5.彼女の恋愛事情
ウォルフの言葉にユウラ・エルドレッドが、
とんでもない速さで瞬きを繰り返している。
(ユウラ・エルドレッド16歳、ただいま交差点の信号待ちの最中に、
幼馴染で婚約者に告白をされてしまった模様です)
ユウラは自分で自分に、現在の自分の置かれた状況を説明した。
多分ユウラの思考は自分で思うよりも、ひどくパニックに陥っている。
ユウラの脳内では、ほら貝が盛大に鳴り響き、
壮大なスケールで戦国武将たちが合戦を繰り広げている。
(そもそも……好きの定義がわかりません)
脳内で甲冑に身を包んだ、自身の分身が討ち死にした。
ウォルフのことを好きか嫌いかと問われれば、好きだと即答することができる。
大事か大事でないかと問われれば、これもまた大事な存在であることは明白で、
ユウラにとってはそれこそ親兄弟並みに、大切な存在である。
ただ自身のウォルフに対する思いは、ウォルフが自分に対して抱いている思いとは、
質の違うものなのではないかと、ユウラは思う。
そしてそれはきっと、ウォルフの心を深く傷つけてしまう。
そのことがユウラはとても恐い。
幼少期から一途に騎士になりたいと、
ただそれだけを願って一心不乱に努力をしてきたユウラは、
恋愛というものを根本的に理解していない。
(筋肉バカのこの身が恨めしいっっっ!)
ユウラは心の中で、そっと涙を拭う。
そんなユウラの様子に、ウォルフの目が半眼になる。
「何? そのリアクション」
ユウラはウォルフから思いっきり視線を反らして、
高速で瞬きを繰り返し、そして凍り付く。
そんなユウラの様子に、ウォルフが目を細めた。
その眼差しに悲しみの色が過る。
「迷惑だった?」
そう小さな声で呟いたウォルフの手を、
ユウラはきつく握りしめた。
「違うっ! そうじゃないっ!」
自分で思うよりも大きな声が出てしまった。
そんな自分にユウラ自身が驚いている。
今ユウラは自分で自分の心が説明できない。
ひどく混乱し、自分の想いに自信が持てないのだ。
ウォルフはため息を吐いた。
「お前はさ、俺のこと好きなの?」
ウォルフが真っすぐな視線をユウラに向けた。
「わか……りません」
ユウラは蛇に睨まれた蛙のようにぎこちなくそう答えた。
「なんだ、そりゃ?」
ウォルフの目が半眼になり、その声色が一オクターブ低くなる。
「ウォルフのことはそりゃもちろん好きよ。
だけどその好きは、あなたが私を好きだと言ってくれたその気持ちに、
ちゃんと応えられるものなのかな?」
ユウラの声が震えている。
この言葉を紡ぎだすことは、ユウラにとってとても勇気を必要とすることだった。
大切な人を傷つけ、もしかしたら失ってしまうかもしれない。
そう思うとたまらなく恐かった。
(お願い、こんな私を嫌いにならないで)
ユウラの見開いた瞳から、涙が一筋零れ落ちた。
「あほっ! 俺が泣きたいわ」
ウォルフはそう言ってユウラを抱きしめた。
そしてその眦に口づける。
「お前さ、俺にキスされて嫌だった?」
そう問われて、ユウラはウォルフの胸の中で小さく首を横に振った。
「嫌じゃない……」
そういってユウラは泣きじゃくる。
「なんで?」
ウォルフにそう問われて、ユウラはきょとんとした表情をする。
「そんなの……幼少期からそうだったから、そういうものだと思ってる。
なんだろう……慣れなのかな」
ユウラは釈然としない表情を浮かべた。
「じゃあさ、お前俺の他に誰か好きな人がいるの?」
そう問うたウォルフの襟首をユウラが必死の形相でひっ掴んだ。
「いるわけないでしょ!
っていうかそもそも、人を好きになるってどういうことなんですか?
この私にもちゃんと理解できるように教えてください!」
ユウラの問いに、ウォルフが激しく瞬きを繰り返した。
そして盛大な溜息を吐いた。
「そこからか……」
ウォルフはそういって、がっくりと肩を落とした。
不意に10年前のユウラの言葉を思い出す。
『ねぇ、僕たち大人になったら結婚するんだって』
国王陛下立会いのもと、自分たちの親が取り決めた婚約の後で、
少し恥じらいながら、ユウラに言ったら、
『けっこん? なにそれ、美味しいの?』
ユウラはきょとんとした表情をして、ウォルフにそう言った。
ウォルフはぷっと噴出した。
(コイツらしいな)
そしてユウラの頭を拳でぐりぐりと締め上げる。
「痛い、痛い……ってばウォルフ」
ユウラが涙目になる。
「どうやらお前の頭は6歳児のまんま、
ちっとも成長しとらんらしいな」
そういってウォルフは微笑を浮かべる。
「そんなこと言ったって……」
ユウラは半べそをかいている。
「いいぜ? 俺がお前に教えてやるよ。
恋の喜びも、切なさも。一から全部。
どのみち俺がお前の初めての男であり、
最後の男なんだから、それでいい」
ウォルフはユウラの手を取った。
「お前は方向音痴なんだから、好きなだけ迷ってもいいんだ。
だけど、この手は絶対に離すなよ」
そう言って微笑んだウォルフに、ユウラはコクリと頷いた。
「よし、じゃあ今日から特訓だな。
まずはユニフォームを買いに行こう!」
ウォルフがユウラの手を取って、駆け出した。
「わっ、ちょっと待って、ユニフォームって?」
ユウラが怪訝そうな顔をする。
「お揃いのパジャマだ」
ウォルフの瞳がキュピーンという擬音語と共に、鈍く光った。
「それからお前、今日から俺のことを、
教官と呼べ! わかったな」