81.カルシア・ハイデンバーグ
ルーク・レイランドは白の隊長服に着替え、
戦艦『White Wing』に乗り込んだ。
「敵機策定は? 住民の被害状況は?」
矢継ぎ早に厳しい口調で
モニタールームに詰めている情報処理班にそう問うた。
「はっ! 機体を捕らえた映像がこちらです」
兵卒がそう言って画像をモニターに映し出した。
敵のシェバリエがビームライフルを乱射しながら自国の工業施設を爆破し、
その周りの居住区を攻撃している。
「これはっ!」
思っていたよりも、被害は甚大だ。
「住民を直ちにシェルターに避難させ、シャトルの発射を準備させろ!
総員第一戦闘配備! これより戦艦『White Wing』はN91ポイント工業自治区に、
救援に向かう」
ルークが戦艦『White Wing』の搭乗員にそう命令した瞬間に
刹緊急回線から呼び出しの電子音がけたたましく響いた。
「レイランド艦長! カルシア第二王妃からの伝令です」
脇に控える士官の報告に、
ルークは軽くこめかみを押さえた。
(なぜこんなときに……っ!)
ルークの苛立ちは頂点に達する。
「ごきげんよう! レイランド上級大将」
モニターの向こう側に、美女が映し出される。
赤みがかったマルーンの髪をきつく巻いて、
その唇には真っ赤なルージュが濡れている。
「先ほど有事の報告を聞きました。
レイランド上級大将が、我が息子エドガーと一緒にいらっしゃることに、
まずは安堵しています。
王太子たるエドガーの身の安全を第一に、
もっとも警護が厳重である王宮へと送り届けることが、
最優先とされる事柄であるとわたくしは考えます」
カルシアはそう言って、優雅に黒の洋扇子をその口元に翳した。
「ですが、カルシア様っ!
今はコロニー内の工場区とその周りの居住区が攻撃されており、
我々軍人は民間人を守ることが何よりの最優先事項であります」
ルークがモニターに張り付くようにして必死に訴える。
今こうしている間にも、消えていく命があるのだ。
救えるものは、なんとしてでも救いたい。
ルークは焼け付く様にそう思う。
「いいえ、そうではありませんわ。
これはレイランド上級大将ともあろう方が、
戦を理解しておられないのでしょうか?」
モニター越しのカルシアが、ほほと笑う。
「将たる者が打ち取られれば、全ては終わってしまうのです。
ゆえに何にも増して優先されるべきは、王太子たるエドガーの命なのです」
カルシアの言葉はどこまでも優美だ。
まるで美しい詩の一節を朗読するかのように、
もっとも残酷な命の選別を迫まって寄こす。
ルークはきつく唇を噛んだ。
「国王陛下と元帥たるオリビア第一皇女が留守の今、
成人していない王太子エドガーの保護者であるこのわたくしに、
総ての指揮権が委ねられているのだと理解しておりますが?」
カルシアが微笑む。
それはどこまでも優美な微笑みのはずなのに、
なぜだかルークには、そのルージュの色が血の色に見えて仕方がない。
「エドガーの警護には、
もちろんレイランド上級大将自らが当たってくださいますわね」
まるで寝所で囁く睦言の様に、カルシアが囁く。
ルークがあきらめと共に瞳を閉じた。
ルークの背後に副艦長である、エルライドが立ち、
その肩にそっと手を置いた。
一瞬の目配せのあとで、
ルークはモニター越しにカルシアに臣下の礼をとった。
「身命を賭して」
ルークの言葉にカルシアが満足げに微笑む。
「では、吉報をお待ちしておりますわね。
レイランド上級大将」
通信が途切れると、ルークは激しく拳を壁に叩きつけた。
「くっそ!」
ルークが血反吐を吐く様にそういうと、
エルライドが肩をそびやかした。
「艦長! ちゃんと俺らのこと、見えてます?」
エルライドの言葉にルークが顔を顰める。
そして自身を制するために、大きく息を吐いた。
「残念でした~、ちゃ~んと見えてますぅ!
だからおとなしく年増の命令を受け入れたんですぅ!」
言うが早いか、ルークはその辺にあった紙に猛烈な勢いで何かを書き始めた。
「あとのことは頼んだぞ! 全部君に託す」
そういってルークはエルライドに、
自分が何事かを書きつけた紙の束を手渡した。
その殴り書きに目を通したエルライドが、
小さく溜息を吐いた。
「毎度のことながら、結構無茶苦茶な作戦ですよね。
まあ、終局まで読み切っている点は評価しますけど」
エルライドが冷静な口調でそういうと、
「ま、君以外の人には、実行不可能な計画だよね。
っていうか君以外の人にはそもそもこの戦艦『White Wing』の艦長席に
座らせないけどね」
ルークがそういってその目を半眼にして、エルライドを見つめた。
「うわー、愛されちゃってるんですね、俺」
エルライドが、ほぼ棒読みでその台詞を吐いた。
おどけたようなやり取りの一瞬あとで、
ルークが真剣な眼差しをエルライドに向けた。
「エルライド、死ぬなよ」
そういって自身が被っていた軍の制帽をエルライドに差し出した。
エルライドは少し驚いたような表情をして、それを受け取って
頭にかぶった。
「了解!」
エルライドがにっと笑って見せた。




