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18.涙の革袋

赤服の乙女たちが、緊張のために口を噤み、

微妙な沈黙が店内に満ちる。


「あっ、そうそう。

 今日の授業を担当した教官が

 君たちの事を褒めていたよ」


ルークが注文したザッハトルテを受け取りながら、

にこやかに微笑んだ。


「君たち、アカデミー名物『地獄の歓迎会』にも全くめげずに、

 ラスト10周を全力ダッシュやったんだって?」


ルークが興味深そうに、乙女たちを窺う。


「それは……そのっ……」


乙女たちは一様に頬を染めて、下を向いた。


「ル……ルーク教官はわたくしたちのこと、

 跳ねっ返りだとお思いになって?

 かわいくない奴だと……」


エマがきゅっと軍服の裾を握った。


「思わないよ、そんなこと。

 僕は強い女性が好きだから」


ルークはフォークで切り分けたザッハトルテを口に運ぶ。


「んっ! 美味しい」


ルークが至福の表情をする。


「で……でしたら……ルーク教官、わたくしに、

 ロザリオを授けて頂けないでしょうか?」


真っ赤になってそう言ったエマが、小さく震えている。


その場に集う一同がその言葉に固まった。


「えっ……えっとぉ……、

 それは……ちょっと……」


ルークが気まずそうに視線を泳がせた。


エマは揺らがない。

アクアブルーのひどく澄んだ眼差しを、ルークから逸らさない。


エマの中に彼の人の面影を重ねたルークに、痛みが過る。


「エマ!」


ウォルフがエマに目配せをし、小さく首を横に振った。

エマは悔し気に唇を噛み締めた。


◇◇◇


アカデミーの士官室に戻り、残業中のウォルフがふと、

コンピューターで作戦のシュミレーションを繰り返すルークを見やる。


「何? ウォルフ」


ルークがシュミレーション画面から目を上げる。


「お前ってさ、やっぱり誰にもロザリオをやらないつもり?」


机の上に埋もれた資料を探す振りをしながら、

ウォルフがルークを窺う。


「君はどうなのさ?」


ルークは曖昧に笑ってはぐらかす。


(やはり、まだ傷は癒えてはいない)


そんな確信を得て、ウォルフも視線をはぐらかす。


「俺か? 俺は一応用意はしているよ。

 どうせ、もうすぐユウラにせがまれるに決まっているしな。

 俺の守護石をあしらった最高のものを用意した」


ウォルフは諦めたように、ため息を吐いた。


「そっか、いつもありがとうね」


そんなウォルフに、ルークも複雑な表情を浮かべた。


「だがな、渡す踏ん切りがなかなかつねぇんだ。

 これがまた」


ウォルフが腕を組んで、考え込む。

そして自身の軍服の内ポケットから、小箱を取り出した。


紫水晶をあしらったロザリオが、ペアで輝いている。


「これを渡すってことは、すなわち

 俺がユウラを軍事指導しなきゃなんないってことなんだな。

 あ~あ、気が重い」


ウォルフが憂鬱そうに呟いた。


「そんなに嫌? ユウラを戦場に連れて行くのは」


ルークの鳶色の瞳が、注意深くウォルフを注視する。


「嫌だね。本当になんでユウラにアカデミーの入学を許可しちゃったかなって、

 いまだに思う。

 ユウラが俺の、ただのウォルフ・フォン・アルフォードの妻になってくれたら、

 本気でオリビアの名は捨てようと思っていたんだ」


ウォルフが吐き捨てるように言った。


ルークはウォルフの抗うことの許されない、

過酷な運命を思う。


「おまえはさあ、

 まだ持ってる? これ……」


そう言ってウォルフは自身の首にかけてあった

ロザリオを外して見せた。


ルビーの周りにふんだんにダイヤをあしらった非常に高価なロザリオだ。


「うん……」


ルークも自身の首からそれを外して見せる。


まったく同じものだ。


「俺とお前とセナで、お揃いにしたんだよな」


ウォルフが懐かしむように、目を細めた。


「お前とセナが付き合っていたのだから、

 俺はいいっていったのに、

 あいつ無理やり俺に受け取らせやがった」


ウォルフが当時を思い出して、唇を尖らせた。


「なのにあいつだけ、

 俺たちをおいてさっさと逝っちまいやがった」


ウォルフの眼差しに痛みが過る。


「なあ、ルーク、頼みがあるんだ」


そういってウォルフは

ユウラのためにと購入したロザリオの小箱を、

ルークに差し出した。


「お前がユウラを契約の妹(スール)として、

 これを渡してやってくれないか?」


ウォルフの言葉にルークが眉根を寄せる。


「その代わりに、俺はエマを契約の妹(スール)として、

 指導しようと思う」


ルークは目を閉じて、暫く考え込む。


「エマはセナの最愛の妹だ。

 俺たちのどちらかが、ちゃんと面倒みてやらなきゃならねぇ。

 姉思いだったエマが、お前に執着するのは、

 エマも姉を失って深い傷を負っているからだ。

 なんとかしなくちゃな」


そういってウォルフが悲し気に微笑んだ。


「まったく頭が下がるよ、君には」


ルークが下を向いた。


「本当は誰よりも傷ついているのは、

 他でもない君なのにね」


ルークは顔を上げた。


「涙の革袋の話を、君は知ってる?

 昔ある人がとても信頼している人に裏切られ、

 流浪の旅に出ることになったんだ。

 その人は神の前に、泣きながら祈った。

 『どうか私の涙を、あなたの革袋にたくわえてください』と、

 その革袋に涙が満ちたとき、神はその人を再び立たせて王とした。

 なぜだと思う?」


ルークの鳶色の瞳が面白そうに、ウォルフを見つめている。


「さあ?」


ウォルフは目を瞬かせて首を傾げた。


「その人が他者の痛みを理解できるようになったからだ。

 民を思いやる心を知ったからだ」


ルークがニヤリと笑う。


「オリビア皇女の名前なんて、

 さっさと捨てちゃっていいよ。

 なにせ、君の本当の名はウォルフ・レッドロラインなんだから」




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