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43/118

43.ドレスのホックが外せません。

「ああ、もういいっ! 

 腹減った! 

 メシ食いに行こう、メシ!」


ウォルフはドツボにはまりそうになる

自身の思考のループを断ち切り、

立ち上がった。


「廊下出てるから、さっさと着替えろ」


そう言い置いてロッカールームから出て行こうとする

ウォルフの腕をユウラが掴んだ。


「何?」


ウォルフが目を瞬かせる。


「ウォルフ、あのね。

 ホック外して」


ユウラの言葉に、

ウォルフが分かりやすく固まった。


「おっ……おっ……お前っ!」


ウォルフが酸欠の金魚のように

パクパクと口を動かしている。


「だって自分じゃ外せないよ。

 どうしてドレスって背中にファスナーがあるのよぅ。

 あっ、噛んじゃったっ!」


ユウラが涙目になって、ドレスと格闘している様に、

ウォルフは額に手を当てて、小さくため息を吐いた。


「ったく……仕方ねぇな。

 こっち来い」


ユウラの背に流れる赤髪をかき分けてやると、

白く華奢な項が顕わになる。


ウォルフは少し目を細めて、躊躇いがちにそこに触れる。


「お前は俺のこと……全然意識してねぇだろうが、

 俺は今……めちゃくちゃ……ドキドキしてるからなっ!」


ウォルフはひどく上ずった声色で、

言葉を発する。


「ほっ……ほら……指先なんて……こんなに……

 情けねぇ程震えているんだからなっ!」


そう言って、これ以上ないくらいに

不器用にユウラのドレスのホックを外していく。


今、ウォルフに夜会で令嬢たちを前にしたときの、

完璧貴公子の面影はない。


「お前以外には、決してこうはならない」


ウォルフの闇色の瞳が、切なげに揺れている。


「何でかわかる?」


ウォルフの問いに、ユウラが下を向く。


「お前に、死ぬほど惚れてるからだ」


ウォルフがユウラを背後から抱きしめた。


「そんな男に、簡単にホックを外してだなんて、

 頼むものじゃない」


ウォルフが苦し気に言葉を紡ぐと、


ユウラのドレスのファスナーが降ろされ、

その白磁の素肌が顕わになった。


ウォルフは闇色の瞳を、少し細めた。


◇◇◇


アカデミーの正門から続く桜並木を、

ウォルフとユウラは手をつないで歩く。


いつもより少し口数が少なくて、

そのくせ、つないだ掌がやたらと熱を持っている。


「あのね、ウォルフ。

 私、ウォルフのこと、揶揄ったわけじゃないよ」


ユウラがポツリと言葉を発した。


「おう……」


手はつないだままで、

ウォルフがそっぽを向いた。


「あなたのことを、

 意識してないわけでもないから」


ユウラが口を尖らせて、

もごもごと言う。


「そ……そうかよ」


ウォルフの横顔に赤が差す。


「だから、私だって苦しくないわけじゃない」


そう言葉を発する、ユウラの手が震えた。

震えるユウラの掌を、ウォルフがきつく握りしめた。


「あなたの隣に堂々と立ちたいと思うから、

 この軍服を着ているわけで……」


ユウラはくちごもり、

そして顔を真っ赤にして、少し怒ったように

その言葉を発した。


「ドレスのホックだって……いくら私が不器用だって、

 ウォルフ以外の人には絶対に頼まないんだからねっ!」


ユウラの言葉にウォルフの目が半眼になる。


「当たり前だ。

 そんなのは絶対に許さないぞ!

 お前は俺のものだ」


ごく当然のことのように言ってのける。


「じゃあ、あなたは私のものなの?」


ユウラが目を瞬かせた。


「はあ? 今更何をわかりきったことを言っているんだ?

 俺の身も心も、10年前からすでにお前のものだろうが。

 好きにしてくれていいんだぞ?

 なんなら俺に赤いリボンをかけて、お前にプレゼントしようか?」


ウォルフがユウラの両手を握り、

熱弁を振るうと、ユウラがぷっと噴き出した。


それから屋台でたこ焼きを購入し、

二人で分け合って食べた。


どこかの店に入る時間はなかった。


ウォルフは間もなく

任務に戻らなくてはならないのだという。


別れの時間が近づいてくると、

ユウラが寂し気な表情を浮かべ、

下を向いた。


「そんな顔をするな。

 すぐに戻る」


そう言ってウォルフがユウラに微笑んで見せる。

しかしその張り付けた笑みは、すぐに剥がれ落ち、

きつくユウラを抱きしめる。


「嘘。本当はお前よりも俺の方が何倍も、

 お前のこと、離したくないって思ってる」


ウォルフが切なげな眼差しをユウラに向けて、

きつく拳を握りしめた。


ウォルフの脳裏に、

ユウラの腰に手を回すエドガーが過った。


(自分がウォルフでなければ、

 ユウラを守ることはできない)


そう思い知った夜だった。


遠目にこちらに近づいてくる車がある。

自身が手配したオリビアの専用車だ。


(タイムリミット……か)


ウォルフは寂し気に微笑んで、

ユウラに口づけた。


ユウラの眼差しもまた、

切なさに揺れている。


夜風に吹かれたユウラが小さく震えている。


「春とはいえ、夜は冷える。

 これを着ていろ」


ウォルフはタキシードの上に羽織っていた、

薄手のコートをユウラに着せかけた。


車が二人の前に停まると、

ウォルフはユウラを車に乗せて、


「では、手はず通りに」


運転手に目配せする。


「ユウラ、お前にはオリビア様から

 王宮への召喚命令が出されている。

 俺が戻るまでは、オリビア館で

 オリビア様にお仕えするように」


ドアが閉じられ、

ウォルフとの間を隔てられると、

ユウラの頬に涙が伝った。









 



 

 


 

 












 




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