45.虚構の英雄
ウォルフは控室に戻り、
オリビア皇女に戻る。
「ユウラには、ちゃんと会えたの?」
ルークの問いに、ウォルフは曖昧に笑う。
「ちゃんと……ではないがな。
一応元気な顔は見たといったところか」
ウォルフの脳裏に、
車に乗り込んだユウラの涙が過る。
(元気でもないがな)
そんな苦い言葉を飲み込む。
「そう。それは良かった」
ルークもタキシードに着替えて、
オリビアに手を差し出す。
「行くよ! 覚悟はいい?
何せ、ここからが本当の僕たちの戦場なのだから」
オリビアは差し出された、ルークの手に手を重ね、
大きく息を吸った。
「ああ、そうだな」
そう答えて、きつく前を見据える。
几帳を出てにこやかに手を振り、
花道を歩くオリビアに、人々は称賛を惜しまない。
レッドロラインの無敵の軍神、
この国を勝利に導き続けるこの英雄に、
ただ一途に妄信的な信頼を寄せている。
その重圧に、
オリビアは知らずきつく唇を噛みしめて耐える。
「虚構の英雄……か」
寂し気にオリビアが呟いた。
この場にいる誰もが、
本当の自分のことなど知りはしない。
18年前に殺害された姉のふりをして生き延びた、
哀れな王子のことなど知りはしないのだ。
「虚構の英雄……ねぇ。
だがそれは違う。
君こそが、真実なんだ」
隣に立つルークの鳶色の瞳が、
強い光を宿している。
「いつまで逃げ回るつもりなのさ?
逃げたって何も解決しないことは、
とっくに分かっているんでしょ?」
これはいつぞやに、
ルークに突き付けられた問いだ。
「出来るならば、うやむやにして
ずっと逃げ回っていたかったな」
そう言って、
オリビアは小さく肩をそびやかした。
「本当に往生際が悪いんだから。
人は皆、成すべきことを成すために生まれたのっ!
時間の無駄だから、早くしな」
そう言ってルークが隣で笑って見せる。
◇◇◇
「けしからん、実にけしからんな。
あの若造めがっ!」
ハイデンバーグ大公家の山荘に、
レッドロラインの重鎮たちが集められて、
酒を酌み交わしている。
話題は必然的に『女神の王冠』の利権の放棄を宣言した、
オリビア皇女への批判に集中している。
「あれはただの戦バカだ。
政治というものを全く理解していない。
『女神の王冠』の利権の放棄だと?
なぜそのようなことをしなければならない?
自国の領土で見つかった希少資源を売りさばいて何が悪い!」
ハイデンバーグ大公は、
憤る重鎮たちの愚痴を、
ほくそ笑みながら、
ただ黙って聞いている。
レッドロライン国領の小惑星M1で見つかった
希少資源『女神の王冠』は、
当初、国際条約に基づいて、
各近隣諸国に適正価格で供給されるはずだった。
しかし現実は、腐敗した高官たちが暴利を貪り、
正当な国家間の取引ができない状態に陥った。
そんな状況に不満を抱く国々が連合となって、
レッドロラインを取り囲み、
牙を剥いたのが、先の戦争である。
何度も同じ過ちを繰り返し、
その戦禍はとどまるところを知らない。
見かねたオリビアが、意を決して、
『女神の王冠』の利権の放棄を宣言したのだ。
しかし暴利を貪る高官たちを煽り、先頭に立つ人物こそが、
このハイデンバーグ大公なのだ。
レッドロライン国の現国王である、
フランツ・レッドロラインの叔父にして、
第二王妃カルシア・ハイデンバーグの父であり、
王太子エドガー・レッドロラインの祖父として君臨する、
絶対権力者である。
「正義と平和?
広がる戦禍に心を痛め?
はて、何を言っているのだか。
我々にはわかりかねますなあ。
戦火が広がれば、それだけ武器が売れるではないか。
そしてまた、金が儲かるというわけだ。
そのためにわざわざ高い費用をかけて
シェバリエを開発したのだから」
重鎮の一人が空のグラスを片手に持って、
千鳥足でハイデンバーグ大公のもとに歩いてくる。
「停戦なんてもってのほか。
争って、争って、しこたま争ってもらわなければ、
こちらは割に合わない。
ねえ、大公殿」
重鎮はそう言って空のグラスを
ハイデンバーグ大公の前に掲げた。
大公はそのグラスに、
年代物のワインを注ぐ。
重鎮は微笑みを浮かべて、
そのグラスをゆっくりと弧を描くように回してみせる。
どす黒い血のように、
ワインがグラスに絡みついて踊る。
「足りませんなあ。
これっぽちでは。
とてもじゃないが、
我々を酔わせることはできない。
酒槽を満たす程に、溢れ滴るほどに、
注いでいただかなくては」
そう言って重鎮は低く嗤った。
「左様でございますか。
それがこの場にお集まりいただいた皆様ご一致の、
ご意見ということでよろしゅうございますか?」
ハイデンバーグ大公は、笑みを称えて
「それでは、愚かなこの国のプロパガンダには、
そろそろご退場願うといたしましょうかな」
その場に集う者たちの顔を見まわした。
◇◇◇
翌朝、日が上ると、
「オリビア・レッドロラインは売国奴だ!」
王宮のまわりを群衆が囲み、
口々に罵りの言葉を叫ぶ。
怒号のような罵声に、ユウラが震える。
「大丈夫よ、ユウラ。
こちらにいらっしゃい」
そう言って、オリビアがユウラを抱き寄せる。
「全然……大丈夫じゃないです」
ユウラの拳が怒りに震えている。
「自分のことならともかく、
あなたが辱められることには耐えられない」
そういって、手負いの獣のように、
身体を震わせるユウラの肩口に、
オリビアは額をもたせ掛けた。
「ありがと……な」
そう呟いたオリビアの声に、
ユウラの目が見開かれる。




