2話
私とロリータ(元72歳男性の美少女)が冒険の旅に出てから数日が経過した。
私の幼馴染であるロリータは錬金術の秘術によっていきなり美少女になった。
若返ったロリータは道中、跳ねる鞠のように軽々と歩を進めた。
かくいう私は年相応にすり減らした膝の軟骨と相談しながらゆっくり歩を進めた。
「ウォルフったらおっそーぃ! 美少女を待たせるなんてどういう了見なのょ」
「どういう了見もなにも。あなたと違ってこちらは老体に鞭打って旅しているのですよ」
私は街道の脇にあった大きな石に腰掛けて一休みしている。
ロリータは若さを持て余して私に不平不満をぶつけている最中だ。
「そもそも冒険といってもどこに行くつもりですか? 私はこの年なのだから、今さらモンスター退治なんてできませんよ」
「そうねぇ。あ! ヒルダに会いにいくっていうのはどう?」
「ヒルダ?」
ヒルダとはかつて私とロリータ(当時はロイターだが)が若い頃に一緒に冒険者パーティを組んでいた仲間の名前だ。
私達と同じ宗派の僧侶で、引退して田舎に引っ込んだ私達と違って都会で司祭にまで昇進したと聞いた。
もう何十年も会っていない。
「そうか、それもいいですね。しかし……こう言ってはなんですが、彼女はまだ息災でしょうか?」
「何言ってんだ。あの女が俺たちより先にくたばるタマかよ」
ロリータはロイターだった頃の口調と悪い顔でケタケタと笑った。
「そういえば〜。今思うとあの頃の私たちのパーティってぇ、結構バランスヤバかったよね?」
「そうでしょうか?」
「だってメンバー3人で、全員が僧侶だょ? 私は途中で錬金術師になったけどぉ」
「そうい――」
「あっぶな〜い!」
私が「そういうパーティもあるんじゃないか」と言おうとした瞬間、ロリータが私を突き飛ばした。
私は腰掛けていた石から転がり落ちて尻餅をついた。
悪びれもせず可愛くポージングするロリータ。
「いたた……。急に何をするんですか! 年寄りの骨は折れやすいんですよ」
苦情を言いながら見上げると、私が背もたれにしていた木に弓矢が突き立っていた。
「チッ! はずしちまった」
「馬鹿野郎! 爺さんぐれぇ一発で仕留めろ!」
低くて下品な声で話しながら盗賊らしき男たちが茂みから出てきた。
粗野な武器を手にボロを身に纏ったむくつけき男どもである。盗賊であることは疑う余地もない。
数は5人。伏兵を控えておくような知性があるようには見えない。
「きゃー! こわぁいお兄さんがいっぱぃ!」
「へっへっへっ。お嬢ちゃん、大人しくこっちに来ればお前の爺さんは助けてやってもいいぜ?」
「いや、不意打ちで人を殺そうとしておいてその交渉は無理があるのでは?」
私は立ち上がりながら冷静に反論した。
まったく。冒険の旅になんて出るからこういう厄介ごとに巻き込まれるんだ。
「見て! ウォルフ! あいつらなんかパーティ5人で盗賊5ょ。あいつらの方がバランス悪いゎ」
「まだその話しているののですか。それより前衛をお願いできますか?」
「えーっ。ウォルフが前衛やってょー。私はか弱い美少女だょ?」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる! 舐めやがって!」
盗賊に襲われても平然としている私達を見て苛ついた盗賊が声を荒らげながら武器を振り上げて突進してきた。
「いや〜ん。お兄さんたち優しくしなきゃロリータ怖ぁい」
そう言いながらもロリータは前に出て私に向かってきた盗賊を阻んだ。
獲物である少女を傷モノにするわけにもいかず盗賊が躊躇する。
「その隙きぃ!」
「あ? ひっ……ぎゃああああ!」
ロリータが盗賊に向けて手を伸ばすと袖の中から2匹の蛇が現れて盗賊に群がった。
盗賊は必死で蛇を引き剥がそうとするがそうしている間に蛇はみるみるうちに巨大化していった。
「ぐえぇ……」
盗賊の身の丈より大きな大蛇となった2匹に締め付けられて盗賊は瞬きの間に絞め殺された。
「な、なんだ!? なんだこれは!」
恐慌状態になった盗賊たちは2匹の大蛇に武器でむちゃくちゃに斬りかかった。
しかし2匹の大蛇の堅い鱗は盗賊たちの刃をまったく通さなかった。
「ば、バカな!?」
「シュルルルル……」
盗賊たちの狂乱をあざ笑うかのように大蛇が舌を鳴らす。
そして次の瞬間、ガバリと大きく開いた蛇の口から火炎が吐き出された。
「ああああああああああ!!!」
炎に包まれた盗賊たちは悶え苦しみながらばたり、またばたりと倒れていった。
「……ふぅ」
静かになった街道で私は呪文を唱えるのをやめた。
「相変わらず見事な陽動ですね。錬金術師でなく、詐欺師と名乗ったほうがよろしいのでは?」
「けっ。うるせぇよ。錬金術はでかいことをやると対価もでかくなるんだ。盗賊なんざ幻覚で十分なんだよ」
ロリータの錬金術は基本的に虚仮威しの技ばかりだ。
今回も大方、投げつけられた蛇に驚いた心の隙きに蛇への恐怖を増大して幻覚として見せたのだろう。
実際に盗賊が昏倒したのは、ロリータが気を引いているうちに背後で私が唱えていたスリープの魔法によるものだった。
なので、盗賊5人は街道に横たわって無傷で眠っていた。
「でもウォルフも年の割に見事なスリープだったょ! ロリータ感動しちゃった!」
「それはどうも。ところでこの盗賊たちはどうしますか?」
「次の町で引き取ってもらぅ?」
「どうやって大の男5人をそこまで運ぶっていうんですか」
「ウォルフ!」
心底楽しそうな笑みを浮かべながらロリータは無理難題を私にふっかけた。
「無理です」
結局私達は盗賊たちを木に縛り付けてその場を離れ、次の町でそのことを報告したのだった。