1話
※本作にはTS(性転換)表現があります。ご注意下さい。
ある朝、目が覚めたら同居人の男(72歳)が美少女になっていた。
「おはょ! ウォルフは寝坊すけさんね!」
愛嬌たっぷりに朝の挨拶をした美少女――――同居人のロイターを見て私は頭を抱えた。
「とうとうやってしまったのですか、ロイター……」
私の呟きに、美少女は長くて軽い金の髪をかきあげてにっこりと微笑んだ。
その美しい仕草を見ていると、こころなしかミルクのような甘い香りが漂ってきたような気がした。
「ロイターでいいんですよね……?」
美少女の自然さに自信がなくなってきた私は思わず尋ねた。
「いやんっ、『ロイター』なんて男の名前で呼ばないで。今の私は『ロリータ』ょ!」
「ロリータ……」
どうやら私の思い過ごしではなかったらしい。
私は、ロリータと名乗る元72歳男性をまじまじと見つめた。
年の頃は12、3か。かなり若い。
長い金髪に翠の瞳。身長は低く、凹凸の少ない肉付き。
未成熟でこれから少しずつ女性らしさを獲得していくであろう肉体に反し、その美貌は既に完成し尽くされていた。
不釣り合いな少女の美貌は不敵な笑みを浮かべて私を見ている。
「どうだ? 俺とお前がイメージしていた最高の美少女になっただろう?」
その口調は、私が何十年と聞いてきたロイターの口調であった。
「未熟で、発展途上で、それでいて計算し尽くした造形美……。『神が創りたもうた』は過剰でも、『神に愛されるべき』美少女なのは疑う余地もないだろ?」
「聞こえの悪いことを言わないでください。けれど、しかし……悪くはないですね」
苦笑しながら私はダイニングの椅子に腰掛けた。
「あなたが錬金術を学び始めたのは20の頃でしたか? 旅先で出会った、とびきり美しい錬金術師の元で学び始めたんでしたよね」
「そーょ。今思えばあれが運命だったんだゎ! 錬金術の素晴らしさを知って、僧侶からジョブチェンジしたくらいだもん」
ロイター改めロリータは、また女言葉で話し始めた。
語尾のイントネーションが不自然に釣り上げられていて腹が立つ。
「私はびっくりしましたよ。幼い頃から一緒だったあなたが、急に宗旨替えで錬金術なんていう胡散臭い学問にかぶれるって聞いた時は」
「だってぇ~! お師匠様を見た瞬間からビビッときちゃったんだものぉ。あたしはこれから一生、この人にずっと着いていくんだってぇ」
いつの間に用意していたのか、ロリータは次々と朝食をテーブルに並べていく。
ハートの形にくり抜かれたベーコンと目玉焼き。きらびやかな野菜の入った黄金色のスープ。瑞々しいサラダ。そしてエプロン姿の美少女。
これまでの老人男性2人暮らしでは考えられないほど華々しい食卓だ。
「こんなに食べられないのですが……」
「え~! だって私はこれくらい食べたいものぉ。育ちざかりだから! キャハッ!」
年を考えて欲しいものだった。
いや、ロイターは自分だけ錬金術で若返ってこれくらい食べられるのかもしれないが。
「ウォルフ。なんならお前も若返ってみるか? お前好みの美少女の身体を作ってやるぜ?」
ロイター……ロリータは美少女がしてはいけないような悪どい笑みを口の端に浮かべている。
「あなたの悪趣味に付き合うつもりはないですよ、ロイター」
「いやぁん! だからこれからはロリータって呼んでぇ!」
黄色い笑い声を響かせて賑やかな朝食の時間が過ぎていった。
ロリータのぶりっ子に心底うんざりしながら朝食を終えると、私は家を出て教会に向かった。
神前に日課のお祈りを捧げる時間である。
ロイターが僧侶を辞めて錬金術師になった後も私はずっと僧侶であり続けた。
他の仲間たちとも一緒に旅をしながら私とロイターは冒険者としてそこそこの活躍をした。
そこそこの活躍をした後。私たちは冒険者を引退し、田舎に戻り。
私は田舎の教会で聖職者として勤め、ロイターは錬金術師として胡散臭がられながらも薬を作るなどしてなんだかんだで生計を立てていた。
老後はそれぞれの趣味や研究に打ち込みながら静かな余生を送ると思っていたのだが、ロイターのやつは何を考えているのやら美少女化の研究なんぞを始めた。
冗談半分で理想の美少女像なんぞを語り合っていたのだが、まさか本気だったとは……。
「おぉいウォルフ! まだお祈りやってんのかー?」
祈りを捧げている最中であるのにそんな雑念を抱いている私に、可愛らしい声に似つかわしくない男勝りな口調で声をかけられた。
男勝りというより中身は完全なる爺さんなのだが。
「お祈り中に邪魔をしないでくださいといつも言ってるでしょうロイ――――ロリータ」
いちいち訂正されるのが面倒なのでもう諦めてロリータと呼ぶことにした。
私の様子を見てロリータは満足そうにうなずいた。
「お前もわかってきたじゃねぇか。それより、おい支度はいいか?」
「支度? なんの?」
「冒険の旅に出る支度だよ!」
「はぁ?」
「美少女錬金術師といえば冒険だろうが! なんのために美少女になったと思っているんだよ」
見ればロリータは実用性がどれほどあるのか疑わしい肌を露出してゴテゴテしたアクセサリーのついた格好をしている。
可愛いことは否定しようのない事実だが、冒険者として心配になる装備であった。
「まさか、この年の私に一緒に旅に出ようと誘っているのではないでしょうね? 年寄りの冷水ですよ」
「誘ってるんじゃなくて既定路線だよ、これは。冒険が美少女を放っておくわけがなかろう? そして冒険には従者が必要だ」
「従者……こんな老体を従者に連れてなんの意味があると?」
「枯れ木も山のなんとやらっていうでしょ! いいから出発するわょ!」
「誰が枯れ木ですか! ……というか、先程からどうやって発音しているのですか、それは」
そうこうしているうちに若い娘のパワーに押され、老体の私はすっかり旅支度を済ませ、冒険の旅に出ることになってしまったのであった。
老人僧侶と美少女錬金術師(元老人男性)との旅はこうして始まってしまったのであった。