82.冷たい戦場1
エドガーは頬杖をつき、車の窓から移り行く景色を
ただぼんやりと眺めていた。
窓の外は引くほどの晴天だ。
この晴天の下で、今戦闘が行われているのだという。
有事が勃発したのは、ここからは遠い場所で、
きな臭い火薬の臭いも、爆発音も聞こえはしない。
ただ深緑の眩しい山道が続くばかり。
優しい木漏れ日が差し、小鳥が飛び立っていく。
それはどこまでも平和な光景で、頭のどこかを麻痺させていく。
エドガーはふと、車に差し込んでくる日の光に手を伸ばしてみた。
光はその手指を通り抜けて零れていく。
決してこの手に掴むことはできない。
「痛ってぇな……」
エドガーはふと、自身の手首に視線をやる。
少女たちと引き離されることに抵抗したエドガーの手を、
ルークがいとも簡単に捻り上げた。
「カルシア様の命令ですので」
今まで聞いたこのとのないような、
底冷えのする声色だった。
その痛みがエドガーを現実に引き戻す。
国を守るという崇高な志のもとに、少女たちは剣を取った。
その瞳が映すものを、美しいと感じてしまったときに、
自分は赤い髪の少女から目を離すことができなくなってしまった。
痛みもひっくるめた現実の中に、
確かに自分は生きているという実感を得たはずだった。
(だとしたら、どうしてこうなった?)
エドガーは自問する。
少女たちはこの国の盾となるべく、シェバリエという
人殺しの兵器に乗って戦いに赴き、
自分は王太子という肩書のゆえに、御大層な警備兵に守られて
最も安全な王宮という場所に向かっている。
『なあ、エマ、お前は最後まで見届けてくれないか?
この私がいつかピノキオのように、
人としての心を取り戻すことができるのかを。
バカでもいい、弱虫でもいい。
だけど卑怯じゃない方法で、お前に並ぶことができるのかを』
ユウラに振られたあと、なぜだか自分はエマに向かってそういった。
否、ようやくずっと心の奥にくすぶり続けていた思いを、
口に出すことができたのだ。
その思いに嘘はない。
ユウラに対しても、エマに対しても、
堂々と己を恥じることなく仲間として立ちたいと、
そう切望したのだ。
だから防爆壁の向こう側へと歩みを進めていく、
少女たちの背中をただ見つめていることができなかった。
『おいっ! 小娘どもっ!
お前たちを盾にするほど、レッドロラインは落ちぶれてはいねぇぞ!』
エドガーは自身が叫んだその言葉を思い出して拳を握りしめた。
エドガーの頬に知らず涙が伝った。
「くっ……」
歯を食いしばって、必死に嗚咽を堪えてみても、
涙がとめどなく流れていく。
「くっ……そ……」
エドガーの涙を、その呟きを、ルークは最初そっぽを向いて
やり過ごしていた。
しかしエドガーは泣き止まない。
きつく拳を握りしめて、震えながら泣いている。
そんなエドガーに、ルークは小さくため息を吐いた。
「ところでエドガー様はどうして泣いておられるのです?」
ルークがとぼけたようにそう言った。
「私は……彼女たちを……守ってやれなかった」
エドガーの言葉の中には、様々な思いが交差する。
「僕だって守ってやれませんでした」
そう言ってルークが微笑むと、
エドガーがルークをガン見する。
「きっと誰にも彼女たちのことは守れませんよ。
だって彼女たちは誰かに守ってもらわなくてもいいほどに、
すでに強いのだから」
ルークの言葉に、エドガーがはっとしたように目を見開いた。
「したたかに、しなやかに、美しい。
そんな強さを持った彼女たちにあなたは惹かれたのでしょう?」
ルークの言葉にエドガーが目を伏せる。
「ああ、そうだ。
彼女たちに恥じぬ自分でありたかった。
だが、今の私はどうだ。
お前に守られて、御大層な警備兵に守られて、
最も安全な王宮へと逃げ帰ろうとしている」
そういってエドガーが自嘲する。
「今更だが、私は卑怯者だ。
とても崇高な志を掲げて堂々と戦う彼女たちに並ぶことはできない」
エドガーの目に、深い悲しみが過る。
ルークはそんなエドガーの眼差しを真っすぐに受け止めて、
言葉を綴る。
「彼女たちには彼女たちの、あなたにはあなたが取るべき剣があり、
戦場があります。それだけの話です。
命を燃やして戦う熱い戦場があれば、
心が凍えてしまいそうなひどく冷たい戦場もあります」
ルークの言葉にエドガーが寂しげに微笑んだ。
◇◇◇
車は都大路を走り抜けて、王宮へと入っていく。
東宮殿の車止めに立ち、エドガーを迎えたのは
国王の側近として仕える事務次官だった。
「エドガー様っ! ご無事でしたか」
男がエドガーの姿を目にして、
感極まったように駆け寄る。
その表情はエドガーを心配するあまり、
ひどく憔悴しており、その眼にはうっすらと涙をためている。
「ハイネス・エーデン……なぜお前が……」
その顔を見たエドガーが、驚いたように目を見開いた。
形のよい眉、すっと通った鼻筋、薄い唇、
明るい硬質の金色の髪、
そして極め付けが自分と同じ深いエメラルドの瞳だ。
エドガーは昔から、この男が苦手だ。
血のつながりのある親戚でもあるまいに、
なぜこうもこの男の中に、自分自身のルーツを見出してしまうのだろうか。
その問いが、自身の置かれた冷たい戦場へと繋がっていくような気がして、
エドガーは身震いした。




