9.『私、騎士になりたいんだ』
『私、騎士になりたいんだ』
ユウラが真剣な眼差しをウォルフに向けた。
『なればいいんじゃねぇの?』
ウォルフは反射的にそう言った。
ウォルフ・フォン・アルフォードと
ユウラ・エルドレッドのショッピングモールでの誓いである。
◇◇◇
嬉し恥ずかしの週末が明けて、月の曜日となった。
ユウラは王立のアカデミーの制服を身に纏う。
学年上位10名にのみ着用を許された、
通称『赤服』と呼ばれる軍服だ。
「えっ? 何? お前赤服なの?
やるじゃん」
部屋の前で偶然鉢合わせたウォルフが、
興味深げにユウラを見つめた。
ちなみにウォルフもアカデミーに在学中で、
ユウラの2学年上のトップガンであり、騎士の称号を得ている。
ウォルフはすでに自身の部隊を持っており、身に纏うのは白の隊長服だ。
従来の騎士とは、土地支配権を認められる代わりに
騎兵として軍役を負った身分を指す言葉なのであるが、
この国レッドロラインで言うところの騎士とは、
軍のトップエリートを指す。
従来のその言葉の通り、騎乗して戦う者、という意味合いを持つが、
乗るのは馬ではなく、
現在の軍の主力である『シェバリエ・アーマー』という名の人型起動兵器だ。
遥か古の昔、地球を発った一艘の宇宙船ノアが、紆余曲折の末に
たどり着いた星に築いた国、それがレッドロラインだ。
レッドロラインの王族とは、
かつて『神に選ばれし民』を宇宙船でこの地に導いたとされる、
ノアの一族の末裔なのだという。
いち早く宇宙資源の開発に成功し、莫大な富を得たレッドロラインは、
その経済力にものを言わせ、軍事、政治、経済、文化において比類なき発展を遂げた。
人々は地球と同じ重力や自然環境が再現された、
スペースコロニーと呼ばれる居住空間に暮らしている。
◇◇◇
「ほんじゃあ、行きますか」
そういってウォルフが、ユウラの手を取ろうとすると、
ユウラがその手を反射的に払いのけた。
「何?」
ウォルフの目が半眼になる。
「軍服を着たら、あなたは上官ですから。
公私混同はおやめください」
そういってユウラが軍靴の踵を鳴らして、ウォルフの前に姿勢を正した。
「ああ?」
ウォルフの声色が低くなる。
ウォルフはユウラの顎を掴み、その唇を強引に奪う。
「勘違いするな、ユウラ。
ちゃんと両立しろと言っている。
軍服を着ていようが、何を着ていようが、
お前が俺の婚約者であることは変わらない」
そのままウォルフは、不機嫌にむっつりと黙り込んだ。
「いってらっしゃいませ、ウォルフ様、ユウラ様」
執事とメイド頭にそういって見送ってもらっているにもかかわらず、
ウォルフは無言のままに車に乗り込んだ。
ユウラがその車に乗ろうとしないので、ウォルフが窓を開けた。
「何? なんで乗らないの?」
不機嫌この上ない声色でそう問う。
「いや、だから先ほど公私混同を避けて下さいと
言ったじゃないですか」
ユウラが目を瞬かせる。
「ほ~う、そうか、そうか。
だったらこれは上官命令だ。
異を唱えることは許さない。乗れ!」
ユウラの手首を掴んで車の中に引っ張り込んだ。
「わっ!」
ユウラがバランスを崩し、ウォルフの胸の上に倒れ込んだ。
「ひょっとして呆れてる?」
ウォルフがユウラの様子を伺うように、そう言った。
「呆れるっていうか、ずっと騎士になるために真剣に取り組んできたから、
きちんとけじめはつけたいの」
ユウラが真っすぐな視線をウォルフに向ける。
「それは……まぁ、わかってる……。
けど、不安なんだよ!」
そう言ってウォルフが口ごもった。
「公私混同は、アカデミーではできる限りしない方向性で努力……する。
だが、お前に距離を置かれるのが、俺は辛い」
ウォルフは吐き出すようにそう言って、下を向いた。
「私を信じてよ、ウォルフ。
心はちゃんとあなたの婚約者だよ」
ユウラはウォルフの頬を両手で包み込んで微笑んだ。
「ちくしょう……。
やっぱりお前が騎士になることを、許さなければ良かった」
ウォルフは赤面した顔を隠すために、
そっぽを向いてその視線を窓の外に移した。
しばらくの沈黙の後で、ロマネスク様式の古城が、
視界に映り込んでくる。
建国の父、ノア・レッドロラインの銅像が、
古城の手前に位置する広場の中央に据えられている。
その横には白のポールが立てられて、
レッドロラインの国旗が、風を受けてはためいている。
そのモチーフは、箱舟とオリーブの葉を咥えた鳩だ。
ウォルフは暫しその国旗に、するどい視線を向けた。
『オリーブと鳩』平和の象徴を国旗に頂くこの国は、
果たして本当に真の平和を築く道を歩んでいるのか。
ウォルフは自問する。
その周りにはこの国の守護、シュバリエ・アーマーの機体が鎮座する。
通称『ヒノボリの一族』と呼ばれる技術開発者が、
国の依頼を受けて秘密裏に開発したとされる人型起動兵器。
白を基調とした洗練されたその機体の関節には、金のカラーリングが施され、
西洋の騎士さながらに、盾と槍を装備している。
(狒々爺どもがっ……。物騒なもん作りやがって)
ウォルフが窓側の肘置きに頬杖をついた。
『私、騎士になりたいんだ』
ウォルフはユウラの言葉を思い出し、
その胸に突き刺さる痛みの在処に思いを馳せた。
「わかってはいるんだ。一応な。
なろうのお嬢さんがこの展開を好きでないことは……」
私的にはスペースオペラと乙女小説は、相性悪くないと思っているんだけど、
やっぱりダメかな?