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4話

最終話です。


 ヒルダの街にあと1日で着くという日の朝、私は重い頭を抑えながら起き上がった。


「おはょ! 今朝のウォルフは寝坊すけさんだね!」


「えぇ……」


 ここ数日、だんだんと体調は悪くなっていった。

 やはりこの年で野宿をしながらの長い旅路は堪えたらしい。

 それでもあと数日で辿り着くと自分に言い聞かせてきたが……。


「大丈夫ウォルフ? 私が看病してあげよぅか?」


「ははっ。遠慮しておきま――」


「――っ! 危ねぇ!」


 フラリと倒れかけた私を素早くロリータが受け止めた。

 その俊敏性もさることながら、私のことを心配そうに覗き込む顔が可憐だ。

 やはり、若いというのは素晴ら――し、い――――。











「――――はっ」


 目を覚ますと私は見知らぬベッドの上だった。


「一体なに……が?」


 身を起こそうとした私は自分の手が誰かに握られていることに気付いた。

 見れば、ベッドにより掛かるようにしてロリータが私の手を握ったまま眠っていた。


「……そうですか。あなたが運んでくれたのですね」


「そうさ。随分懐かれているようじゃないか、ウォルフ?」

 

 不意に声をかけられて、視線を上げるとそこには旧友のヒルダが立っていた。

 豪奢な司祭服を違和感なく着こなす彼女の顔には年相応の深い皺が刻まれていた。


「ヒルダ。ここは君の屋敷かい?」


「そう。ロイターがアンタを必死で担いできたんだ。起きたら礼を言っときなよ」


 私が昏倒していた間に事の経緯は説明済みなのか、ヒルダはすやすやと寝こけているロリータを見ながらにやにやと笑った。


「……」


 私はなんだか恥ずかしくなってロリータの手を離そうとしたが、彼女は眠ったままでもその手を離そうとはしなかった。


「それで、アンタの身体についてなんだけどねウォルフ。アンタが寝ている間に医者に見せたのさ」


「あ、あぁ」


「……あんまり芳しくないらしいよ。あんな田舎からその年で旅だなんて無茶するからだよ」


 ヒルダは顔の皺を深めながら淡々と告げた。


「ふっ。どうせ私たちはもういい年だろう? 田舎で大人しくしていても、せいぜい5年かそこらの命さ。それに……」


 私は、繋いでいないほうの手でロリータの頭を撫でた。


「可愛い子の願いを聞いてやるんだ。1年や2年寿命が縮んだところで構わないさ」


「……そうか」


 ヒルダとはロリータと同じくらい長い付き合いだ。

 もうお互いの共通の知己で生き残っている者は随分少なくなってしまった。


 そんな彼女は、きっと自分勝手な私の振る舞いに言いたいことや、思うことも多いだろうに。


「なら、ゆっくりしていくといいさ。アンタがくたばるまでの間くらい、この部屋を貸してやるよ」


 それらを優しさで仕舞み、ヒルダは笑みを浮かべて退出していった。










「……ヒルダは出ていったよ、ロリータ」


「ひゃんっ!?」


 私が声をかけると、寝た振りをしていたロリータが飛び起きた。

 起きていることを気付かれていないと思っていたらしくロリータは年相応の少女のように慌てふためいている。


 その様子がおかしくて私は笑い出した。

 私の態度が不満だったのかロリータはふくれっ面で不平を言ってきた。


 だがそれも、私が運んでくれたことに真摯にお礼を言うことによって気勢を削がれたようだ。


 そうして暫し、沈黙の時間が流れ。

 ロリータは思い切った様に話を切り出した。


「なぁ、ウォルフ? お前もいっそ――!」


「ダメだよ。ロイター」


 ロリータの言葉を、私はあえて彼女のかつての名前を出して制した。


「君がそうして、自分の身の振り方を決めたように。私も自分の身の振り方は自分で決めるよ。……言っている意味がわかるね?」


「でも……!」


「私はもう十分生きた。あとは聖職者として自分の生を全うする道を選ぶよ」


「…………へっ。そうかよ」


 ロリータは私の話を聞くと不愉快そうに椅子を蹴立てて部屋を出ていった。


 そう。彼女が私のことをどう思っているかはともかく。

 いずれは私のほうが彼女を置いて先立つことはわかりきっていた。

 そしてその時、彼女が自分と同じ様に肉体を乗り換えて生きながらえる提案をしてくることも――。


 










 それから一年と少し。

 私はヒルダの屋敷で静養しながら最期の時を静かに待った。


 ――最期の晩。

 この屋敷に来た時と同じ様にロリータは私の手を握っていた。


「もう逝くのか? 頑固者め。だから俺の話を聞いておけばよかったんだ」


「ふふ……あなたに看取られて逝くのも悪くありません」


「うるせぇよ。こちとら腐れ縁のお前がいなくなってせいせいするぜ」


「これこれ、いけませんよ。あなたのような若い娘がそんな口調では」


 私は懸命に息を継ぎながら最期の会話を続ける。


「あなたはこれから、美少女として生きていくのですから。あなたを遺して逝くことだけが、私の気がかりです……」


「――――っ」


 まばゆくぼんやりする視界の中で、ロリータが歯噛みする雰囲気を感じ取った。


「俺は、そんなにひどいことをしたのか? お前も逝って、数年後にはヒルダのやつもきっと……」


「……」


 私は最期の力を振り絞って答えた。


「あなたのお陰で、最期に良い思い出ができました……。ロリータとの冒険はとても、楽しいものでしたよ」


「ウォルフ!!」


 ロリータは急速に力が抜けていく私の手を強く強く握った。


「あなたならきっと大丈夫。だって、あなたは……」


 ゆっくりと、瞳を閉じて。

 私は――。


「わたしの、だいすきな……ロイ……」


 最期の言葉をしっかり口にできたかどうかは定かではないが。

 愛する人の惜しむ声に送られながら、天寿をまっとうすることができたのでした。




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