91.ウォルフ・レッドロライン1
「ルーク・レイランド、お前はどう思う?」
ウォルフはその眼差しを、シェバリエの損傷部分に向けて尋ねた。
「どうって……正直戦慄を覚えているよ」
ルークはその柳眉をかすかに顰めた。
「レッドロラインの英知の全てを注ぎ込んだシェバリエの最新機種に、
君が乗り込んで戦ったわけだろ?
それでこの損傷負うとか、もし君以外が部隊を率いていたとしたら、
間違いなく全滅だろうね」
ルークが淡々とした口調で言う。
「俺もさ、自惚れているわけじゃないけど、
シェバリエに関しては国内屈指の腕はあると自負している。
その俺にこれだけの傷を負わせることのできる奴って
そうそういないんじゃないかなって思うんだ」
ウォルフは自販機でコーヒーを買って、プルタブを引いた。
「そうそういてたまるかっ! 国が亡ぶわ」
ルークが眉間に皺を寄せてそう言った。
ウォルフはそんなルークを横目で伺う。
「剣の感覚ってあるだろ?
知ってる感じだったんだ」
ウォルフは缶コーヒーを流し込んだ。
『苦い』とウォルフは思った。
苦くて、絡みつくような違和感がその喉にある。
「知ってる感じ?」
ルークがウォルフに視線を向けた。
「アイツを思い出したんだ」
ウォルフの言葉にルークが、
きょとんとした表情で脳内の情報を検索する。
「アイツ……ねぇ」
(ウォルフの機体に損傷を与えられる力量を持ったシェバリエ乗り……)
ルークは必死に思い出を探るが、
(はて、引っかかってこない)
目を瞬かせる。
(僕の知る限り、ウォルフって昔から結構最強クラスだよ?
むしろそんな奴がまわりに簡単にいてたまるか)
そんな気がしないでもない。
ルークを見つめるウォルフの眼差しに一瞬痛みが過ったのを、
ルークは知らない。
「セナ・ユリアスだ」
ウォルフが冷静にその名を口にした。
「まさかっ!」
ルークが声を荒げた。
握りしめた拳が小さく震えている。
ウォルフは小さくため息を吐いた。
(やはりまだ、傷は癒えてはいない)
ウォルフは目を伏せた。
癒えるはずがないだろう。
あれ程深く愛していたのだから。
「冗談じゃないっ! セナは……死んだんだ」
ルークが血を吐くようにそう言った。
ルークの激情を受け止める一方で、
ひどく冷静にウォルフが言葉を紡いでいく。
「残念ながら、冗談なんかじゃない。
同門だったアイツとは、幼少期から
鬼のように剣を交わしてきた仲だ。
その俺がアイツの剣を間違えるはずがない」
ルークが凍てついた眼差しを暫し、彷徨わせる一方で、
ウォルフの中に確信めいたものが満ちる。
「機体に敵機の映像が残っている。
あとで見てほしい」
そう言い置いて、ウォルフがその場所を立ち去った。
◇◇◇
戦艦『White Wing』のオリビア専用プロムナードにて、
オリビアモードのウォルフは優雅に紅茶を嗜む。
本日の茶葉はダージリンのファーストフラッシュだ。
ティーカップに注がれた淡いオレンジ色の紅茶に目を落として、
オリビアが口を開く。
「ねえ、ユウラ。わたくし、
わたくしの乗る戦艦『Black Princess』を
少し改装しようと思っていてよ」
戦艦の中とはいえ、今は完全にプライベートの空間で、
ウォルフとユウラは二人きりでお茶を飲んでいる。
にも拘わらず、ウォルフはオリビアモードを解かない。
「はあ……そうですか」
君子危うきに近寄らず。
そう、ユウラの本能が危険を告げている。
こういうときのウォルフは
きっと良からぬことを考えているに違いないのだ。
ユウラもティーカップに目を落として、
適当に相槌を打った。
(決して目を合わせてはいけない)
ユウラはぐっと腹に力を入れた。
「ええ、わたくしの司令官室のとなりに、
ユウラ、あなたの特別室を作るのよ?」
オリビアがはしゃいだようにそう言うと、
その言葉にユウラが
思わず紅茶を吹き出しそうになった。
「は……はあ? いりません。そんなもの。
普通に士官室のどこかの相部屋に入ります」
命のやり取りをする戦場を、
この人は何だと思っているのだ。
しかも特別室って何?
驚きに顔を上げてしまったユウラは、
うっかりとオリビアと目が合ってしまった。
蛇に睨まれた蛙のごとく、
ユウラはぎこちなく動きを止めて、
ティーカップをソーサーの上に戻した。
オリビアがニタリと笑う。
ユウラはしまったと思ったが後の祭りだ。
「まあ、どこかの相部屋ですって?
ユウラはわたくしの他に
どなたかのルームメイトになりたいのかしら?」
そう言って微笑むこの絶世の美女が、
そこはかとない押しと圧をもって迫ってくる。
中の人がウォルフだと分かってはいても、
ユウラの心拍数が無駄に上がってしまう。
(嗚呼、オリビア様……やっぱりお美しい)
頬を赤く染めて下を向いたユウラに、
オリビアが愉悦の微笑を浮かべる。
「ねえ、おっしゃって、ユウラ。
わたくしの他にあなたは
どなたかのルームメイトになりたいとおっしゃるの?」
オリビアはそういってうっとりと
胸の前で手を組んでユウラを促す。
「むしろ、オリビア様以外ならどなたでも結構です」
ユウラがぽそっと呟くと、オリビアの瞳孔が開く。
「聞こえんな」
地獄の地響きのような低温ボイスに、
ユウラの腸がきゅっとなる。
「生意気な口を利く、この専属騎士めがっ!
お仕置きです」
オリビアが立ち上がり、
ユウラを背後から腕をまわして抱きすくめた。
「私のために戦艦を改装するとか、
色々ありえないんですけど」
抗議の声を上げる。
「あなたはわたくしの専属騎士だという自覚を持ちなさい。
あなたがわたくしを守らなくて誰が守るというの?」
オリビアはユウラの抗議など、どこ吹く風の様子である。
ユウラは目を閉じた。
(抱きしめ方はウォルフと同じだ。
その肌に感じる体温も)
同じ人物なのだから当たり前なのだが、
いつも強気で、乱暴な言葉を吐くかと思えば、
ウォルフの自分に触れる手はいつも少しぎこちなくて、
まるで壊れ物を扱うかのように大切そうに自分を扱う。
ユウラはその掌を自身の頬に当てた。
大きくて、温かい、武骨な手。
「どうかなさって? ユウラ」
オリビアがユウラの様子を伺う。
「ああ、なんだろう……確認?
抱きしめ方も、掌の温もりも、
ちゃんと私の知ってるウォルフだなって」
ユウラがそういって、微笑んだ。
「何? 不安なの?」
ウォルフがオリビアモードを解いた。
そしてユウラの正面にまわり、ユウラの顔を覗き込む。
「ときどき……ね。
オリビア様は第一皇女という尊い方で、
この国の万民を照らす光でしょう?
専属騎士としてその傍らにいて、
命を懸けてお守りしたいと思う一方で、
私なんかがお傍にいて、本当にいいんだろうかって、
ふと、そう思っちゃうときがあるの」
ユウラの言葉にウォルフが目を瞬かせる。
「どうした? お前、俺のこの美貌に嫉妬してるのか?」
ウォルフの言葉に、ユウラがぷっと噴き出した。
「嫉妬はしていないわよ。
お美しくて、憧れの存在では、あるけれど。
ただ、オリビア様という存在を知れば知るほど、
あなた風に言うと、ビビっているのよ」
ウォルフを見つめるユウラの眼差しが深い。
ウォルフは小さくため息を吐いた。
「そんなに気負うな、所詮中身は俺だぞ?」
ウォルフは手を伸ばし、ユウラの前髪に触れた。
「そうよ、だから私も引けないの。
どんなに怖くても、身震いしても
逃げ出すわけにはいかない。
あなたのくれた温もりを思い出して、
こうやって自分を奮い立たせているのよ。
あなたに並ぶ私でありたいと」
ユウラの言葉に、ウォルフが遠くに視線を彷徨わせた。
「騙されるな、オリビアは偽物だぞ?
この栗色の髪も、この瞳の色も。
全部偽物だぞ?」
ウォルフがそう言って自嘲する。
「そうかもしれないわね。
だけどだとしたら本物のあなたはどこにいるの?
いえ、どこに行こうとしているの?
ウォルフ・レッドロライン第一皇子は」
ユウラはそう言ってウォルフの手を取り、
その甲にキスを落とした。




