14.乙女の憧れ
「とても素敵な挨拶だったわ。
さすが新入生総代ね、ユウラさん」
講壇を降りて新入生の席に戻ったユウラに、隣に座る少女が囁いた。
少女の名前はエマ・ユリアス。
大臣家の娘だ。
彼女もユウラと同じ赤服を身に纏っている。
プラチナブロンドの髪にアクアブルーの瞳が美しい。
楚々とした微笑みをユウラに向けると、
「それどころじゃないのよ、エマさん」
ユウラは頬を紅潮させて、潤んだ瞳をエマに向けた。
◇◇◇
入学式のセレモニーが終わると、少女たちがユウラの傍に集まった。
どの少女も上流階級の子弟で、ユウラとはすでに顔見知りだ。
「絶世の美女がいたですって?」
ユウラの説明に、エマが目を瞬かせた。
「ええ、あれは絶対に女神よ。
女神様が降臨なさったのだわ」
ユウラがそういって胸の前で手を組んだ。
その眼差しは、すでに恋する乙女のそれである。
「女神様がね……緊張で震えていた私をね、
こう……ぎゅって、抱きしめてくださったの」
その時の感動に打ち震えながら、
ユウラがうっとりとした表情を浮かべる。
「美しい女性……っていうと、
そういえば、今日の入学セレモニーに確かに絶世の美女と評判の
オリビア第一皇女様がおいでになっていたそうよ」
少し考えながら、
はたと思い出したようにダイアナ・ウェスレーが言った。
ダイアナの父は、ダンデル・ウェスレーと言って、
ユウラの父、ハルマの腹心の部下である。
そういった関係から幼い頃から、
ユウラはダイアナとはよく遊んだ仲だ。
「きっとそうよ! そうに違いないわ。
あの方はオリビア様だったのよ。
美しさと威厳、何人にも犯しがたい神聖な雰囲気、
万民がひれ伏すカリスマ性、それで納得がいったわ」
ユウラがキラキラと目を輝かせた。
「だけどオリビア様は普段、
決してそのお姿をお見せにならないそうよ。
現に今日も厳重に特別仕様の記帳に
囲まれていらっしゃったでしょう?
だからみんな本当はオリビア様のお顔を知らないのよ」
ナターシャ・ラビエスそう言って、
可愛らしく小首を傾げた。
水色のふわふわとした髪を、背でゆるく束ねている。
先ほどユウラをエントランスに呼びに来てくれたこの少女は、
ダイアナの従妹に当たる。
「でもどうして? あんなにもお美しくいらっしゃるのに?
オリビア様は極度の恥ずかしがり屋さんなのかしら?」
ユウラがきょとんとした顔をする。
「さあさあ、そのように興味本位で王族の噂話をするものではないわ。
はしたなくてよ」
エマがやんわりとその話に終止符を打った。
そして話題を変える。
「それよりもご存知? ご同輩。
このアカデミーでは姉妹制度が導入されているのよ」
エマが少女たちを見回して、そう言った。
「姉妹制度って、あの上級生が下級生にロザリオを渡して契りを
交すっていうあの制度のこと?」
ナターシャが目を輝かせる。
姉妹制度が持つ本来の意味合いは、後輩指導である。
ロザリオを渡す相手は、それこそ異性かもしれないし、同性かもしれない。
しかし10代の学生が集うこのアカデミーでは、
その実質は自身の特別な存在に贈る
ロマンチックな恋人たちのイベントと化している。
「そうよ、ナターシャ。しかもこの学園では、
お姉さまだけではなく、お兄様からもロザリオを頂けるのよ」
エマがうっとりとした口調でいった。
「ロマンチックね。
ああ、どなたか素敵なお兄様が私にロザリオをくださればいいのに」
ナターシャも夢見心地な様子でそう呟いた。
ユウラはふと、ウォルフを思い出した。
(ウォルフは誰かにロザリオを渡したのかな)
そう思ったら、チリリと心が痛んだ。
そこにある絆に、ユウラの心が騒めいた。
自分の知らないウォルフがいる。
当然のことと言えば、そうなのだが、
自分の知らないウォルフと、自分の知らない誰かの間にある絆に、
ユウラは思いを馳せる。
ユウラの中で、ウォルフからロザリオを貰いたいと思う心と、
ウォルフからロザリオを貰ってはいけない、という思いが交差する。
(アカデミーでは、けじめをつけたいと言ったのは私なのに)
ユウラはそんな自分の気持ちを、少し持て余した。
(ウォルフに甘えちゃいけないんだ。自分が選んだことなのに)
ユウラは唇を噛んだ。
そのとき、エドガー王太子の一行がユウラたちのもとに近づいてきた。
「ユウラ・エルドレッドだな。
私はこの国の王太子、エドガー・レッドロラインだ。
突然だが、私はお前を気に入った。
私の専属騎士となり、仕えよ」
エドガーが高飛車にそういって、ユウラに自身の手を差し出した。
ユウラの頭が真っ白になる。
騎士とは王族のために命を懸ける存在である。
誰に仕えるか、という選択肢は騎士にはない。
王族に求められれば、従わざる負えない。
しかも相手はレッドロラインの王太子である。
ユウラは唇を噛みしめた。
エドガーの悪評は、そういうことに疎いユウラであっても、
知っているくらいだ。
ユウラの脳裏にウォルフの面影が過った。
(助けて! ウォルフ)
ユウラは心の中で念じた。
(私が騎士になりたいのは、決してこの人に仕えたいからじゃない)
ユウラの心の中で、それだけは揺るがない事実だった。
ユウラが騎士になりたいと思ったのは、
父の傍らにあってこの国を守りたいと思ったからだ。
もちろん国の要人を守ることも、その任務の一端であることは否めない。
しかしこの人は、自分のことを騎士としては見ていない。
不快でしかない全身を舐めまわすような視線。
そこには欲情の色がありありと浮かび、卑猥な笑みを浮かべている。
「さあ、その場に跪いて、はやくこの手を取りなよ」
ユウラは屈辱に拳を握りしめた。




