3.恋の一本勝負!
「それでは、お嬢さんをお預かりします」
ウォルフはそう言ってハルマに、にっこりと微笑んだ。
見た目はどこからどう見ても好青年だ。
この漆黒の髪の青年の匂い立つような美しさに、誰もが騙されている。
とユウラは思う。
(こんの、天使の顔をした悪魔めっ!)
ユウラはウォルフに首根っこを掴まれたまま、鼻の頭に皺を寄せた。
「ユウラ、髪飾りを落としていたぞ」
そういって、ウォルフはユウラの髪に銀の髪飾りを挿して、
背に流すユウラの髪を一房手に取って口付けた。
「美しい髪だな。俺の好きな色だ」
少し目を細めて、耳元に低く囁いてくるこの男の美声に、
ユウラは一瞬持っていかれそうになる。
(駄目だ駄目だ駄目だ駄目だっ! 戻ってこい自分っ!)
ユウラはぶんぶんと頭を振って、自身を叱咤し理性を呼び戻す。
(こんのフェロモン大魔王がっ!)
ユウラは心の中で毒づいた。
この男の天然スケコマシスキルに、
うっかり恋心を抱いてしまった令嬢(犠牲者)は数知れない。
ユウラは小さく溜息をついてフェロモン大魔王を盗み見た。
無理もない。
これだけの美貌に、最強のスペックを兼ね備えているとなると、
好きにならずにいることのほうがむしろ難しいだろう。
(自分はどうなんだろう)
ユウラはふと自身の心に問うてみた。
幼馴染が婚約者で、しかもそれが最強スペックときている。
(いやいやいや……。
ないないないないない)
ユウラはその可能性を全否定できることに、安堵を覚えた。
(だってこの人、魔王だよ?)
幼馴染ゆえに、ユウラはウォルフという人物を少し知りすぎた。
(だってこの人、外見はアレだけど、性格は最悪なんだよ?)
うっかりとウォルフに恋心を抱いてしまった令嬢たちに、
ユウラは声を大にして、いつかそういってやりたいと思う。
本人たちの意思とは裏腹に、国王直々の声掛けにより今日から、
つまりユウラ・エルドレッドが16歳の誕生日を迎えたことを条件に、
その婚約の効力が発動する。
両家の取り決めに従い、
ユウラは今日からウォルフの屋敷に行儀見習いに入らなければならない。
家出道具はそのまま、ウォルフに没収されて迎えの車に押し込まれてしまった。
そしてユウラもウォルフの車に押し込まれる。
(きぃぃぃっ! く~や~し~いぃぃぃっ!)
ユウラは黒板を爪で引っかきたい衝動に駆られた。
窓の外を見て、むっつりと黙り込むユウラに、ウォルフはため息を吐いた。
「何? 俺と結婚すんの、そんなに嫌?」
隣の座席に座るウォルフが、不機嫌に尋ねてきた。
「あなたはどうなのよ? 私が婚約者だからって
ほいほいと親の言いなりになるわけ?」
ウォルフはユウラの言葉に口を噤んだ。
そして眉間に深く皺を寄せる。
(10年越しの片思い……。なんて今更言えるわけねぇだろっ!
しかもこのクソ女相手にっ!)
ウォルフの白目に、無数の毛細血管が浮き上がった。
屈辱に握りしめた拳が震えている。
ウォルフはユウラをチラリと盗み見た。
ユウラは眉を吊り上げて、不機嫌極まりない。
(わかってはいるんだ。一応な。
彼女が俺を好きでないってことは)
ウォルフは心の中で血の涙を流す。
orz 嗚呼、胃が痛い。
他人が思う程に自分は決して、色恋に長けているわけではない。
むしろ10年越しの想い人で、このじゃじゃ馬の取扱説明書があるなら
誰か俺に送ってくれと切実に思う。
「クソガキっ! 割り切れよ。
何結婚に青臭い夢見てんだ?
これはあくまで政略結婚だっつうの!」
ウォルフは不機嫌な声色でユウラにそう言った。
(嗚呼、売り言葉に買い言葉……)
ウォルフは心の中で頭を抱え込んだ。
orz ウォルフ・フォン・アルフォード18歳と二カ月。
ええ、結婚に思いっきり夢見ています。
青臭いを通り越して、むしろ痛いくらいの薔薇色の乙女な思考ですからっ!
しかもこのクソ女相手にっ!
ウォルフは両手で顔を覆って泣きたくなった。
隣に座るユウラは、冷めた眼差しでウォルフを見つめた。
「あーあーそうですか! ちゃんとわかってますぅ。
安心してください~! こっちもあなたのことなんてこれっぽっちも……っ!」
思っていませんよ~だと言おうとして、
ユウラはその続きをいうことができなかった。
「ふごぉっ!」
ユウラが白目を剥く。
その頤をウォルフによって掴まれて、口付けによって唇を塞がれたからだ。
「これっぽっちも、何?」
ウォルフの真剣な眼差しに、ユウラは口を噤んだ。
「俺たちのはじまりは確かに政略結婚かもしれない。
しかし俺は親の言いなりになったつもりはないし、
愛のない結婚をするつもりもない。
要はこの婚約期間中に、お前を俺に惚れさせればいいだけの話だろ?」
ごく当たり前のことのようにウォルフが言った。
ユウラの頭に血が上る。
「は……はあ? な……なんで私があなたのことなんてっ!
うぬっ……自惚れないでよね」
ユウラは不本意にも噛んでしまった。
しかも声が動揺のあまり裏返っている。
「別に、自惚れているつもりはない。
お前が俺に惚れるのは、ただの自然の法則だ。
だからお前も全力で来い。
この俺をお前に惚れさせてみろよ」
ウォルフの瞳孔が開いている。
(この目はマジだ)
ユウラは強かな緊張感を持ってウォルフを見据えた。
ここに一組の男と女の一歩も譲れぬ恋の一本勝負が、ゴングを鳴らした。