7.チョロイン陥落!
「座れ!」
ウォルフの目が半眼になる。
ユウラはおずおずと、ウォルフの膝の上に向い合わせに座った。
厳密には座らされたというのが正解だ。
(な……なんなの? この体制は?
一体なんの羞恥プレイなの?)
ユウラの脳内は軽くパニックを起こし、
羞恥にちょっと涙目になっている。
ウォルフはそんなユウラの様子を見て、
満足そうな微笑みを浮かべた。
「よくできました」
小さい子に言って聞かせるように囁いて寄こすウォルフに、
更にユウラの羞恥心が掻き立てられる。
ウォルフは少し目を細めて、ユウラの頬に触れた。
ユウラは瞳を閉じて、その感触に身を委ねる。
いつも自分に投げかける残酷な言葉とは裏腹に、それはひどく優しい手だ。
まるで壊れ物を扱うように、大切そうにそっと自分に触れる。
だけどそれはウォルフのその整った顔に、似つかわしくない骨ばった武骨な手。
自身を戒め、繋ぎとめる大きな手。
そしてユウラは、その手を振りほどくことができない。
ユウラの頬に触れたウォルフの掌が、強かに熱を孕んでいる。
いや、そうではなくて、触れられた自分の頬が熱いのか。
ユウラはその熱の疼きに、きつく唇を噛んだ。
高鳴る胸の鼓動が聞こえる。
血潮の滾る音が。
果たしてそれは自分の鼓動なのか、
それともこの掌を通して聞こえてくるウォルフのものなのか。
ユウラには判断がつかない。
あるいはそれらが共鳴し合い、混ざり合って、更なる熱を帯びていく。
その熱量が、今夜はひどくユウラの心をかき乱し、煽る。
ウォルフは火照りを帯びるユウラの頬から、
その指先の行方を唇に移して、
感触を確かめるようにゆっくりとそのラインをなぞる。
それに伴って、ユウラの熱の在処も飛び火する。
「柔らかいな」
その瞳に愛しさと切なさが綯交ぜになってユウラを映し出すと、
ユウラは甘やかな眩暈を覚える。
そんなユウラを見越して、
今度はウォルフがユウラの手をとって自身の唇に触れさせる。
ユウラが驚いたように目を見開くと、その指先を軽く啄んでみせる。
鈍く光る闇色の瞳に魅入られて、ユウラは身じろぎできない。
その薄い唇の赤が艶かしくて、視線を外せないままに、
仄かに湿り気を帯びたその感触にユウラは戸惑う。
ウォルフは愉悦の笑みを浮かべる。
闇色の瞳に欲情の焔を揺らめかせ、ユウラを煽ってみせる。
「キス……してみ」
ウォルフの低く耳元に囁いて寄こす挑発の言葉に、
ユウラが赤面し下を向く。
「そ……そそそそんなこと……できるわけ……」
ユウラは動揺のあまり、ひどくどもってしまった。
「なんで?」
ウォルフが真剣な眼差しをユウラに据えて、問う。
「お前、俺とキスするの嫌じゃないって言ったよな」
ユウラの脳内がグルグルと回り、沸騰しそうになる。
「い……嫌とか、いいとか、そういう問題じゃなくって、ですね……」
ユウラが口ごもる。
「じゃあ何?」
ウォルフの声色が低い。
「いつもウォルフがするから……ですね……、
自分からやったことないっていうか……」
(初心者なんですよ、手加減してください)
ユウラが半泣きになる。
「じゃあ、やって」
茶化すわけでもなく、愉悦にひたるわけでもなく、
それはウォルフの深い所にある飢えだった。
「ユウラ、俺にキスして」
ユウラの思考が限界を超えて、脳内で爆発している。
しかしウォルフは許さない。
「お前が欲しいんですけど」
ウォルフの眼差しが俄かに鋭くなる。
そこには10年分のユウラの愛情への飢餓がある。
ユウラの様子を、ウォルフがじっと見つめている。
「恥ずかしい?」
ウォルフがそう問うと、ユウラが小さく頷いた。
「ふぅん、じゃあ、これ」
そう言ってウォルフはベッドの横に置かれたサイドテーブルの引き出しから、
スティックチョコを取り出した。
「俺が端っこ咥えてるから、そっちから食べてみ」
そう言ってウォルフが、スティックチョコを口に咥えると、
躊躇いがちにユウラの手が、ウォルフの肩にかけられて、
微かに震えながらスティックチョコを啄んで、その唇に触れた。
その瞬間、ユウラは身体に電流が流れたように、
反射的に身体を強張らせた。
ウォルフはその刹那の口付けに酔ったように瞳を閉じて、
ユウラの頭に手を回して深く口付けた。
ユウラが身体を強張らせて、
両手でウォルフを突っぱねる。
「なに? 恐いの?」
ウォルフがそう問うと、ユウラが頷いた。
ウォルフは自身を制するために、大きく息を吸った。
「ごめん。確かに一瞬理性が飛んじまってたな。許せ」
そう言ってウォルフはユウラをきつく抱きしめた。
「焦るつもりはなかったのだが、駄目だ。
お前を前にすると理性が飛んじまう」
そういってウォルフは、ユウラの肩口に頭を持たせかけて、
大きく息を吐いた。
「ちくしょう……。なにが教官だよ。情けねぇ。
多分俺、お前の100倍くらいドキドキしてるぜ? 当社比だけどな」
そういって項垂れる。
「そうでも……ない……と思う」
ユウラの視線が泳ぐ。
「私も……結構……ドキドキした」
ユウラはまともにウォルフを見ることができない。
「そ……そうかよ。そりゃ……良かったな」
そういってウォルフも赤面し、そっぽを向く。
二人の間に微妙な空気が流れる。
エ……エロくなんてないよ?
全然エロくないし。
お膝の上でポッキー食べただけだもん。