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60.冷たい世界

「ウェラルド教官のその理論は、

 はっきり言っておかしいと思います」


緑色の隊服を着た女性の士官候補生が、

イザベラに食って掛かっている。


「あら、どうして?」


イザベラは不思議そうに首を傾げる。


「だって戦争に主義主張を掲げなければ、

 それは単なる殺戮の行為になってしまうわ。

 私たちレッドロラインは、

 そんな卑劣な行為の為に戦っているわけではない。

 この銀河に真の平和と協調を

 もたらすために私たちは命をかけて剣を取るのですっ!」


熱を帯びて、

そう語る士官候補生をイザベラが冷笑した。


「まあ、それは崇高な理想ですこと」


そんなイザベラに、

士官候補生たちはきつい眼差しを向ける。


(イザベラ・ウェラルドさんは、

どうやら対人関係が苦手らしい)


たまたまその場に出くわしてしまった、

ルーク・レイランドは気まずそうに目を瞬かせた。


「だけど、随分と甘ちゃんでいらっしゃるのね。

 そのような理想論では、戦場では生き残れませんことよ?

 軍に所属するということは、国家の捨て駒になるということを

 公に言い表すことだとわたくしは思うの。

 ゆえに個人の自由意志などは持つべきではないわ。

 そこには歯車のひとつとして、

 そしてただの捨て駒としての矜持を持たなくては」


そう言って肩をそびやかすイザベラに、 


「捨て駒ですって? こんな人のことを教官だとは認めないわ!

 行きましょう」


士官候補生たちが眉を吊り上げて、背を向ける。


(あちゃー、やっちゃったよ、この人)


そんな士官候補生たちの背中を見送るルーク・レイランドが

苦笑した。


「やあ! イザベラ・ウェラルドさん」


ルークが声をかけると、

イザベラの顔からすっと笑みが引いた。


「君の理論も、一理あると僕は思うよ。

 どんなに耳障りのいい理想論を掲げたところで、

 現実は確かに君の言う通りだ。

 だけど君は……」


ルークが言葉を切った。


「言い方があるだろうって? 

 いくらあなたが私の先輩だとはいえ、

 お説教はまっぴらよ。

 聞きたくもない」


そう言ってイザベラが顔を背ける。


「そんな野暮なことはしないよ。

 ただ君は、あまりにも冷たい世界で生きているんだね」


ルークの言葉に、イザベラは唇を引き結んだ。


「そう言えば君は、僕を殺しに来たんだったよね。

 やっぱり君の国は、君のことを、君が言う通り、

 ただの歯車として、捨て駒として扱ったの?」


イザベラを見つめるルークの鳶色の瞳に、

痛みが過る。


「レイランド教官はとても答えにくい質問をなさるのね。

 わたくしには否とも是とも答えようがありませんわ。

 だけど世界とは、もともと冷たいものなのですわ。

 冷たくて、残酷で、凍えてしまいそうになる」


そう言って、イザベラは頼りなく自身の身体を抱いた。


イザベラの脳裏に、自身の育ての親である父の乳母の

今際の際の台詞が蘇る。


『イザベラ様、あなた様は

 サイファリア国王のご息女であられます』


父がその侍女に手をつけて、

そして孕んだのが自分なのだと。


母は自分を産んですぐに、王太后の手の者に惨殺され、

墓石も卒塔婆もない粗末な墓に葬られたのだと。


そして父は、何食わぬ顔をして現サイファリア王妃を迎えた。


その王妃が産んだのが、

王太子ゼノア・サイファリアと

その双子の妹、セシリア・サイファリアだ。


輝くような金色の髪に、翡翠色の瞳を持つ、

とても美しいこの弟妹を見る度に、

イザベラは複雑な思いに囚われる。


兄弟として彼らを愛おしいと思う一方で、

その情を、そしてその人生をめちゃめちゃに引き裂いてやりたいという、

相反した思いが、この身を引き裂きそうになる。


イザベラの身体が震える。


それは凍えてしまいそうになる、冷たい心の闇のせいなのか、

それともこの身を燃やし尽くす、憎しみの焔の所為なのか、


イザベラには見当がつかない。

自身でもまた、その感情を持て余す。


そんなイザベラに、ルークは自身の上着を着せかけた。


「なにを?」


イザベラが驚きに目を見開いた。


「君を抱きしめるわけにはいかないからね。

 だけどせめて、君が少しでも温まればいいなと思う」


そう言ってルークはイザベラに微笑みかける。


「あなたの命を狙う者を、いわばあなたの敵を、

 温めてどうなさるおつもり?

 汝、汝の敵を愛せよなどと、

 そんな救世主(メシヤ)を気取るつもりなのかしら?」


イザベラが呆けたように、ルークを見つめた。


「そんな大袈裟なものじゃないよ。

 辛そうな同僚を元気付けたいだけ、

 って言ったら信じてくれない?」


ルークが小首を掲げて、イザベラを窺う。


「同僚……ですか」


そんなルークに、

イザベラが少しだけ表情を弛めた。


「今は……そうでしょう?

 それが仮の姿だとしても」


ルークの言葉に、イザベラが口を噤んだ。


「確かにそうですわね。

 だけどあなた、おかしな人ね。

 あなたのような人に、初めて出会ったわ」


そう言ってイザベラがルークに笑いかけた。


「もっとも会って良かったのか、

 悪かったのかは、わたくしには判断がつきかねるけれども」


イザベラは複雑な表情を浮かべる。


「そう? 僕は君に会えて嬉しいけど?」


ルークが少し、はにかんだ様に、

イザベラに向き合った。











 










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