一狩目〜碧の女・始〜
プロローグに目を通して頂いた感じどうでしょうか?
自分としてはあぁいった描写を中心にゆる〜りゆるりと進行して行きたいと思っています。
モンスターとの邂逅まで一体どのくらい時間を費やすのか、ファスターの得物はなんなのか、国府田まり子の声はどうしてあんなに可愛いのか、多々疑問はおありでしょうが長い目で見守って頂けたら幸いですね。
「こりゃ一雨来るな。どうするよファスター?」
「じゃぁ聞くけどさ、どうにかなるの?」
淀んだ空。ファスターとグランが追いかけっこを終えドンドルマを発ったのがおよそ二時間程前。向こうを出る時はあんなにも清々しい空が拡がっていたのだが、ファスターの帰路を邪魔するかのように現在お天道様は機嫌を損ねている。
「なるぜ」
外に出たままの荷物を船室へ運ぼうとしていたファスター。その返答が余りにも予想外だったのか、思わず手を止めていた。
「なぁに簡単な事さ。この後降る筈の雨量を見るに、運送屋は一時休業するがファスターお前は違う。何たって神様、仏様、狩人様だろ?泳いで帰れば程いい鍛錬にもなって一石二鳥だぜ」
「そうかい。グランの気遣いが嬉しすぎて、思わず相棒であんたを叩っ斬ってしまいそうになっちまう」
聞くに恐ろしいファスターの返事。しかし彼は止めていた動作を再度始め、荷物を完璧に移動し終えてグランの近くまで戻ってきた。
「せいぜい水竜に出くわさないように祈っといてやるよ」
皮肉たっぷりにファスターへ吐き捨てられる台詞。その受取り主は当にこの後どうなるのかを理解しているようで、運河の先を見据えながら口を開いた。
「そりゃありがたいね。所で今回は何処へ立ち寄るんだ?」
そう吐きながらグランの方を伺う。しかし返ってきたのは言葉では無く、先ほどファスターが船内へ運んだ荷の一つを顎で指していた。「成る程」とファスター。
途端船が大きく揺れた。元が小船だったものを改修してあるこの船は、当然船体自体は小型船のそれと大差無い。揺れを軽減するのは、ひとえに舵を執るグランの腕次第である。
大きく揺れつづけた運送屋の船だが、かろうじて転覆しそうな所で毎度船首を戻す事に成功しているたグラン。その揺れも次第に治まり、あの顎での示唆を見た瞬間船内へ戻り、少なかった積荷を何とか抑えきったファスター。その額にはじわりと汗が浮かんでいる。
「ご苦労さん船長。毎度酷い船旅をありがとうございますって感じかね」
鼻で笑うグランは前方を見つめたまま口を開いた。
「はっ。馬鹿言え、今こうしてずぶ濡れにならずに立っていられるのは俺の敏腕あってこそだろうが」
事実であった。この船に乗っている全てのもの達は水滴すら蚊程もついてはいない。実際グランの運送屋は程ほどに繁盛している。
狩人のように戦う事を生業としていない人たちにとっては、遠くへ荷を運ぶ時に二通りの方法があった。一つは先述した狩人に配達を委託する。危険なモンスター等が出る陸路はそれなりにリスクが付き纏う。当然それに見合う対価をギルドは要求するので、如何せん懐に優しくない方法だ。
しかしそこは狩人の名を冠する人達である。荷物一つ運ぶ事も仕事のうちと確実に運び終えるだろう。
世界の中心ハンターズギルドは如何なる事にも手を抜かったりはしないのだ。まぁそれも一概には言えないのだが。
それはそうともう一つの方法。それはまさしくグランの様な水上運送屋に頼む事だ。こちらは陸路と打って変わり、モンスター等に遭遇する確率はほぼ無いと言ってもいいだろう。当然竜の中には水中に生息するものも存在するが、こうして開拓されて来た運河等に出没した例等も、過去の歴史を掘り起こした所でたいした数に上らない。
安全でリスクも低い為こちらは単価が安くなり、当然多くの人はこちらへ運搬を頼んでいる。
しかしそうなってくるとこの水上運送を稼業としている人々も多くなる。
多いも何もこの仕事、この世界で恐らく片手内に入る程の競争率なのである。
物資の行き来が生活を左右するこの世界では非常に需要がある仕事なのがこの水上運送屋であった。その中で確かな地位を築いている人達等極少数であり、当然そういった者達は大人数で作業をする事でその基盤を確かなものにしていた。
そしてこのグランのニコニコ運送屋。なんと今年で創業百二十周年を迎える老舗中の老舗であった。
グランの家が代々この運送屋であり、グランはその四代目に当たるらしい。
しかしこの運送屋の知名度は大きな所のそれと雲泥の差である。当然だ。何せよ彼一人で切り盛りしているのだから。先祖代々受け継がれたこのスタイルを一貫して貫いているのである。では何故ここまで息が長いのか。その理由は単純で明白、実に判り易い事ある。
――腕がいい。
ただこれに尽きた。水上で憂慮すべきは先程あったような突然の緊急事態からいかに船を捌いていくか、これにより積荷の到着時間に大きな差が出るのである。先程起こった水上での揺れも捌くべき弊害の一つ。
あれは水の中なら広い域で生息しているママイと呼ばれる片手程の甲殻生物が、睡眠時に出す特別な音、それがそのまま水に響きああいった形で時として水面に現れるのである。
そのような懸念事項を悉く跳ね除け、確実かつ、その長い歴史と確実な腕が示す信頼から地元の人達からは、大きな運送屋とは比ぶるもない人気を勝ち取っていた。また非公式ながらギルドの裏の配達等を時々受注しているのもグランの運送屋である。
その確実な仕事振りはそんじょそこらのそれとは大きく掛け離れた存在なのだ。まぁ知名度が低いのは否めないが、そればっかりは本人が望んで居ないのだから仕方が無い。
そんな訳で簡単にまとめれば、余程大事な物の配達で無い限りは水上から、口外無用の代物等はギルドといった感じで配達業は成り立っているのだろうと。
「それよりどうだ、今日の宿先が見えて来たぜ」
パラパラといよいよ降り始めた雨。それは瞬く間に運河の水面、その至る所で激しい波紋を拡げていた。
そして歪んだ水面上には、彼の言葉通りに街らしき姿が映し出されていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「お待たせしました。こちらがフラヒヤビールとワイルドベーコンになります。ご注文の品は以上で?」
これでもかという営業スマイルを振りまき、テーブルでうな垂れている男に確認を取るウェイトレス。
ファスターはテーブルへ突っ伏したまま片手を挙げてひらひらと振る。
それを了解と受け取ったウェイトレスは、緑色のスカート翻しそそくさと厨房へと引き返して行った。
――酒場。
ファスターとグランの二人が昼頃にドンドルマを発ってからおよそ四時間の航路で到着したこの街。世界の基準をドンドルマとして、彼の場所から西に位置する此処は陸路でも半日と掛からない程に距離としてはそう遠い関係に無い。また、その立地する位置から西方から来る商人や狩人等がドンドルマを訪れる際に中継点として利用する為、街としてはそこまで大規模で無いながらもそれなりの賑わいを、一年を通して伺う事が出来る。
そのダイエンにある酒場で、ファスターがどうして酒と肴を堪能しようか。理由は三つ。
一つ。水上を進むに当たって雨はその懸念すべき第一項に匹敵する程の事態であるから。
二つ。ファスターの送迎はあくまでも《ついで》であり、グランとしてはその航路中に届け
先があるのなら当然仕事を優先する。
三つ。グランの気になる女がこの町に住んでいる。
そもそもドンドルマから普通に航海してもファスターの故郷まではゆうに丸五日は掛かる。たとえ乗り込んだ船の船長がいくら仕事の出来る人物でも三日はかかるとは本人の談。
まぁファスターとしては別段急ぎで帰路に着きたい訳でも無く、こうしてふらりふらりとのんびりの旅も悪くないようで、こうしていれば土産話の一つでも作れるだろうと。
結局の所、三つ目の理由が挙がっている以上この街に立ち寄る事はファスターも端から知っていたようで、現在仕事を終えたであろうグランは、その女と話し込んでいるだろう。明日の昼頃にでも出立出来ればいい方である。
さし当たってファスターとしては結局やる事も無くなり、仕方なしにこうして大衆が集う酒場へと繰り出した次第であった。
もう一時間もすれば一日が終わるであろうが、雨音の止む気配は一向に無い。
賑わいという喧騒が包むこの酒場で、面白い話は無いかと聞き耳立てつつ運ばれてきた料理に手を付けていた。
入ってくる話に別段興味惹かれるものも無く、ただ黙々と食事を進めていた彼であったが不意に肩を叩かれて後ろを振り返った。
女だ。
「あぁ、娼婦とかの類なら間に合ってるよ。生憎俺は生涯貞操を守るって決めてるんでね」
明らかにその類で無い事は明白だった。
何故なら彼女の服装はファスター馴染みの狩人が身を包むそれだったのだから。
彼としては、もうこの際だから適当に時間を潰して宿のベットでさっさと寝たい気分のようで、いい感じに酒場が出来上がっている時間帯で自分へと話し掛けて来る酔っ払いの相手等ごめん被りたいらしい。
「素面だけど?ほら」
女はファスターへ顔を近づけ大きく息を吐いた。
どうやら本当に酒は入っていないらしい。ならどうして。
「えへへ。お兄さんが腰にぶら下げてる物が目に入っちゃってさ。貴方も同業者でしょ?」
ファスターは自分の腰を見て納得した。狩人証を付けたままである。
狩人証。その名の如く、全ての狩人にギルドから支給される両手程の大きさの四角い金属板である。狩人は各所で融通が利くのだが、それらを利用して悪事を働く者も当然居る訳で、そうした事を防ぐために狩人たる証拠としてこれが存在していた。
「まぁね。さっきは汚い事言って悪かったな」
その女は終止笑顔を絶やす事なく謝罪を受け入れた。そしてファスターの目の前に移動し腰を掛ける。
「あっ!ウェイトレスさんちょっと注文!このお兄さんと同じ物を私にも頂戴」
女は丁度近くを通り掛かった店員に手早く注文を告げる。そして終えるや再び口を開いた。
「それにしても紅色プレートで更に三本線かぁ。お兄さん狩人歴は?」
「うーん、先月で二年目だな。そういうあんたはっと」
瞬間腰を引き腰の辺りを手で覆う女。表情も苦虫を噛み潰したような、そんな感じだ。
「あははー。お兄さんなんかには遠く及ばねぇっすよ。恥ずかしくて見せられねぇ」
「平気だって。んなもん隠したって何の特にもならねぇんだからさ。そんな恥ずかしがる事ねぇよ」
その後も暫くそうしたやり取りをしていた二人だが、ウェイトレスが注文の品を運んできた辺りで女の方が根負けし、渋々プレートを外しテーブルの上へ置いた。
「碧に一本線か。って事はお姉さん新人さん?」
返事が無い。ただのとうへんぼくの様だ。
聞こえなかったのかと。無理も無い。酒場内の騒がしさはいよいよをもってピークを迎えているのだ。ファスターは再び同じ質問をさっきよりも大声で、確実にこの状態でも聞えるよう試みた。
しかしどうだろうか、まったく女からの返事は無く彼女は何事も無かったのように運ばれてきた料理に舌鼓を打っていた。流石にこの反応には疑問を持つしか無く、ファスターは覗き込むように声を掛けた。
「どうしたんだよ急に。気に触る事でも言ったかな?」
酷く申し訳無さそうな表情でそう問い掛けるファスター。基本的な部分では人に気を遣う彼の面持ちは中々に可愛そうに出来上がっていた。
これにばっかりは女の方も反応せざるを得ない様で、心底止む無しという様な雰囲気を漂わせつつ口を開いた。
「……三年目」
一瞬呆気に取られたファスターだが、その言葉を聞き逃す訳も無し、指を折って何かを数え始めた。
「上から金、銀、銅、蒼、紅、碧だったよな。それに、全ての色は無印原色から始まってそれ
ぞれ一本ずつ線が入りそれが三本を越える時に次の色へと上がるんだよな」
「えぇそうね」
「申し訳無かったな。年が近そうだったけど先輩だったとは。でさ、もう一度聞くけどお姉さん狩人歴は?」
「三年よ。つまり貴方の一年先輩になるわね」
既に目をファスターから離し、天井を見上げながら酒を煽っている女。
彼は今一度眼を凝らして女のプレートを見た。
まごう事なき碧色のプレートに一本白い線が入っているのを確認した。
ファスターは「さてと」と一声挙げ席を立とうとした。
「ちょ!?お兄さん何処行くのよ!!」
彼にはもうこの場を収める言葉は見付からないようである。
「わざわざプレートの説明までしてくれてご苦労じゃない。わかってんのよそんな事!!いいから座りなさいっての」
その台詞を聞き席を座り直す彼の目は衰弱しきった小動物のようであった。
サブタイトル通り<前>となっている以上次は<後>となります。
やっとこさ彼等の得物を書けるかと思うとドキガムネネな心境です。
後半戦はさっそくモンスターとの戦闘を描いていこうかなと。
因みにわたくしMHFでHR465の廃人プレイを進行形で致しております。
あちらでお世話になった際は是非よろしくどうぞ。