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58.請け

レッドロライン国、ハイデンバーク大公の山荘の書斎にて、

その壁面に映し出された立体映像と対峙するのは、


レッドロライン国、フランツ国王の第二王妃カルシア・ハイデンバーグだ。


「これでは話が違う。

 貴国の邪魔者を排除するためにとの申し出により、

 我が国はすでに、師団クラスの戦力を喪失しているのです」


苛立ったように、立体映像として映しだされた小太りの男が、

せわしなくその場を歩き回る。


アーザス国王、ミハイル・アーザスだ。


カルシアは青ざめた表情で、口を噤む。

そんなカルシアを気遣うように、ハイネスが視線を送る。


「貴殿はこの責任をどうお取りになるおつもりかな?」


ミハエルが憎々し気に、眉根を吊り上げた。


カルシアは苦し気に、下を向く。


「我らは別に構わんのですよ。

 貴殿らの行いをすべて、フランツ王に申し上げた上で、

 オリビア皇女とやらと新たに盟約を結んでも」


ミハエルの言葉に、ハイネスが顔色を変える。


「お待ちください、ミハエル陛下!

 我が国の王太子はあくまでこのカルシア王妃様が

 お産みになられたエドガー様でございます」


ハイネスがカルシアの前に出て、

カルシアを背で庇うようにミハエルに対峙する。


「ふんっ! 事務次官ごときが生意気な。

 下がっておれ」


ミハエルは不快感を露わに、鼻息を荒くする。


「これは……申し訳ございません。

 ですが、失礼を承知で敢えて申し上げます。

 もう少しだけ……どうかもう少しだけお待ちくださいませ。

 必ずオリビア皇女を亡き者にし、

 『女神の王冠』の利権を、我らの手に戻して御覧にいれます」


ハイネスは必死にミハエルに執成す。


「ですからどうか、これまで通り、いえ、これまで以上に

 我らにお力をお貸しくださいますように。

 エドガー王太子殿下のためにも」


ハイネスは深々とミハエルに頭を下げるが、

ニ三の嫌事を言って、ミハエルは一方的に通信を切った。


立体映像での通信が途切れると、

安楽椅子の上でカルシアが力なく笑った。


少しやつれたカルシアの横顔が、

日に透けて消えてしまいそうなほどに儚くて、


ハイネスはきつく唇を噛み締めた。


ハイネスはその場に跪き、

カルシアの手を取った。


その薬指には、冷たいリングが輝く。


「カルシア妃殿下には、何も思い煩いになりませんように。

 あなた様とエドガー王太子殿下のことは、このハイネス・エーデンが

 命に代えてもお守りいたします」


カルシアはハイネスの言葉に、顔を背けた。


「あなたを……失ってまで生きようとは思いません」


それは小さな声だった。

しかしハイネスの魂を揺さぶるのには、充分な言葉だった。


激情の赴くままに、ハイネスはカルシアの華奢な腰を引き寄せて、

激しく唇を奪う。


◇◇◇


「あなたが、サイファリアの……?」


ハイネス・エーデンは眉を顰めた。


(女……だと?)


「ええ、生憎、我らサイファリアの首長(おさ)

 ゼノア・サイファリアは留守をしておりまして」


そう言って目の前に対峙する、

美女が妖艶な笑みを浮かべた。


年の頃なら十六、七歳といったところか。


華奢な体躯に黒のビロードのドレスを身に纏い、

漆黒の髪に漆黒の瞳を持つ、

右目の下にある泣き黒子が印象的な、

極上の美女である。


しかしその眼差しはどこか危うい光を宿す。


サイファリアの首長(おさ)、ゼノア・サイファリアと

その部下となった仮面の女は、まだL4宙域より戻っていない。


この二人はカルシアの命により、かつてアーザス国に捕らわれたハイネスを、

見事な手腕を用いて救い出した。


その功績が認められ、

仮面の女はカルシアの親衛隊に取り上げられたのである。


一方ゼノアは、今は別の請けを行うために、

本国を離れているのだという。


苦肉の策でサイファリアから、別の人員の派遣を要請したところ、

この場に姿を現したのが、この泣き黒子の美女だったのである。


(このような華奢な女性が、

 闇の仕事を請け負えるのか?)


ハイネスは注意深く目の前に対峙する美女を注視する。


(いや……迷っている暇はない)


ハイネスの脳裏に、青ざめたカルシアの横顔が過る。


「『請け』の内容は、

 ルーク・レイランドの殺害でよろしいのね?」


泣き黒子の美女がはらりと開いた洋扇子から、

仄かに香る麝香の匂いがハイネスの鼻を掠めた。


一瞬、ハイネスの頭が真っ白になる。


「ああ、だがそれは、あくまで手始めに過ぎない」


ハイネスが表情を強張らせると、

泣き黒子の美女が氷の微笑を浮かべる。

 

「まあ、それは回りくどいですわね。

 最初から目的の人を殺ればよろしいのに」


そう言って泣き黒子の美女が、

優雅な仕草で差し出された紅茶を口に運ぶ。


「何も知らないくせにっ! 生意気な口をきくな。

 小娘がっ!

 オリビア・レッドロラインは

 アーザス国の師団クラスの兵力をたった一人で壊滅に

 追い込むほどの戦闘能力を持っているのだ。そう簡単にいくものか」


吐き捨てるようにハイネスがそういうと、


「左様でございますか。

 これは失礼をいたしました」


泣き黒子の美女が微笑を浮かべて、

目を伏せる。


「では、請けの内容は手始めとやらの、

 ルーク・レイランドという人物の殺害でよろしいのね」


泣き黒子の美女は、ティーカップに残る紅茶を見つめる。


鈴を転がしたような美しい声の中に、

悦楽の響きを感じとって、


ハイネスは眉根を寄せる。


唇に引かれたルージュは濡れていて、

ひどく官能的だとハイネスは思う。


そんな艶めかしい光景が、

麝香の残り香とともにハイネスの脳裏に焼き付いて離れない。


(死を連想させる香り……か)


ハイネスは思わず身震いした。


「ああ、そうだ。方法はそっちに任せる」


ハイネスはそう言って微かに目を細めた。


「承りました。

 これにて商談成立ですわね、

 わたくしの名はイザベラ・ウェラルド。

 サイファリア第十二支団の団長を務めておりますの。

 以後お見知りおきを」


イザベラはそういって、

ドレスの端を軽く持ち上げて艶やかにハイネスに会釈した。




 






 

 

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