3話
「ねぇ〜。何を怒ってるのぉ?」
「別に怒っていませんよ」
「嘘つけ。気に喰わねぇって顔に書いてあるぜ」
「怒っていませんから」
私は憮然とした態度で絡んでくるロリータをあしらった。
この日、私たちに充てがわれた部屋は冒険者には分不相応なくらい豪勢な部屋だった。
普通であれば上機嫌で宿泊するところであるが、私の機嫌は悪かった。
こうなった経緯に私は思いを馳せる――。
――ここは成り行きで盗賊退治をした後すぐに辿り着いた町。
そこそこ栄えているこの町では度々街道に現れる盗賊たちに悩まされていたらしい。
盗賊を捕まえたという私達の話を聞いて村人は大いに喜び、なんと歓迎の宴まで開いてくれたのだ。
独り身老人である私とロリータ(こいつは今や美少女だが)はこういった宴ととんと縁がなく、せいぜい誘われるのは知人の葬式くらいのものだった。
たくさんの村人たちと賑やかで楽しい宴の最中。
若い村人の歌や踊り、おいしい料理の数々とこの地名産のお酒などが振る舞われていた。
私がちびちびとエールを舐めるように呑むのに対し、ロリータはガバガバと浴びるようにエールを呑んでいた。
「……ねぇ、あなたの年で酒はまずいでしょう。自分の外見年齢をお忘れですか?」
「あー? 何ぃ? 俺の酒が呑めないってゅーのウォルフわぁ?」
「口調が素と美少女で混ざっていますよ」
私が酔っ払いを邪険に扱っているとロリータの周りに村の少しガラの悪い若い男達が寄ってきた。
「よぉ嬢ちゃん! 嬢ちゃんみたいな小さな女の子がゴツい盗賊をやっつけたって本当か?」
「嘘じゃないわ~。本当だょ!」
「まぁこっちの爺さんがやったってよりは信じられるかもな」
「なぁ嬢ちゃん。こんな爺さんと呑んでないで俺らのテーブルに来ないかい?」
ロリータの整った片眉が釣り上がった。
「なんだぁてめぇら……? 俺のウォルフに――――」
ロリータが何か言おうとする前に、男の一人がロリータに手を伸ばそうとするのを見て私はカッとなって立ち上がった。
「ロリータに触れるな!!」
それは年甲斐もない、腹から出た声だった。
老人の怒声に驚いて若者たちはぎょっとしている。
ロリータですら、目を白黒させて固まっている。
「す、すみません! 恩人様にうちの若い連中がとんだ失礼を!」
どこからか町の顔役らしきふくよかな男が青い顔で駆けつけてきた。
若者たちは叱られてすごすごと出ていった。
そんなこともあり、宴会はお開きとなってこうして充てがわれた部屋にやってきたわけだ。
ロリータと私は微妙な雰囲気になっている。
「オーケィオーケィ。ならお前の言う通りお前は怒っていないということにしよう、ウォルフ」
邪険に扱う私に対してロリータは何故かいつになく粘り強かった。
何十年の付き合いである私とロリータはこういう時、お互いの機嫌が直るまで距離を置くという不文律ができていたと思うのだが、何か思うところでもあるのだろうか。
あるいは、美少女という新しい身体に引きずられて精神や思考も変わりつつあるのかもしれない。
「じゃあ怒っていないという体で言わせてもらうがな、あの時は俺の代わりに怒ってくれてありがとうよ」
「え?」
「あいつら、ウォルフのことを『こんな爺さん』呼ばわりしやがって。お前が俺と一緒にどれだけの修羅場をくぐり抜けたかも知らん若造の癖に!」
今度はロリータがぷりぷりと怒り出した。
私に対してではなく、あの若者たちに対してだ。
どれだけ怒っても、美少女の外見が可愛らしくそれを和らげていた。
「ちょっと待ってください。どうしてあなたが怒り出すのですか?」
「決まってるだろう。お前のことを悪く言われたからだよ! お前もそうじゃないのか?」
そう言われて、私ははたと自分が怒っている理由に思い至った。
彼女は友人である私が貶められたから怒っている。
しかし私は自分が貶められたことにはどうとも思っていない。
では、私は何に怒ったのか。
私が怒ったのは彼女に対してでも若者たちに対してでもなく……。
ロリータに若い男たちが言い寄ったこと自体に怒っていたのである。
「…………もう寝ましょうロリータ。明日からはヒルダの住む街を目指すのでしょう」
「ん? あぁ」
自分自身の感情を整理できずに私は話を無理矢理切り上げた。
「どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
「な、なんでもありません! おやすみなさい」
不思議そうに見つめ返す彼女から視線を切って私は自分の布団に潜り込んだ。
次の日から私とロリータは旧友であるヒルダの街に向けて旅を進めた。
今回の出来事から私と彼女の関係は僅かに複雑なものとなり、同性の幼馴染同士の旅から少し緊張感のある旅路となった。
そしてヒルダの街に辿り着く寸前――――私は体調を崩した。




