87.管制塔の制圧2
「エマさんが拘束されることも織り込み済みって……。
一体どういうことなの?」
ユウラが心配そうにウォルフの顔を覗き込んだ。
「まずは、エマに銃口を向けている奴らの中に、
俺の部下を何人か忍ばせてあるから、
いざとなったらエマを連れて逃げることが可能だ」
ウォルフはそう言って、ユウラを自身の胸に引き寄せる。
「まあ、もっとも、まず奴らはエマに手は出さんだろうけどな」
少し目を細めて、扉の向こうを見据える。
「どうしてそう言えるのよ?」
ユウラはテロリストたちのひどく殺気立った様子に、
エマがすぐにでも危害を加えられるのではないかと、気が気ではない。
「今戦闘中のテロリストは、
言ってみれば、カルシア第二王妃の私兵団なんだ」
ウォルフは扉の横に腰を下ろし、ユウラもその隣に座らせる。
「私兵団って、じゃあカルシア様が今回のテロ行為の首謀者なの?」
ユウラが驚いたように目を丸くして尋ねた。
「十中八九そういうことなのだろうな」
ウォルフが苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「だからエドガーの婚約者であるエマに危害を加える可能性は極めて低い。
カルシアはエマの実家であるユリアス家を
エドガーの後見として大いに利用したいだろうしな」
ユウラの脳裏にエマとエドガーの面影が過った。
彼らと友人であることに対してユウラは
利害関係などを考えたことはない。
彼らがただそこにいて、気が付いたら友人になっていただけのことだ。
そんな友人たちの将来が、大人たちの邪な考えによって
決定されていく現状に、心が痛んだ。
足音がする。
この場所からは少し離れてはいるようだが、
ウォルフは、中腰になってユウラをその背に庇う。
「ウォルフ?」
ユウラが不安げにウォルフの背を見つめる。
扉の隙間から外の様子を伺い、
ウォルフは腰にある回転式小銃に触れる。
手に馴染むコルト・パイソンの重みにはどこか冷たさを感じる。
一瞬の静寂の後で銃声が鳴り響き、
真横にあった扉が吹っ飛ぶ。
「きゃっ!」
ユウラが小さく悲鳴を上げると、
ウォルフはユウラをその胸に抱きしめて、銃撃に応じる。
やがてその場所に静寂が戻り、ユウラは恐る恐る目を上げる。
ウォルフの弾丸は寸分の狂いもなく相手の額の中央を打ち抜いており、
男が倒れるのが見えた。
「見るな、ユウラ。
あまり気持ちの良いものではない」
そういってウォルフはユウラの瞳を掌で覆うが、
ユウラはやんわりとその掌を包む。
「大丈夫です。ここが戦場であるということは理解していますし、
私は軍人です」
身体を震わせながらそう言ったユウラに、
ウォルフが鼻の頭に皺を寄せた。
「嘘をつけ、こんなに震えているだろうが。
そもそも軍人だろうが誰だろうが、戦場が怖くない奴なんていない。
ちなみに俺も怖い」
そういったウォルフに、ユウラがぷっと噴き出した。
そして今度はユウラがウォルフを抱きしめる。
ウォルフは暫し、その抱擁に身を委ねて瞳を閉じる。
「お前の身体は温かいな。
身がすくみ、凍えてしまいそうになる戦場であっても、
お前がいれば温かいのな」
そういってウォルフは寂しげな笑みを浮かべた。
ユウラに抱きしめられているウォルフの瞳に、深い悲しみの色が過る。
「ウォルフ、悲しそうな顔をしている」
ユウラの呟きに、ウォルフは瞳を閉じて大きく息を吸った。
「戦場っつうのは、そもそも悲しいもんだ。
へらへら笑いながら、人殺しっていうのもなんだし。
増してや、王族という立場上、身内であっても罪を犯したのなら、
容赦なく裁かねばならん」
ウォルフが少し目を細めて、その視線を宙に彷徨わせた。
「カルシア様のこと?
カルシア様はエドガー王太子のご生母なのでしょう?
だったらどうして自国を窮地に追い込むようなことをなさったの?」
ユウラの問いにウォルフがやるせない表情を見せた。
「闇取引をしていたらしいんだ。
カルシアは父の側近である事務次官ハイネス・エーデンを通じて、
アーザス国とリアン国に対して不当に値段を釣り上げて
『Selene of crown』の闇取引を行い、莫大な利益を得ていたらしい。
尻尾を掴まれそうになった奴さんが
『Selene of crown』の利権をちらつかせてアーザス国とリアン国、
ひいては狒々爺どもを取り込んで、事に及んだということだ」
ユウラは不意に兄であるルークの言葉を思い出した。
『ユウラ、お前はウォルフのことをそんな風に思っているのか?
だとしたら、お前はウォルフのことを知らなさ過ぎる。
その置かれた立場、背負うもの、何一つ分かっちゃいない』
本当にその通りだと思う。
(私は今までウォルフの何を見ていたんだろう)
ユウラはそんな自分が情けなくて、少し泣きたくなった。
「身内のごたごたに、エマや民間人を巻き込んじまって、
ほんとに、俺何やってんだろう……」
そういって、疲れを滲ませたウォルフを、ユウラがきつく抱きしめた。
「どうした? お前泣いているのか? 目が赤いぞ」
ウォルフが心配そうにユウラに向き直った。
ユウラは目を擦った。
「大丈夫、何でもない。今度は私がウォルフを守ってみせる。
死んでも守ってみせるから」
そう言って微笑んだユウラの頬をウォルフの掌が包んだ。
「頼むから、やめてくれ。
お前に何かあるとか、本当、俺、無理だから」
ウォルフが涙目になる。




