぞ?穢らわしい人の子よ。」


「お前なぁ⋯⋯。どうした?まだ何か用があるのか?」


 命を奪おうとした挙句、せっかくの会話を邪魔してきたディーンに対し、ナコは相当の嫌悪感を抱いていた。


 殺さなかったのはナコの最大限の譲歩であったが故に、彼女はディーンに対し、鋭い目付きで睨む。


 あまりの人当たりの強さに、俺はナコに注意しようと考えたが⋯⋯それよりもまずは要件を聞こう。


「和也⋯⋯と言ったわね。貴方、芒柊樹の森林へ向かうのかしら?」


 ディーンの口から出たのは、芒柊樹の森林と俺の名⋯⋯。


 大方、スアビスから情報を教えて貰ったとかそこら辺だろうが、その詳しい情報の出処が気になるな。


「⋯⋯その通りだが、どうしてだ?」


 敵に行き先を伝えるのは禁物──しかし、嘘をついた所でこの情報網の広さ⋯⋯なにか目的があるのなら、直ぐに本当の行先を特定してくるだろう。


 騎士団という心強い味方もいることを加味して、俺は嘘偽りなく⋯⋯ディーンに俺達が向かう場所を教えることにしたが。


 これがどう言った状況を作り出すかは不明⋯⋯この事が、死の淵まで追いやられる事に直結する可能性も否定はしきれない。


 ⋯⋯とは言え、ディーンの様子からしても、俺らを狙うために行先を聞き出しているわけではなさそうだ。


「なら、これを持っていきなさい。」


 ────ディーンが突然、俺に投げ渡したものとは。


「⋯⋯宝石?」


 それは、不透明ながらも水色に近い輝きを持つ曹灰針石、別名ラリマーという小さく綺麗な宝石。


 不思議と目を奪われるその宝石──ディーンが譲ってくれた宝石は、独特な雰囲気を放ち、俺の心を魅了する。


「⋯⋯ちょっとした謝礼よ。いつか役に立つ時が来るはずだわ。」


 含みのある発言を残し、不要な馴れ合いは拒むディーンはシャンデルを抱え、馬車の方へと戻っていってしまう。


 彼女が去り際にくれたラリマーという宝石は見た目の純粋さに相応し、『解放』『安らぎ』など、癒しを意味する物ばかり。


 それは馬車へ戻りゆく彼女が、俺たちに残したメッセージと捉えるか、それとも単なるお礼と捉えるべきか⋯⋯。


「なんとも胡散臭い奴じゃ。主様、その宝珠⋯⋯美しくはあるが、妾はなんぞ疑わしいと感じておる。」


「まぁそれが普通の感性だよなぁ。でも、不思議にもこの宝石には嫌な感じがしないんだよ。」


 人の目を奪う宝石は、特に金品に目が無い人であれば、敵に貰った物品でも入れ込んでしまうのは無論のこと。


 宝石にある種の魔法や罠がかけられている可能性も無きにしも非ず。


「俺も敵に用心するべきなのはわかってる。だけど、今回ばかりは素直に受け取りたい。」


「⋯⋯ナコ、許してくれるか?」


 敵から物を受け取るのは極力控えるべきなのはもちろん心得ているさ。


 それでもなぜ受け取るか──鋭くもない俺の勘が、今ここで『()()()()()』という物を感じ取っていたから。


 俺の許可の申し出に⋯⋯ナコは少し頭を悩ませた後、答えを出してくれた。


「疑わしきは罰せず⋯⋯と言われおる人語が主様の世界には存在しておった。それに従い、妾も主様の選択を信ずる事にしようぞ。」


 ────悩みに悩んだ末、ナコは俺に了承を出す。


 俺の世界に作られた言葉を、本などで積極的に知見を広げていたナコ。


 その際に得た言葉のひとつを借りての了承。


 ⋯⋯こいつ、俺がいない間は怠けていると思っていたけど、一体何をしていたんだ?


 俺が登校している間にも、ナコは色々と調べ事をしていたのかと⋯⋯少しだけ、彼女の私生活を覗いてみたいと思ってしまった。


「そうと決まれば、この宝石は大切に保管しておかないとな。」


 何ら使い道がない宝石だが、そのまま持っていても盗人達に目をつけられ、狙われてしまう。


 自分の武器にでも装着させておこうかと、色々と使い道を探りながら⋯⋯。


 平穏が蘇った静かな夜道を引き返し始めた。


「ちっとばかし心配ではあるのじゃが、美しさは見事なものじゃのう⋯⋯。」


「ん、気に入ったのか?ならこの宝石⋯⋯お前のネックレスにでもするか?」


「⋯⋯それはよいな。来たるべき時に備え、美しい意匠を考えておこう。」



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