表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/118

27.破滅の恋

深淵の星々に展開するコロニー群は、

地球の環境を再現するための、

完璧なコンピューター制御によって成り立っている。


そのコンピューター制御に欠かせない物質、

それが『女神の王冠』だ。


近年調査団によって、レッドロライン領の小惑星に、

『女神の王冠』の大量の埋蔵があることが発覚した。


レッドロラインは国際条約に基づいて、

各近隣諸国に適正価格で『女神の王冠』を

供給することを約束したが、


現実は、腐敗した高官たちが暴利を貪り、

正当な国家間の取引ができない状態にある。


そんな状況に不満を抱く国々が、

連合となって、レッドロラインを取り囲み、

牙を剥いたのである。


◇◇◇


アーザス国内にある、レッドロライン大使館の前では、

大規模なデモ行進が行われている。


「レッドロラインは出て行け!」


「国に巣くう害虫」


それぞれの主張を横断幕や、

プラカードに掲げては、怒号が飛び交う。


そこにはレッドロラインに向けられた怒りと、

果てなき憎しみが満ちている。


レッドロライン国の事務次官、

ハイネス・エーデンは重いため息を吐いた。


そのとき、ドアをノックする音が聞こえ、

一人の男が部屋に入ってきた。


「アンソニー!」


ハイネスは、驚いたように声を上げた。


「やあ! ハイネス」


ブロンドの短髪に、澄んだ碧眼のこの男は、

親し気に、ハイネスに微笑みかける。


アンソニー・カーマイケルは、

この国、アーザス国の事務次官だ。


「あなたという人は、こんな時に……」


ハイネスが言葉を詰まらせる。


「国や立場は違えど、

 僕が君の友人であることには、

 かわりないだろう? 

 そのことを証明するために、

 僕は今日ここに来たんだ」


レッドロラインとアーザス国の関係は、

今、最悪の状況を迎えている。


大使館の撤退命令こそ出てはいないが、

いつそうなってもおかしくはない。


今もぎりぎりの状態で、

瀬戸際の外交を続けてはいるものの、

二国間の溝は深い。


そんな状況の中で、

敵国であるレッドロラインの大使館を訪れることは、

とても勇気のいることだ。


ハイネスはそんな純粋な、

アンソニーの友情が嬉しかった。


その夜は大使館を出て、

二人で行きつけの店に行き、しこたま酒を飲んだ。


そして二国間の和平への道を、

互いに熱く語り合ったのだ。


不安とプレッシャーに押しつぶされそうになっていたハイネスは、

この隣国の友人に、随分と勇気づけられた。


酒が回ったのか、トイレに立とうとした時、

ハイネスは足がよろけてしまった。


即座にウエイターが駆け寄り、ハイネスを支える。


「大丈夫ですか? お客様」


端正な顔立ちの、

しかしどこか寒々とした印象を受ける青年だった。


青年の底冷えのするような冷たい眼差しに、

一瞬ハイネスは、酔いが冷めたような気がした。


「ああ、すまない。

 少し酔ってしまったようだ。

 お恥ずかしい」


ハイネスは曖昧な笑みを浮かべた。


会計を済ませると、

二人は固い握手を交わして別れた。


ハイネスは表通りでタクシーを拾い、

アンソニーは自宅への近道である、裏路地に姿を消す。


刹那、裏路地の方で一発の銃声が響いた。


◇◇◇


宿舎に戻ったハイネスは、

着替えも済ませずにベッドに倒れ込んだ。


精神的な疲労も含めて、

ひどく疲れていたのだろう。


そこにアルコールが入って、

とても身体が重い。


瞼を閉じるとうつらうつらと、

微睡の中に引きずり込まれていく。


ハイネスは夢の中で、

一人の女性を抱いている。


赤みがかったマルーンの髪がシーツに散って、

華奢な指先が躊躇いと共に、自身の背に回される。


冷たい指先だった。


しかし同時に、

この身を焼き尽くす程の熱量を秘めている。


その冷たい焔は、チリチリと音を立てて、

自身の道徳も、理性も、思考回路のすべてを、

溶かし、奪ってゆく。


決して愛してはならぬ(ひと)

愛さずにはおれぬ(ひと)


そんな相反した思いが、この心を引き裂き、

強烈な渇きをもたらす。


彼女の漏らす微かな吐息さえ、

逃すまいと、この舌で拭った。


それは出国の前の、

ほんのひとときの逢瀬だった。


それと引き換えに、

この命を失っても構わない。


臆病者の自分にそう思わしめるほどに、

強烈なこの思いを、何にたとえればいいのか。


それはさながら、この身が焼かれると分かっていながら、

火に飛び込んでいく、哀れな羽虫のようだ。


(破滅の恋……か)


ハイネスは自嘲する。


「いいこと? ハイネス。

 生きて帰らなければ許さない」


この胸にかき抱く恋人の睦言が、

己に残酷な幻を抱かせる。


女は二丁の銃を取り出して、

一丁をハイネスに手渡した。


冷たい重さだった。


そして女はもう一丁を自身の手に持つ。


「あなたが死んだら、

 わたくしもこの銃で命を絶つわ」


女は微笑む。

嘘か誠か、ハイネスにはわかりかねる。


しかし、その唇に滴るルージュの赤はひどく艶かしい。


その赤に魅せられて、

また自分は彼女に溺れていく。


何度か薄い微睡を繰り返すうちに、

ハイネスの意識が覚醒していく。


自分で思うよりも、随分酔っていたようだ。

どうやらジャケットを着たまま、眠ってしまったらしい。


ハイネスは苦笑する。


ふと、違和感を感じて、

内ポケットを探り、顔色を変える。


そこには出国の前に恋人が自分に持たせた、

銃がない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ