燦然狂焔
攻撃を仕掛ける際に作り、相手を徐々に追い詰める陣形──それは既にナコと打ち合わせ済みだ。
俺が現時点で使える能力で、攻撃面で役に立つ物は《アイズフラッシュ》と⋯⋯現在特訓中の隠された魔法のみ。
《アイズフラッシュ》は相手の視界を奪い、一時的にだが眩暈を発生させ相手を混乱させる状態異常魔法。
そしてナコの炎妖術⋯⋯名は《燦然狂焔》と言ったな。
その妖術の性能は炎魔法よりも限りなく高い優れ物。
破壊されるか、または相手に直撃するまで追尾する炎玉を無数に召喚する妖術とナコから嫌という程に話された。
炎玉の威力も申し分なく、もし炎玉を一発でもまともに食らえば、受けた相手を瞬く間に戦闘不能にできるほどとの事だ。
ただ⋯⋯その分欠点もある。
まずはナコの体力の消耗が激しいと言うこと。
追尾している最中は常に妖術を消耗するらしく、威力も高く追尾性能も高いがその分、代償も大きい。
そして炎玉は敵に破壊される可能性があること。
相手があまりにも格上となると、魔法や単なる攻撃を一発受けるだけで無力化され、妖力の無駄遣いとなりかねない。
⋯⋯つまりだ。
相手の視界を奪って、敵を混乱状態に陥らせる白光魔法。
そして⋯⋯炎玉を追尾させ、相手の選択肢を狭める炎妖術《燦然狂焔》の役割の相性。
それはかなり抜群であり、視界を奪い抵抗する暇も与えない⋯⋯短期決戦に済ませるならこの上ない戦法だ。
たとえ剛腕のヴァルクでさえも沈める事は容易く、治癒魔法使いのフレイヤでも回復が追いつかない⋯⋯。
その戦法を使うためにも──俺はナコの前に、ナコは俺の後ろで見えないように妖術を構える。
俺たちが構成する陣形はそういうもので、シンプルだがかなり強力な物なのだ──
⋯⋯ついに陣形が完成した俺とナコは、フレイヤの前にたちはだかる剛腕のヴァルクに先制攻撃をしかけた。
「⋯⋯自ら敗北を味わいに来るとは⋯⋯。神と聞いた時は少し驚いたが、単なる馬鹿な奴らだったか。」
俺が軽く攻撃したとは言えど、それでも彼は攻撃。いとも容易く防ぐ。
ヴァルクには無謀に見えた突撃──こいつ⋯⋯俺が振りかぶさった剣を、己が持つ斧で軽く受け止めやがった。
ヴァルクは今の攻撃で、俺達のことを大した実力を持っていない『雑魚』と認識し、呆れた表情で馬鹿にした言葉を零していた。
⋯⋯この程度で実力を知った気でいやがるとは、熟練の冒険者とあろうとのが早計も甚だしいものだな。
「フレイヤ、例の魔法を頼む!」
攻撃に転じるつもりか、剣と斧がぶつかっているこの戦況を変えようとフレイヤに何らかの合図を送ったヴァルク。
治癒魔法には能力を促進させる力も持っていることをスアビスから教わった。
⋯⋯ヴァルクが壁となり矛となる⋯⋯その戦法は既に織り込み済みだ!
その判断力を見て、真の弱者はヴァルクであると判断した俺⋯⋯その奥には彼に魔法をかけようとしているフレイヤがいた。
「────ナコ!今だ!!」
俺はナコに向けた大声を上げ、その合図に気づいた彼女は瞬く間に共に妖術を構えた。
魔法を発動させる際、どう足掻いても隙は生じる。
フレイヤは、前方はヴァルクが隙をカバーすると踏んでいる⋯⋯つまり、俺達の攻撃を甘く見ているという事だ。
俺はその軽薄な考えの裏を突こうと、自衛手段が無いであろうフレイヤを一点に狙うという作戦に至った。
「⋯⋯燃え尽きよ!醜き人間どもめが!」
ナコと俺の周りには無数の炎玉が出現し、鳥が飛ぶような速さで辺りを徘徊し始めた──
下手な操作は必要いらず⋯⋯ナコが思うがままに動かせる炎玉を召喚できる《燦然狂焔》はあろうことか隙が生じないのだ。
「⋯⋯フレイヤ!!」
俺の攻撃を受け止めながら、自分達の上空を飛ぶ炎玉の動向を監視しているヴァルク。
────その炎玉が自分ではなく、ヴァルクを後援しているフレイヤを狙っていることに気がついた。
《アイズフラッシュ》の効果を発動させる隙もないほどの速さで、行動を開始するヴァルク⋯⋯さすがは2級の名を持つものだ。
ヴァルクは咄嗟に俺の剣を押し返し、治癒魔法使い・フレイヤに迫るナコの炎玉を破壊しようと、急いで彼女の元へ駆け寄る──
⋯⋯しかし、時すでに遅しと言ったところ⋯⋯これと言った攻撃手段のない俺の魔法だが、工夫をすれば何にだってなる!
「こんな火の玉!フレイヤに触れさせてやるものかよ!」
ヴァルクは男らしく、迫る火の玉を自慢の斧で破壊出来るようにフレイヤのカバーに入った。
「⋯⋯ヴァルク様!」
1歩も触れさせない⋯⋯そんな臭い発言をして自分を守ってくれるヴァルクに見惚れているフレイヤ⋯⋯。
実に微笑ましい関係⋯⋯それをここで破壊したくはないが、これは非情にも俺達の人生をかけた勝負事だ。
炎玉が破壊されるのを阻止するため、俺は無慈悲にもナコが操る炎玉に《アイズフラッシュ》とはまた違う白光魔法をかけた──
その瞬間、俺の目は黄色に染まり、足の周りは白光の光で包まれる。
「これで終わりだ。」
「⋯⋯うむ、終わりじゃな。」
何も障害なく魔法を付与できた時、俺とナコは自分達の勝利を確信した。
魔法発動の隙をつけなかったのが彼らの最大の敗因だと考えながら⋯⋯。
「⋯⋯こんなゴミみたいな火の玉、俺様にとっては屁でもない!」
俺が仕掛けたちょっとした小細工に気づく様子がないヴァルク──そんな彼は、一斉に迫ってくる炎玉に斧を振りかぶった──
「⋯⋯え?」
鋼のような硬い澄んだ金属音⋯⋯炎玉を打ち破らんとする斧が弾き返され、その音が俺の耳に続いてナコ、そして騎士達の耳にも響き渡る。
ヴァルクが仕留めようとした炎玉⋯⋯俺はその全てに白光魔法を付与したのだ。
ヴァルクが全力で振るう攻撃は俺の力では抑え切る事が出来ない。
⋯⋯先程の斬撃でそれを確信できた一方、これなら《ホーリーシールド》で防ぐ事が出来るとも踏めた。
自分の渾身の一撃が防がれ、その状況を呆然と眺めることしか出来ないヴァルクとフレイヤ。
────そして、ナコが召喚した全ての炎玉が蜂の巣にするが如く、ヴァルクとフレイヤを襲う──
「ぐあぁ!!(きゃああ!)」
やがて炎玉はこれでもかと言う量がヴァルクとフレイヤに降り注ぎ⋯⋯そこからはナコの本気さが窺える。
⋯⋯戦闘試験で命を奪う事になれば、それは大騒動になり、遠征隊に参加出来ないどころか⋯⋯相応の罰を下される。
それはナコもわかっているはず⋯⋯多分だが、ヴァルクとフレイヤの実力に見合った攻撃を施しているのだろう。
ナコの炎玉が無慈悲に襲う瞬間⋯⋯敵という身でありながら、俺はそんな彼の悲痛な叫びに心が痛んでしまう。
「⋯⋯ヴァ⋯ルクさ──」
ナコの炎玉を直撃したヴァルクとフレイヤはその強烈な熱と威力に、意識を保つことは出来ず、彼らはその場に倒れ込んだ。
気絶間際にフレイヤがヴァルクの名前を呼び、彼女は己が原因で敗北したことを心の底から悔やんでいた⋯⋯。
⋯⋯せめてものお詫びだ。
「ナコ、お前は周りを監視していて欲しい。俺はこの人達を戦場から離れさせる。」
「⋯⋯了解じゃ。」
俺はヴァルクとフレイヤを安全な場所に避難させるため、少しの時間だがナコに背中を任せることにした。
このまま気絶した彼らを放置すれば⋯⋯俺たちや他の冒険者の攻撃が当たる可能性が高い。
ヴァルクの発言には少々苛立ちを覚えてしまったが⋯⋯無実な人を殺すのは罪悪感でいたたまれない。
万が一に備え、運んでいる時の隙を狙われないよう、俺は自分に《ホーリーシールド》をかけて万全な状態を作り出しておいた。
彼らをいち早く騎士達の元へ運ぶため、俺は手始めに体重が軽いフレイヤを先に担ぎ、動き始めた。
⋯⋯そういえば肝心な《アイズフラッシュ》を使わなかったな。
まぁ⋯⋯使用場面は限られているし、技は隠しておくに越したことはないな。




