114.フレイアの恋心③
ウォルフの言葉に、フレイアが口を閉ざした。
「そう……。だったらそれでいいわ。
あなたの心が誰のものにもならないというのなら、
それでいい。
わたしくしは戦に戻って、あなたと政略結婚をするわ。
レッドロラインとアーザス国の和平のためといったなら、
あなたは承知するかしら?」
ウォルフはフレイアの問いには答えずに、じっとフレイアを見つめた。
「答えたくなければ答えなくてもいいわ。
わたくしの答えはすでに決まっている」
フレイアは席を立ち、ウォルフに背を向けた。
「フレイア! なんで俺なんかのことを好きになるんだよ。バカ!
お前はもっと自分を大切にしろ!
ちゃんとお前のことを見てくれて、
お前のことを愛してくれる男を好きになれよ」
ウォルフが絞り出すように言葉を発すると、
フレイアが驚いたように足を止めた。
そしてウォルフを振り返る。
「残念だけど、そんなつまらない男に興味はないわ」
フレイアのルージュが寂し気に笑った。
◇◇◇
「レーナ様、お時間でございます」
無情な執事の言葉にレーナ・リリアンヌ・ミレニスは盛大なため息を吐いた。
今夜はアーザス国がレッドロラインからの国賓を迎えての
肝いりの夜会が催されるのだという。
レーナは気合を入れて立ち上がる。
ラベンダー色の透け感のあるイブニングドレスに、
大粒の真珠のチョーカーを合わせている。
「レーナ様、大変お美しゅうございますよ」
そういってレーナの乳母のハンナが主を盛り立てるが、
レーナは聞いちゃいない。
(わっわっわたくしだって、
死ぬほど頑張れば、頑張れば……夜会くらい……)
しかし夜会が嫌すぎてレーナはなんだか頭がクラクラとしてくる。
(大丈夫、大丈夫よ! レーナ。
わたくし、気配を消すことは大得意じゃない。
それこそ伊賀や甲賀の忍び並みだと自負しているわ)
そんなことを思いながら王宮の広間に向かう途中、
令嬢たちがなにやらひそひそと声を潜めて話している。
「ねぇ、お聞きになった? フレイア様のこと」
「ええ、なんでもレッドロラインの要人と
ご婚約がお決まりになったらしいわね。
今夜の夜会はその方のお披露目だとか」
レーナはすれ違いざまに、令嬢たちに目礼をしてその場を通り過ぎるが、
彼女たちはレーナに気が付かない。
(アーザス国があれだけ敵視していたレッドロラインと縁を結ぶですって?
それにしてもあれだけの嫌がらせともとれる行為のあとで、
レッドロライン側もよくそれを承知したものね)
レーナが目を瞬かせる。
事の発端はレッドロライン領で見つかった希少資源『女神の王冠』を手に入れるため、
アーザス国がリアン国と同盟を結び、突如レッドロラインに攻め込んだことに由来する。
それから幾度となく、戦いは繰り返されて、
とうとうレッドロラインの英雄オリビア・レッドロラインが
『女神の王冠』の利権の放棄を申し出たのだ。
その後も幾度となく、アーザス・リアンの連合国は
レッドロラインとオリビアを窮地に貶めるために、
様々な画策がなされているのだと、まことしやかに噂されている。
噂はあくまで噂であり、憶測の域を出ないのだが、
それでもレーナはレッドロラインとアーザス国との縁組に違和感を感じる。
未遂に終わったとはいえ、オリビア・レッドロライン討伐の名目で
国もとのL4宙域に師団クラスの軍隊が召集されたのは事実であり、
アーザス・リアンの連合はこれを機に、
L4宙域に点在する中立の小国を切り取る気満々だったのだから。
「きゃっ!」
考え事をしながら歩いていたレーナは、何かにぶつかってバランスを崩す。
「これは失礼をいたしました。大丈夫ですか?」
そんなレーナを素早く支え、心配そうにのぞき込む顔がある。
タキシードを身に纏う、漆黒の髪の青年だ。
「ウォルフ様?」
レーナが目を見開くと、
ウォルフがレーナの口元に手を当てて、
周りを一瞥してレーナを人目のない控えの間に連れこむ。
「お久しぶりです。レーナ・リリアンヌ・ミレニス殿」
ウォルフが小声で囁く。
「どうしてウォルフ様がここに?」
ウォルフは驚きに目を白黒とさせているレーナに事情を話した。
◇◇◇
アーザス国にまことしやかに囁かれている都市伝説がある。
新月の夜には、
決して外に出てはいけない。
弔いの笛の音が聞こえたならば、家の戸を閉じよ。
さもなくば死神が微笑みを浮かべてその鎌を振るうだろう。
◇◇◇
アーザス国、N218ポイント『ロレーヌ湿原地帯』に、
ユウラとクライスは身を潜めている。
日はもうとっくに沈んだが、月は出ていない。
なぜなら今夜は新月だからだ。
湿原を渡る風が鳴いている。
それはたしかに弔いの笛の音にも似ている。
(来るか?)
知らずユウラは緊張のために、腰に薙いだ剣に触れる。
「待て! まだだ」
隣でクライスが小さく首を横に振って、ユウラを制する。
突如湿原が、ほの青い光の粒子に包まれる。
そこに現れる魔法陣が凄ましいエネルギー波を放出する。
「くっ!」
ユウラは歯を食いしばって、その衝撃波に耐える。
やがて魔法陣の中に一艘の船が姿を現す。
「さあ、お出ましだぞ?
覚悟はいいか? ユウラ。
あれが死の商人と名高い『イシュマエル商船』だ」
クライスが中腰になって身構える。
船の搭乗口からは、まだ幼い女子供が手を戒められて、
警備兵に引いていかれる。
以前ユウラとレーナは、
共にこの『イシュマエル商船』に捕らえられたことがあった。
そのときはクライスが、
サイファリアという国の闇の仕事を請け負う特殊な部隊に
請けを依頼し、自分たちを助けてくれたのだ。
「ねえ、クライスさん。
あの子たちは一体どこに連れて行かれるの?」
幼子たちの運命に自身の身の上を重ねて、ユウラがたまらずクライスに問うた。
「地下で行われる人身売買専門の競りにかけられて、器量よしは売春、
腕の立ちそうなのは、生態CPUとして兵器にされる。
それにも漏れた奴は、さしづめ臓器の提供だろうな」
クライスも自身の腰に薙いだ剣の柄に手をかける。




