16.エドガー・レッドロライン
「ウォルフ……?」
ユウラが驚いたように目を瞬かせた。
「あっと……すまない。
少し感情が激してしまったようだ」
ウォルフがユウラを開放し、
そんな自分を恥じるように視線を外した。
「ともかく! 俺の言いたいのは、
そんな簡単に誰かに命を捧げるなってこと!」
ウォルフがユウラの鼻先に人差し指を突き出した。
「騎士として立つ以上、そりゃ確かに任務に命を懸けることは当然の使命だ。
俺もそうやって数多の歴戦を潜り抜けてきた。
でもな、最低限、自分の命の責任は自分で持て!
王族ったってな、んなお前が言うほどきれいなものじゃねぇし、
それこそ婚約者の一挙手一投足にオタオタするような、
情けねぇ奴かもしんねぇぞ?」
そう言ってウォルフは微笑んで、ユウラの額に自身の額を当てると、
「ウォルフはオタオタしちゃったの?」
ユウラもつられてにっこりと笑った。
「俺りゃあ、年から年中オタオタしっぱなしだよ?
どっかのじゃじゃ馬婚約者さんのお陰で」
ため息を吐いて、ウォルフはユウラを抱き寄せる。
「ごめんね、ウォルフ。
いつも心配かけて」
ユウラがしゅんとする。
「それが、お前だからな。
そういうお前に惚れちまったんだから、仕方ねぇよな」
ウォルフの声に切なさが滲む。
◇◇◇
「こらー! 誰が休憩していいと言った?
この虫けらがっ!」
アカデミーの授業が始まった。
『地獄の歓迎会』と称される新入生の初日の授業は、
ひたすらグランドを一日中走らされるという、過酷なものだった。
日が傾く頃になると、動けなくなった新入生があちこちで倒れ伏し、
ある者は隅の方で吐いている。
そんな地獄絵図の中で、異彩を放っている者たちがいる。
赤服を身に纏う少女の四人組だ。
「ねえねぇ、ユウラさん、
今日はこの後のご予定はいかが?」
エマ・ユリアスが隣を走るユウラにこっそりと声をかけた。
「ええ、大丈夫よ?
どうしたの? エマさん」
ユウラが小声でエマに答えると、
「うふふ。アカデミーの近くに、
とてもおしゃれなカフェを見つけたのよ。
ご一緒にいかが?」
エマがユウラを誘うと、
後ろからダイアナが割って入ってきた。
「あっ、ずるーい!
エマさんたら、抜け駆けよ。
私も誘ってよ」
ダイアナは不服そうに口を尖らせた。
「ダイアナが行くのだったら、私も行く~」
そう言ってナターシャも参戦する。
「もう、仕方ないわね」
エマが笑いながら、
呆れた振りをする。
「まあ、うふふ」
そんな彼女たちのやり取りを聞くユウラも笑いを忍ばせる。
「そこの雌豚っ! 無駄口を叩くな!
あと10周追加するぞ!」
教官の容赦ない叱責が飛ぶ。
既に体力の限界を超えている他の新入生たちの顔に死相が浮かぶが、
「誰が雌豚よ……」
刹那、エマの瞳孔が開いた。
「いいこと? ご同輩。
ラストの10周は全力でいくわよ!
あの教官の鼻を明かしてやるんだからっ!」
エマの言葉に、他の少女たちもニヤリと笑う。
その後、驚異のスピードでグラウンドを駆け抜けた彼女達を見て、
「あっアイツら……化け物か……」
グラウンドに倒れ伏した、新入生が驚愕の表情を浮かべた。
「あ~あ、悪名高い『地獄の歓迎会』って、こんなものだったの?
伝統ある王立のトップアカデミーのレベルも落ちたものね」
エマが涼しい顔をして、鬼教官を煽った。
「ふんっ! 今年の新入生はちったぁ骨があるようじゃないか」
教官がニヤリと嗤った。
◇◇◇
「ふ~ん、今年の新入生はなかなか優秀じゃないか」
アカデミーの理事長室から、エドガー・レッドロラインは
下卑た笑みを浮かべてグラウンドを見つめている。
「赤服の四人組、特にユウラ・エルドレッドは、
やはり私のものにしてしまいたいな」
そんな呟きを知らず、漏らしては、
エドガーは艶なため息を吐く。
ポニーテールに結ったユウラの赤い髪が揺れている。
エドガーの視線が一人でにユウラを追う。
「綺麗な赤だな」
エドガーは暫し、ユウラの後ろ姿に見惚れていた。
『ユウラ・エルドレッドだな。
私はこの国の王太子、エドガー・レッドロラインだ。
突然だが、私はお前を気に入った。
私の専属騎士となり、仕えよ』
そう言って手を差し出した自分を、
ユウラは真っすぐに見つめた。
あの時、自分を飾ることをしない、彼女の眼差しの潔さを、
確かに自分は美しいと思ってしまったのだ。
「は? はあ? 何を言っているのだ?
私はっ」
そんな心の化学変化を打ち消すべく、
エドガーはブンブンと頭を振った。
「そんなわけはない、
そんなわけはあってはならないのだ。
そもそも、この私はこの国の出来損ないの王太子だぞ?
あり得るわけがない」
エドガーは立ち上がり、アカデミーのエントランスに向かった。
放課後に立ち寄るカフェの話で盛り上がる少女たちに、
偶然を装ってエドガーが近づく。
「昨日はどうも」
皮肉たっぷりな口調で、エドガーがユウラにそう言った。
「エドガー様、どうしてここに?」
ユウラが思わず呟いてしまった。
「君はこの場所が王立のアカデミーであることを知っているか?
ゆえに私はこのアカデミーの理事だ。
私の部隊に優秀な騎士を優先的に所属させるためにも、
私は視察を怠らない」
エドガーは尊大に振舞う。
「それよりも昨日は君のせいでとんだ恥をかいてしまった。
君はこの私にどう償ってくれるんだい?」
尊大に振舞いながらも、
その心の震えと疼きにエドガーは唇を噛み締めた。




