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人と神の差異

 

 今思い返せば、最近のナコの言動⋯⋯まるで出会った当初に戻ったかのような、やり取りが多かった。


 短気である一面、媚薬の効果が聞いていた頃と比べると、プライドが勝っているのか愛情表現も極端に少なくなったと言える。


 ナコは妖力を()()()にして動く神⋯⋯彼女が黒鷺の翔翼を存分に扱えるのは、虚言ではなく紛れもない事実。


 力を奪われたり、自我を失ったりするのは人間のみに対する呪いなのだろう。


 ⋯⋯エミリオが俺みたいに自我を失わなかった理由は依然として不明だが、何かしらいわく付きの理由がありそうだ。


 スアビスの説明によれば、異界人の俺の体質はこの世界の十人とは異なっている⋯⋯それと深い関わりがあるのか?


 ⋯⋯考えても仕方がない、今は一刻を争う状況だ。エミリオのことは後ほど調べあげるとしよう。


 話は戻るが、黒鷺の翔翼が本性を剥き出しにするという呪いを持っているということ⋯⋯言ってしまえば、それは俺の推測にしか過ぎない。


 とは言っても、ナコが自我を失って暴れているわけでもなさそうだし⋯⋯謎は深まるばかり。


 ⋯⋯何はともあれ、今はナコの精神をいつものプライドを誇る状態のように、元に戻すことが最優先。


 ナコが俺を信用してくれるよう、俺が裏で企みを持っていないと思わせるように、さり気なく彼女から黒鷺の翔翼を渡すように告げた。


 すると⋯⋯。


「⋯⋯のぅ、やはり主様は妾を見捨てるつもりじゃろ?」


 一度だが、俺の身から引かせてくれた黒鷺の翔翼を再び俺に向け、懐疑的な見方をし始めているナコ。


 彼女には俺を信じられない節がどこかにあるのだろうか、ナコは鋭い目線に伴い、加えて禍々(まがまが)しい殺意を帯びている⋯⋯。


「落ち着いてください神狐様⋯⋯!私を救ってくれた和也さんが貴方のことを見捨てるなんて絶対にありえません!」


 俺に2度も刃を向けたナコを見た途端────黙りこくり俺らのやり取りを傍観していたエミリオは咄嗟に立ち上がる。


 ────殺意を持つナコに対しても恐れず、直ぐに彼女を宥めようとした。


「黙れ。たかが小娘に何がわかると言う。確かに主様は誰よりも妾を優先的に考えてくれた⋯⋯この上ない自慢なる我が主様(あるじさま)じゃ。」


「じゃが、今はどうじゃ?二言目には貴様の名が出るではないか。我が想い人だと言うに⋯⋯妾のみの主様のはずなのに⋯⋯。」


 ────殺意に溺れるナコの口から出た言葉は蔑みが全て⋯⋯。


 それには全ての人間に向ける憎しみとは、異なる別の憎しみが含まれ⋯⋯妬み、僻み、彼女の中には数々の念が渦巻いている。


 今にでもエミリオと俺に襲いかからんとする鋭い視線と、周りを凍り付かせるおぞましい殺意が充満する馬車内。


 ウィリアム卿に気づかてしまっては中々不味い状況に陥ってしまう⋯⋯。


 幌で仕切られているが故に、かろうじてウィリアム卿の目には届いていないが⋯⋯もし取っ組み合いが始まれば、御者席にも俺達の声が届く。


 馬車は常に全速力で走り、向かい風の音が声を相殺してくれているが⋯⋯。


「俺は2人を平等に好いているつもりだ。確かに近頃はエミリオの名前を出すことが多かった。」


「だけどそれはお前がエミリオの事を追い出そうとするからだ。一旦、名前が出た時のことを思い返してみろ。ほとんどがお前に対する注意だったはずだぞ。」


 まだ話が通じるこの対面、今は彼女に語り掛けることで誤解を解こうと、俺は冷静に情報を整理していた。


 言われてみれば最近になってエミリオとの会話が増え、それに対してナコとの会話では彼女の名が出ることが多かった。


 だが、その大半はエミリオを除け者にしようとするナコの行動を注意した際に出てきた言葉。


 他愛もない会話では彼女の名は出ず、いつも以上に笑いが絶えない状態だったはず⋯⋯彼女はそれを視野に入れていないらしい。


「⋯⋯たとえそんな事実があろうとも、元よりお主は妾のみを好いてくれおったはず。


「我が親愛なる主様を奪おう物なら、尚のこと消してやらねばいかんのじゃ⋯⋯。」


 都合がいい事に、彼女は俺の語り掛けから目を背け⋯⋯果てにはエミリオをこの世から消そうと言う血迷った行動に出ようとしている。


 黒鷺の翔翼の矛先を、俺からエミリオに転換させたナコ。


 必死の語りかけも無念に消え去り、ナコがこうなってしまっては、俺もこれ以上の説得は不可能と踏んでしまった。


 俺が知りうる彼女の嫉妬深さは、更に深くなって行く⋯⋯。


 たとえ仲間を想うナコだとしても、それが愛する者を奪う人物なのならば──彼女は容赦しないだろう。


 ────黒鷺の翔翼がエミリオに向いた事を瞬時に確認し、俺はエミリオを守る形でナコの前へ立ちはだかった────


「主様よ?そこに居ては其奴を消せぬ⋯⋯。そこから身を引かせてはくれぬか?」


 込み上げる嫉妬と殺意を胸に、ゆっくりながらもエミリオに歩み寄るナコ⋯⋯場を震え上がらせる形相はやはり流石と言ったところか。


 彼女の手元にある小刀⋯⋯。


 ────ナコに共鳴するかのごとく、熾烈な紫のオーラを放ち始めている黒鷺の翔翼。


 これで確定した──黒鷺の翔翼はナコに何らかの呪いをかけていやがる。


 ⋯⋯エミリオに向けるはずだった強烈な怒りの爆発を邪魔されても、俺にはその怒りを向けたくないのか⋯⋯ナコは退けるよう、優しく懇願。



「ほれ早く⋯⋯。早く⋯⋯どかんかぁぁ〜!」



 かろうじて俺には優しくできたナコが、怒りを寸前にまで堪え切った結果──彼女は我慢の限界に到達。


 俺に怪我をさせてでもエミリオを殺したいのか──堪忍袋の緒が切れたかのように、黒鷺の翔翼を手中に俺達に襲いかかってきた──


 ⋯⋯前もこんなことがあった。

 スアビスを庇った時、彼女は何かに乗っ取られたかのように俺を攻撃した事が。


 そして手にかけた後、直ぐに正気を取り戻し、その場で自分の不甲斐なさを理由に泣き喚く⋯⋯。


 憶測だがナコが、またもや俺に怪我をさせた事を知ったら⋯⋯彼女は今度こそ、生きる希望を失う。


 軽い場合は俺との接触を極力避け、酷い場合には自殺を図る⋯⋯ナコはあんな態度でも、内面はかなりの忠義者。


 エミリオと俺は直ぐに身構える──ナコから武器を取り上げることが解決策なのは、エミリオも理解しているはず。


 ある程度の怪我は付き物と考えた俺は武器を抜く必要は無い、ここはシデラスさんから教わった体術を使うべきだと考えた。


 ────攻撃をいなせる体術──それを武器に、俺とエミリオは、黒鷺の翔翼に支配されるナコを迎え撃つ──


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