112.フレイアの恋心
ミレニス公国、白亜の離宮に一通の夜会の招待状が届いた。
執事が銀のトレーに乗せてそれを離宮の主、
レーナ・リリアンヌ・ミレニスのもとに持ってくると、
「これは……渡りに船、といったところかしら?」
レーナが何事かを逡巡し、目を細めた。
◇◇◇
「まあ、レーナ様が夜会におでかけになるだなんて」
レーナの乳母のハンナが目を丸くした。
「わ……わたくしだって、花の盛りの18歳ですもの。
そりゃ、夜会くらい……(死ぬほど無理をすれば)行かないことも……ありません」
そう答えるレーナはすでに涙目である。
(嗚呼、私のためにあんなに無理をなさって……。
申し訳ありません。レーナ様)
ユウラがすまなそうに目を伏せる。
夜会の招待状の贈り主は、
アーザス国第一皇女フレイア・アーザスであった。
レッドロラインからの要人を歓待するための宴の添え物(フレイアの引き立て役)として、
こうして近隣の小国の令嬢たちにもせっせと招待状を送っているらしい。
普段なら気鬱なだけの夜会の招待ではあるが、
今回はユウラの記憶の手がかりを探すためにも、レーナは積極的にこの夜会の招待を受けた。
自身の専属騎士としてユウラとクライスを伴ってアーザス国に入り、
彼らには別行動で生態CPUの処置を施す研究所を捜査させるつもりなのである。
「それでは姫様、夜会のためのドレスを選びましょうね」
ハンナは腕をまくって、レーナの衣裳部屋に乗り込むが、
「ええ、できる限り地味なものをお願い。
気配を消して、わたくしその場の空気になりきってみせるわ」
レーナが遠い目をした。
◇◇◇
一方、アーザス国にて。
「ウォルフ様~」
妙な媚びをその声色に滲ませて、
今日もフレイアはウォルフの後を追いかけまわす。
フレイアは硬質な金色の髪をきつく巻いて、
豊かな胸を強調した挑発的なファッションに身を包む。
肉厚的な唇が印象的な、派手な美人である。
ウォルフの公務の接待役を買って出たフレイアは、
グラマラスな肉体を武器に、
やたらとあざといボディータッチを試みるのだが、
ウォルフはうんざりとした表情である。
今も昼食会場へと案内をするためだと称して、
ウォルフの腕に手を絡ませてくるのだが、
その豊満な胸の弾力が微かにウォルフの腕に当たっている。
「フレイア、離れろ!」
ウォルフは不機嫌にフレイアの手を振りほどく。
(そういえばエルドレッド家にユウラを迎えに行った日、
『俺をお前に惚れさせてみろ!』と煽ったら、
ムキになったユウラがこうして俺の腕を組んだっけ?)
過ぎし日のユウラとの思い出に、
ウォルフの心が痛みに引き攣れる。
あの時は、好きな人の温もりを腕に感じてドキドキして、
フワフワして、今思えば泣きたいほどに幸せだった。
それがどうだ……?
ウォルフは物憂い視線をフレイアに向ける。
(なんのトキメキもないわ。
俺は枯れ切ったジジイかっていうくらい、ないわ)
そして盛大なため息を吐いて歩き出す。
「あっ、ちょっと待ってください。
ウォルフ様~」
そんなウォルフの苦悩を知ってか知らずか、
フレイアが喜々としてその後を追いかける。
「もうっ! ウォルフ様ったら」
フレイアは拗ねたように口を膨らませて、
そして当然のように、カフェテリアではウォルフの隣に座って、
やれ、おしぼりだの、
飲み物だの、取り皿だのと甲斐甲斐しく世話を焼いてくる。
「あのな……フレイア……」
(正直、迷惑だ)
そんな言葉を飲み込んで
ウォルフは眉間に皺を寄せる。
「何か?」
しかしフレイアは上機嫌でウォルフを見つめる。
すっかり恋する乙女のそれである。
そんなフレイアの眼差しに、ウォルフが一瞬怯む。
(うっ、これはヤバイ……かも)
ウォルフの中でけたたましい警報が鳴っている。
なにせ女という生き物はプライドの塊なのである。
決してフッてはいけない。
そしてその神経を逆なでしてはいけないのである。
その鉄の掟を違えるとき、女という生き物は第一種危険生物へと
変化を遂げる。
そうなってしまうともう手が付けられない。
まず、第一形態としてあることないことを女友達にぶちまけられて、
必ずこちらが悪人に仕立てられる。
女たちのネットワーク上にその存在を敵として上書きされ、
孤立させられる。
その後、平手の一発、二発で済めば御の字だが、
思い詰めるタイプの場合はこちらの命すら危ぶまれる事態になりかねない。
ゆえにウォルフの編み出した『好意を寄せられてはいるけれど、
こちらがその気のない女性と距離を置く一番安全な方法』は、
とにかく女に自分をフラせることなのだ。
「なあ、フレイア。
前にも言ったのだが、俺、実は男しか愛せない体質なんだ」
ウォルフはそういって切な気な表情を浮かべる。
「ええ、存じておりますわ。ウォルフ様」
フレイアがそう言ってにっこりとウォルフに微笑みかけると、
後ろ手を戒められたルークが、アーザス兵に連行されてこちらに歩いてくる。
「ルっ……ルーク!」
ウォルフが顔色を変える。
「ですから、わたくし、
このウォルフ様を惑わせる悪しき輩は一掃しようと思いますの」
フレイアは夢見るような眼差しでウォルフを見つめている。
「彼と、それに連なる戦艦『Black Princess』の乗組員がわたくしの手中にあることを
お忘れにならないで」
フレイアは小波のように笑った。




