幻影女傑・マーガレット
「────狐火を貸せじゃと!?」
エミリオの作戦、3人の魔法の利点を最大限のに活かす物──その内容とは。
「ええ、貴方様は狐なのでしょう?古来から狐は妖術で人々を化かし、狐火で陽動していたと言う言い伝えがあります。」
その内容のひとつとして、ナコの基本的な妖術、狐火をマーガレットの位置を抑える要として利用すること。
狐火は目に入れた人物の心を奪い、その心や体の警戒が解かれた隙に術をかけ、時には自分の元へ誘導し、人を食らう⋯⋯。
俺の世界でもそんな言い伝えがある。
なにかの偶然だろうか、こっちの世界でも同じような伝説があるなんて⋯⋯不思議だな。
「それは事実じゃが⋯⋯妾や妖の類の狐火は攻撃には転じれぬ。それは伝承知る其方も心得ておろう?」
「はい。ですが、狐火は私が攻撃するべき対象を発見するための物です。」
狐火の妖術は力の消耗を抑えることが出来る分、用途に欠けると聞くが⋯⋯なるほど、索敵とはエミリオも考えたな。
さすが異世界の冒険者、手の込んだ戦略を練るのはお手の物⋯⋯そんな頭が切れるエミリオに俺は痛く感激してしまった。
ナコの妖術で敵を探り出し、そこにエミリオが攻撃を放つ⋯⋯黒霧に包まれた闇の中、迂闊に行動ができない故に遠距離攻撃は輝く。
「ふむ⋯⋯じゃが彼奴も易々と攻撃を受ける女でもあるまい。位置を特定できたとて、妾達の手が届くとは思えぬが。」
しかし、その作戦には致命的な欠点があった。
⋯⋯闇の中、敵を抑えることは狐火を持つナコにとって容易い事。
とはいえ、マーガレットも己の霧の中で迷うほど愚かではない──おそらく、彼女には全て筒抜けだ。
こうして一片たりとも攻め込んで来ないということは⋯⋯マーガレットは真っ向勝負をしても不利と踏んだ可能性が高い。
⋯⋯マーガレットが抜きん出た実力を持っていたことは、俺とナコも試合が始まる前から既に察知していた。
その実力たる所以を突きつけるかのように、エミリオはマーガレットの正体を明かし始めた──
「もしや彼女の異称⋯⋯幻影女傑マーガレットをご存知では無いのですか?」
エミリオの口から出たマーガレットが冒険者から呼ばれる名──通称、幻影女傑⋯⋯。
「げ、げんえーじょけつ?難しい名じゃのう、彼奴がその幻影女傑⋯⋯とやらで何が問題なのじゃ?」
難しい言葉にナコの頭は混乱状態⋯⋯その言葉の意味が理解できず、その名がどれだけ偉大であるか分かっていないようだ。
⋯⋯正直言って、俺もナコと同じだ。
勇者が目覚しい戦果を挙げた時、相応の名が与えられると聞く⋯⋯それと同様の物だろうか?
「彼女が霧を発生させているこの魔法⋯⋯フローレンスから聞いた話によると、マーガレットが独自に生み出した魔法とのこと。」
────俺はそこで己の耳を疑ってしまう。
スアビス曰く、この世界には12の魔法があるとの事だった。
それは嘘偽りない話で間違いはない⋯⋯。
魔法を作り出せるほどの技術者。
つまり、霧を発動させる前に垣間見えた"覇気"の正体はこれだったということか⋯⋯。
俺と同じ感情を持っているのか、ナコも同様にエミリオが話す真実とは思えない話に対して、目を見開いてしまっていた。
まだこの世界の理を全て知り尽くした訳では無い俺⋯⋯だが、ナコがここまで驚いているということは、余程の事なのだろう。
「寝言は寝て言うものじゃ!あるいは魔法を新たに生み出すのは妾達、神族ですら手に余るということを知っての発言か?!」
「私も当初こそフローレンスの嘘だと思っていました。ですが、こうしてルーメン王国で名を馳せているということは⋯⋯。」
ナコの驚愕が影響しているのか、声を荒らげてそれが真実であることを認めようとはしていない。
「(複数の魔法⋯⋯なるほど、これなら話が合う。)」
俺は少ない知識で頭を回転させ──辻褄があった答えを深淵の闇中から導き出すことに成功した。
「アイツは俺たちが扱う普通の魔法⋯⋯そして独自で生み出した魔法を使っているということだな。」
本来、スアビスの説明する話によれば和風月名で習得できるのは自分が選択した道の魔法のみ⋯⋯。
炎魔法の使い手が治癒魔法を使おうとしても、既に習得している魔法があるが故に、扱うことができない。
しかし、弱点を乗り越えようとマーガレットは独自で魔法を生み出し──世界の理に反することで絶対的な力を得た⋯⋯そういうことになる。
「そうなりますね⋯⋯魔法による選択肢の多さは強さの所以でもあります。だから冒険者は皆、自然とパーティーを構成するのです。」
確かに選択の幅の広さは常に余裕を持てるし、ワンパターンな攻撃をすることで、敵は直ぐに慣れていく。
強者の共通点は全てそれだったんだ。
ナコも未知数の妖術を持っているし、まさかこんな所で能力の強みが出てくるとは⋯⋯。
「⋯⋯彼女が扱う夢幻魔法、それにはしっかりとした弱点もあります。詳しい説明を省きますが⋯⋯ここは私を信頼してください。」
────魔力を常に消費し、疲労している俺の姿を見て、エミリオは一刻を争う状況と判断。
真剣そうな顔で俺とナコを見つめて、俺が返した燎弓を背負い戻す。
彼女はナコに手を差し出すことで、互いを信用するための握手を求めていた。
「⋯⋯もし虚言であった場合、妾は其方を末代まで祟ってやる。覚悟しておくのじゃぞ。」
渋々とエミリオの手を取り、握手を受け入れたナコ。
嘘をついている場合⋯⋯その時は神である自分の力を利用し、お前の一族を根絶やしにしてやると釘を刺していた。
あのナコが話して間もない敵を信用するなんて⋯⋯こいつも変わったもんだな。
「⋯⋯ええ。」
釘を刺されたのに対し、エミリオは特に怖気付いた様子も見せず、ただ頷き、彼女の言葉を真に受ける。
ナコもそれに気が付き、嘘はついていないと確証したのか⋯⋯一瞬で手を離し、妖術を構え始めた。
「────現せ主の元へ、狐火よ。我らの道を示し、栄光を掴ませてくれよう!」
ナコが手を広げ、詠唱を唱えたその後に俺の背後を含めた辺り一帯には無数の狐火が出現──
俺を燃やそうとした時や、攻撃手段に使っている紅い炎⋯⋯それとはまた違う。
ナコが召喚した狐火は、以前の物とは打って代わり魂のような青い炎禍々しく放っている神々しい狐火。
「わぁ⋯⋯すごく綺麗です。」
エミリオは露草のような明媚なる美しい蒼い光を放つ狐火に心を打たれ⋯⋯俺もまた同じように狐火に見惚れていた。
「其方が見惚れてどうする⋯⋯。これっ!主様もじゃ!」
「⋯⋯いでっ!」
────ふと気がつけば、俺は無意識にも狐火に心と目を奪われていた。
ナコのビンタが俺の頬を襲い、強烈な痛覚が意識を取り戻す要因になってくれたが⋯⋯。
我ながら驚く程、狐火に意識を奪われてしまった⋯⋯ナコのビンタがなければ、今頃俺は狐火に触れていたことであろう。
エミリオは元から意識していた故か、これと言って意識を奪われた様子を見せてはいない。
「全く⋯⋯先が思いやられるのぅ。時にエミリオよ、妾は出しうる全ての狐火を召喚したは良いが、其方はこれをどうする?」
────スパイラル内部一面に広がる無数の
狐火⋯⋯不思議と召喚された狐火には熱がこもってないようで熱くはない。
この数を上手く使えば、たとえ幻影女傑と言う肩書きを持つマーガレットでも手を焼くはず⋯⋯。
エミリオがどうやって打破するかは不明。
必要な手段だけ教えてくれたけど、俺の頭ではこの狐火をどうするかなんて⋯⋯。
考えの柔軟さを持たない俺、その一方のエミリオはその切れる頭で──狐火の詳しい使用用途を明かしてくれた。
「それは簡単です。神狐様は全ての狐火を──」
────この黒霧全体に解き放ってください。
マーガレットが独自に生み出した魔法の名は
『夢幻魔法』です。
62話で語られた未知なる魔法『幻惑魔法』と名前は似ていますが、性能はまるで異なります。




