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更なる愛を

 

 黒鷺の翔翼は小刀だ!

 前のように意表を突けばナコの体勢を崩せる、その一手で確実な勝利を得られるはず⋯⋯!


「どけぇ⋯⋯どけぇ!」


 急速に俺達へ襲いかかってくるナコ、嫉妬心に飲まれた今でも、冷静な思考は保てているようだ。


 妖術をこの場面で使わない理由、それは力加減を間違えて俺を葬ってしまうことを恐れているから⋯⋯。


 武器を携えておらず、魔法も発動できず自衛手段もない俺に大がかりな攻撃は禁忌であり、行き過ぎた行動。


 嫉妬の化身と化したナコでも、それはしっかりと考えて攻撃に移行した。


 いつものナコに攻撃性が増し、加えて冷静な思考を保てている⋯⋯今回の相手は骨が折れそうだ。


 距離についてだが⋯⋯俺とエミリオは隣り合わせ、それに対してナコは向かい側。目と鼻の先だが、攻撃を反応しきれないほどでも無い。


 ────戦闘は瞬く間に次の形勢へ。


 ナコの攻撃を間一髪の所で避け、黒鷺の翔翼を持つ方の腕を、鷲掴みすることに成功する──


「⋯⋯正気に戻れ!」


 俺の手から逃れようと、小刀に目一杯の力を込めて反撃しようとするナコ。


 あまり力みすぎてナコの腕を痛める事はしたくない⋯⋯!


 最低限の力で抑え込んでいるが────クソッ!前とは比じゃない程に力をつけていやがる!


「────邪魔立てを目論む不届き者は妾が消してくれよう。いつの日か、妾と主様もつがいに成り立てる日が来ると良いのぅ⋯⋯。」


 油断だった⋯⋯ナコの華麗なる動作によって、俺の手は翻弄されるように弾かれてしまう、予想外の出来事で、俺はその場で尻餅をついてしまう。


 ナコが尻餅をついた俺に対し、何を思っているのか撫で回すような⋯⋯純粋な愛が込められた視線を向けてくる⋯⋯。


 ほぼ告白のような言葉を発した後、直ぐに殺気帯びた視線をエミリオに放ち始めるナコ。


 かなりまずい状況だ。


 ⋯⋯今の倒れた際の衝撃は確実に御者席の方にも伝わってしまった──これは早いとこ決着をつけなければ⋯⋯!


「────薄暗いの冥府(めいふ)中で、妾の想い人に手を出そうとした事⋯⋯心から悔いるがよい!忌々しい泥棒猫め!死にさらせ!」


 ナコの手によって振るわれる黒鷺の翔翼⋯⋯先程よりも更に力が増しているのか、オーラはより強烈なものに。


「和也さん⋯⋯?」


 ナコがエミリオを刻む寸前────


 ────俺は一瞬で体勢を立て直し、ナコの背中へ抱きついた──


「⋯⋯主様?妾を求めてくれおるのは嬉しいのじゃが、やはり時と場合によるというもの。続きは後刻で⋯⋯の?」


 俺に危害が及ばないように、ナコは一瞬にして黒鷺の翔翼の動きを止める⋯⋯。


 抱きつかれた事がこの上なく嬉しいのか、頬を赤らめながら俺に優しく笑いかけ、エミリオに対する攻撃の手を緩めてくれた。


 また後でと言ってはいるが、それでもナコの尻尾と耳は正直だ。


 逆立っていた毛は元に戻っており、耳は喜びを表すかのようにピンと立ち⋯⋯尻尾に関しては俺に巻き付いている。


「⋯⋯急にどうしたのじゃ?主様はこれ程までに積極的な男子ではなかろう?」


 ダメ元でやって見た行動だったが、ナコの殺意と嫉妬の念は見る見るうちに静まっていき、黒鷺の翔翼のオーラも弱まっていく⋯⋯。


 ⋯⋯どうやら黒鷺の翔翼の呪い、それは本性を引き出す物という訳ではなきみたいだ。


 見る限りでは黒鷺の翔翼は、使い手の感情を力に変換させ、その感情を倍以上に増幅させている感じだろうか。


 攻めは強いが、受けはめっぽう弱いナコ⋯⋯彼女は俺に抱きつかれる事で、愛されていると自覚することができ、嫉妬の念が静まっていった。


 嫉妬から湧き出る殺意も、活力源を失ったことに伴う形で段々と収まって行っていると考えるのが妥当。


 ────俺は今ここで、力技では解決できないことも、たまにはあることを知ってしまった。


「⋯⋯のぅ主様。時につかぬ事を聞いてしまうが⋯⋯妾の事は好いてくれておるのか?」


 ナコの暖かい体温を全身で感じている俺の一方で、ナコは俺が離れてくれるのをおもむろに待つだけ⋯⋯。


 下手な抵抗はせず、それでもどこか離して欲しくなさそうな⋯⋯そんな雰囲気がある。


 そう言った中でも、俺が自分の事を好きでいてくれているのか、心からの確証を持てないようだった。


「⋯⋯もちろんだよ。」


 ナコは脆い心の持ち主だ、俺がそれを肯定すれば、ナコは更に俺を愛す。

 逆に否定をすれば生気を失い、直ぐにでも馬車から飛び降りるだろう⋯⋯。


 俺をこよなく愛してくれるのはナコだけ⋯⋯母親からも父親からも愛されていない俺からすれば、それは至上の喜び。


 嘘でも否定が出来ないほどにナコを慕っていた俺は、優しく一言の返事をした。


「そうか。ならば、此奴を守るのは何故じゃ?妾は主様が全て⋯⋯。唯一なる生きる希望なのじゃぞ。」


「⋯⋯主様は妾が全てではないのか?気高くもか弱い狐の神を⋯⋯1番に慕ってはくれぬのか?」


 彼女をホッとさせると同時に、新たな疑問を生む発言となってしまったが⋯⋯やはりナコの気がかりはエミリオ⋯⋯。


 ナコは、俺がエミリオに目移りしていると勘違いしているようで、自分を⋯⋯自分だけを見て欲しいと告げてくる。


 黒鷺の翔翼の力が薄れている、強引な手段を取らなくなったのはそれ故か。


 ならば⋯⋯ここは俺の気持ちを率直に伝えるまでだ。


「俺は神であるお前のことも⋯⋯手を貸してくれるエミリオも大好きだ。それは人と人間なんて関係ない。」


 さり気なくエミリオに『()()』と伝えてしまった。

 当然のように口から出た言葉、それは彼女を驚かしてしまう──


「え⋯⋯。」


 我ながら恥ずかしいことを口走っているが、今は呑気に羞恥心を感じている暇なんてない。


 エミリオには別の時間に二人きりで話を進めるとして⋯⋯とりあえずまずはナコを安心させなければ。


「悪いが、1番なんて決められっこない。エミリオも俺達に力を尽くしてくれているし⋯⋯お前だって、俺の命を何度も救ってくれた。」


「2人に優劣なんてつけられない。⋯⋯すまん、こんな答えじゃお前を納得させられないよな。」


 ⋯⋯男として最低な発言なのは重々承知している、だけどこれは命も関わりうる非常事態。


 一瞬でも迷いが出れば、直ぐにでも収まった嫉妬の念が復活を果たし⋯⋯またもやエミリオに襲いかかる。


 今は彼女の欲求を満たせているからこそ、人に襲いかかってはいないが⋯⋯それは結局、一時的なごまかし。


 彼女を鎮める根本的な解決には至っていない。


「そうじゃな。妾が1番でなければ、此奴を消す気を収めることは出来んのぅ。じゃが⋯⋯ひとつだけ方法があるぞ?」


「⋯⋯なんでも言ってくれ。」


 ────俺が案じた通り、彼女がこの程度の理由で腹の虫は収まってはくれなかった。


 まさに今、彼女の嫉妬と殺意は消え去り、俺に愛をぶつけてくれる可愛らしいナコに早変わり。


 抱きつくだけでこれほどまでに態度を急変させるのは不気味そのものだが、見れば黒鷺の翔翼がオーラを失っている。


 殺したいという欲は未だに残っているが、それよりも俺に愛されているという自覚⋯⋯。


 正の感情が勝っているのか、彼女はもっと俺に愛して欲しいのか、俺に更なる展開を求めてきた────




『────妾の唇に接吻(せっぷん)せい。妾に許して欲しいのじゃろう?ほれほれっ⋯⋯遠慮は無用じゃ。』



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