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93.初夜

「ウォルフ様はユウラ様との初夜の契りを、

非公式とはいえ、

王族としての格式をもって行おうとしておられるのですよ」


そういってスノーリアは恭しくユウラの手を取った。


「レッドロラインの正統後継者たる、ウォルフ様の正妃として、

 ユウラ様にはこれより、

シャルロット王妃の館にお移りくださいますように」


◇◇◇


シャルロットの館は、政を行う正殿から一番近い位置にある。


しとしとと雨に濡れる庭は、

薔薇の季節を終えて紫陽花が盛りを迎えている。

 

 すでに日は暮れているが、

そんな雨の庭がライトアップされている様も風情がある。


この館に移ってから三日目の夜を迎えた。


ユウラはサロンで、庭を眺めながら紅茶を口に運ぶ。


『お前がただのウォルフ・フォン・アルフォードの妻になってくれれば、

 オリビアの名前は捨てようと思っていた』


ウォルフの出生の秘密を知った日、

ウォルフが自分にそう言った。


(ただのウォルフ・フォン・アルフォードの妻……か)


ウォルフがウォルフであることができるのなら、

自分は何も望みはしない。


ただ騎士としてその傍らにあることを、願いはするが、

戦場は宇宙(そら)だけではない。


「ただのウォルフだろうが、オリビア様だろうが、第一皇子だろうが、

 全部ひっくるめてウォルフなんだから、仕方がないよね」


そういってユウラが自嘲した。


「そうだ。全部ひっくるめて俺なんだから、

ちゃんと全部を愛せ」


そういってウォルフがサロンに入ってきて、ユウラを抱きしめた。


「ウォルフっ! いつ戻ったの?」


ユウラがウォルフの腕の中で、びっくりしたように目を見開いた。


「今さっき」


ウォルフが目配せをすると、

そばに控えていた女官たちがユウラに近づいて、目礼した。


「では、手はず通りに」


ウォルフの言葉に、女官がユウラの手を取った。


「覚悟はできているな、ユウラ」


そういってユウラを見つめるウォルフは、少し目を細めた。

ユウラはそんなウォルフの視線を真っすぐに受け止めて微笑んだ。


「はい、できています」


ユウラは女官に手を引かれて、支度部屋へと連れていかれる。

入浴を済ませると、夜着を着せられて薄化粧を施される。


主寝室にはすでに支度を終えたウォルフが、待っていた。


ユウラをウォルフに託した女官たちが、

恭しく臣下の礼をとってその場を後にする。


ベッドサイドには芯を短く切った蝋燭が炎を揺らめかせている。


「この場所で初夜を迎えることの意味がわかるか?」


ウォルフはユウラを抱き寄せて、そう言った。


「ええ、心得ております」


胸の中でそう答えるユウラが、

少し緊張した面持ちでウォルフを見つめた。


「恐い?」


そう問うたウォルフの胸の中に、ユウラが顔を埋めた。


「ええ、少し……ね」


ウォルフの掌がユウラの髪を撫でていく。

その感覚にユウラは瞳を閉じた。


全てが不確かな闇の中で、

今この身に触れるこの温もりだけが真実なような気がして、

心が震えた。


ウォルフの唇が下りてくる。

額に、鼻先に、そして唇に。


触れるだけの口づけが、

今夜はやけに切なくて、この胸をかき乱す。


「今夜のお前はやけに熱っぽいな。

 そんな眼差しで見つめられたら、

 俺も手加減をしてやれないぞ?」


ウォルフはユウラをその腕に抱いて、低く囁いて寄越す。

その声色に欲情の色を感じて、ユウラが赤面する。


◇◇◇


「やっとお前とひとつになれた」


ウォルフはそういって甘やかな吐息を漏らした。


「うん……」


ユウラもウォルフの胸の中で瞳を閉じた。

胸の鼓動を聞きながら、その温もりを確かめる。


「すげぇドキドキしてるの……わかる?

俺……今、世界一幸せかも……」


吐息ともにウォルフはユウラに唇を重ねる。


ウォルフの眼差しが、

ありったけの愛おしさを込めてユウラを見つめている。


ウォルフがあまりにも幸せそうに笑うので、

つられてユウラも微笑んだ。


「お前は幸せじゃないのかよ?」


ウォルフが心配そうにユウラを覗きこんだ。


「最高に幸せです。あなたのそんな素敵な笑顔を

見ることができたのだから」


ユウラはそう微笑んで、

ウォルフの頬を優しく包み込んで口づけた。


「改めて今日からよろしくな、愛しい我が妻よ」


少し照れたように、しかし真剣な眼差しでウォルフがユウラにそういうと、


「不束者ですが、こちらこそ、よろしくお願いします。

 愛しい私の旦那様」


ユウラがはにかんだように微笑んだ。


◇◇◇


それは確かに泣きたいほどに幸せな時間だった。


こどものままごとのように、二人で歩むきらきらと輝く未来を想像し、

まるで世界が幸せだけでできているというひどく残酷な幻を抱かせて、


夜が明けようとしている。


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