67.エドガーとエマ
「プディング、ショコラ、モンブラン……、
おっと忘れちゃいけない苺の乗ったショートケーキは外せないよね」
ユリアス家の夜会にて、
ルーク・レイランドがスイーツコーナーで目を輝かせている。
「エドガー様の護衛とかホント勘弁して欲しいけど、
さすがはユリアス家のスイーツは絶品だよね」
ルークは繊細な生菓子の芸術に舌鼓を打った。
「はうぅぅっ! この瞬間を人は幸せと呼ぶのだと僕は思う」
ルークが幸せそうにうっとりと視線を上げると、
広間の奥にエマ・ユリアスが見えた。
鮮やかなロイヤルブルーのドレスを身に纏い、
優雅に微笑む彼女は、ユリアス家の名に相応しい教養を身に着けた、
聡明な令嬢だ。
そんなエマが、その場に最も似つかわしくないものをその手に持っている。
ルークは不意に興味をそそられた。
「うん? あのシルエットはエルシッドの名剣かな?」
ルークはにっこりと微笑んだ。
◇◇◇
「エマ、その剣は置いて来なさい」
エマの父、エヴァン・ユリアスはあからさまに眉根を顰めた。
「いいえ、お父様。
わたくしは騎士を志すもの。
剣は騎士たるものの魂ですもの。
いついかなる時もこの身から離すわけにはまいりませんわ」
そう言ってエマは、エヴァンに小首を傾げてみせた。
「エマ、お前がエドガー様との見合い話に
嫌悪感を抱いているのはよくわかっている。
だが我ら臣下は、王族の決定に異を唱えることは許されていないのだ。
父の立場も少しは理解しておくれ」
エヴァンは、ほとほと困り果てたような表情を浮かべた。
「ですから、ちゃんと自分のことは自分で決着をつけるために、
こうして剣を携帯しているのです。
要はエドガー様にこの婚約の話を断わられたら
よろしいのでございましょう?」
エマがそう問うと、エヴァンが苦い表情を浮かべた。
「事はそう単純なものではない。
この話には政治的な思惑が幾重にも複雑に絡んでいるのだ。
とはいえ、エドガー様とお前の婚約の一件は、
この父とて、手放しで賛成しているわけではない。
できれば穏便にこの話が流れてはくれまいかと、方法を探っておる」
極めて弱気な姿勢を保ちつつ、しかし一応はこの婚姻に対して、
あまりにもささやかにしか反対できない父に、
エマはそこはかとない危機感を覚えずにはいられない。
(うん、父は当てにならない)
自分の身は自分で守らなければ、エマは腹を括った。
広間の入り口の方でぼんやりと佇んでいたエドガーが、ゆっくりとエマに歩み寄った。
硬質な金の髪はきちんとセットされて、夜会用のスーツに身を包んだエドガーの容姿は
美しい。
しかしそのエメラルドの瞳は、あまりにも無機質にエマを映している。
その表情からは、いつもの高慢さや軽薄さも消え失せてしまって、
まるで心をさえもが、そこから消え失せてしまったかのような感覚を覚え、
エマは思わず身震いした。
(まるでよく整った人形ね)
エマもまた無機質にエドガーを見つめ返した。
エヴァンはそそくさとその場から離れた。
「エドガー様もわたくしとの婚約がお嫌なら、
さっさとお断りになればよろしいのに」
薄い微笑を張り付けて、エマがそう言うと、
エドガーが僅かに目を細めた。
「お前に興味はない。しかし私は王太子だ。
その義務は果たさねばならん。それだけの話だ」
弦楽がワルツを奏でると、人々は楽し気にパートナーを見つけて、
輪になって踊る。
ドレスが翻り、広間に花が咲いたようになる。
「ふふふ、エドガー様は甘ちゃんでいらっしゃること」
エマは洋扇子を口元に翳し、笑いを忍ばせた。
「王太子という地位がそれほどに大切ですか?
興味のないこのわたくしとの婚姻を、死んだ魚のような瞳をされて
乗り切ろうとなさってまで守ろうとされたところで、
一体あなたは何を得るというのです?」
エマが静かに、そして面白がるようにエドガーに問いかけた。
「得るものも、失うものも、もとより私にはない。
敷かれたレールの上をただひたすらに歩き続けるただの操り人形の私には」
エドガーが視線を彷徨わせた。
そんなエドガーの表情を、エマがちらりと見やる。
「自分で自分のことを操り人形だとか言っている時点で、
すでに現状に反発してるんじゃないですか?
あるいは敷かれたレールの上を外れたいと、
うっかりとそんな願いを持ってしまって、
戸惑っているようにお見受けしますが?」
そしてエマも明後日の方向を向く。
ふたりの視線は交わらない。
広間の端の方で、ユウラとアカデミーの友人たちが談笑し、
スイーツコーナーに張り付いていたルークを見つけて、その周りを取り囲んだ。
エドガーの視線がユウラを追う。
そんなエドガーに、エマがにんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「まあ、彼女には最強……いや最恐の婚約者がいますからね。
その恋は望み薄だとは思いますが、今抱く想いを大切にすることは
きっと自分を成長させてくれると思いますよ?
少なくとも、操り人形でいることよりは、
生きているということを実感できるとは思いますけどね」
エマはエドガーに会釈をし、アカデミーの仲間の方にかけていった。
「おい、待て! お前たち。
この私を仲間外れにするなっ!」
ひとり取り残されたエドガーが、知らず頬を膨らませた。




