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11.『私、騎士になりたいんだ』~ウォルフの追憶②

「大切な、大切な人?」


ユウラが呟いた。


「そうだ、ユウラ。

 ユウラは俺にとって、世界一大切な人ってことだ。

 だからユウラのことは俺が守るから、お前は何も心配しなくてもいいんだよ」


そういってやると、ユウラはほっとしたような表情を浮かべ、

涙目になった。

ウォルフは無言のままに、ユウラの手を取った。


小さな手だった。

小さくて柔らかい手。

あまりにも幼くて、頼りなくて、愛しくて。

拭った涙で濡れた手だった。


ユウラの体温は高い。

子供特有のその熱量が、掌を通してウォルフに伝わってくる。


ウォルフもまた、言葉にならない思いを、その掌の温もりに託して、

ユウラの心に届けばいいと願う。


ウォルフは車を走らせて、アルフォード家行きつけの宝石商に立ち寄らせた。


「おや、これはこれは。

 アルフォード家のウォルフ坊ちゃんではありませんか。

 本日はどんなご用件で?」


店主自らが、ウォルフを出迎えた。

小太りの小男だが、宝石を見る目と人を見る目は確かだ。


「この度我がアルフォード家と、彼女の生家であるエルドレッド家との

 婚約が整ったものでな。

 彼女に記念の品を贈りたいと思っている」


赤面し、少し緊張したような声色でそういったウォルフを、

店主が優しい眼差しで見つめている。


「でしたら、真珠のいいものが入っております。

 ご覧になりますか?」


そういって店の中に案内されると、

店主はいくつかの真珠を青の天鵞絨の小箱に入れて持って来た。


「アコヤの花珠か。気に入った。

 これを彼女に似合うように髪飾りに加工してやってくれ」


ウォルフがそういうと、店主はその真珠を

別室にいる加工技術者のもとに持って行った。


応接用のテーブルに、事務員がウォルフとユウラのための

お茶を運んできてくれたので、二人でお茶を飲みながらクッキーを頬張る。


「美味しいね」


と言ってユウラが微笑んだので、

ウォルフはペンを取りだしてそのメーカーを密かにメモった。


「ウォルフ様、こちらでいかがでしょう」


そういって店主が、ユウラのための髪飾りをトレーに乗せて持って来た。

銀の櫛に、真珠の愛らしい小花が揺れている。


「うわ~可愛い」


トレーを覗き込んだユウラが破顔する。


「ユウラ、母上の形見は取り上げられてしまったが、

 俺がお前にこの髪飾りを贈る。

 これからはこの髪飾りを見る度に、俺を思い出せ。

 お前はひとりじゃないってこと、

 俺がお前のことを大切に思っているってことを」


そう言ってウォルフは、ユウラの髪にその髪飾りを挿してやると、

ユウラは嬉しそうに微笑んだ。


「お前が悲しい思いをしないで済むように、

 これからは俺の家、アルフォード家で一緒に暮らそう」


そういってユウラの顔を覗き込むと、ユウラは微笑もうとして失敗した。

そして泣き笑いのまま、大粒の涙を流して首を横に振った。


「私、ウォルフの事は好きよ。ウォルフのお父様やお母様の事も大好き。

 だけど、私がウォルフのお家に行ってしまったら、お父様はどうなるの?」


ユウラの鳶色の澄んだ瞳が、涙に濡れている。


その場所にユウラを戻してしまえば、

ボロボロにされてしまうことは火を見るよりも明らかで、

しかし肉親の情を必死に求めている6歳の少女に対して、

一体何が言えただろうか。


ウォルフは拳をきつく握りしめた。


「ユウラは騎士になるの。

 立派な騎士になって、お父様の補佐になるのよ」


ユウラは真っすぐにウォルフを見つめてそう言った。

その眼差しに揺らぎはない。

しかし涙がとめどなくその頬に零れ落ちた。


ユウラは分かっているのだ。

このまま家に戻ればまたアミラに苛め抜かれ、

父であるハルマもきっとユウラを庇ってはくれないことを。


それは報われることのない、あまりにも純粋な献身だった。


「ユウラのアホっ!」


ウォルフは気が付いたらそう叫んでいた。


「お前、家に帰ったら、またいじめられるんだぞ!」


ウォルフの頬に涙が伝った。

ウォルフの言葉にユウラも半べそをかく。


「そんなこと、わかってるっ!

 でも大丈夫っ! ウォルフがいっぱい優しさをくれたからっ!」


涙を必死にこらえて、ユウラが怒ったようにそう言った。


「ユウラの……バカッ……バカッ……バカッ……」


ウォルフの語気が段々小さくなっていって、

やがて嗚咽にかわった。


そのタイミングで店員さんがボックステッシュを持って来てくれたので、

ウォルフは盛大に鼻をかんだ。


「ウォルフ、泣かないでよ。

 私、ウォルフに泣かれるのは苦手よ」


そういってオロオロとして、

心配そうにウォルフの顔を覗き込んだユウラを、

ウォルフがきつく抱きしめた。


「毎日電話するから。

 それと週末はかならずユウラを家に来させるように、ハルマ様に言うから」


ウォルフの腕の中で、ユウラが小さく頷いた。


「金曜ロードショーは、絶対一緒に観るんだからな。約束だぞ」


ウォルフが真剣な眼差しでそういうと、ユウラはぷっと噴出した。


ウォルフは結局ユウラをエルドレッド家に送り届け、

アミラに『ユウラに仇なすことは宰相家を敵に回すことだ』と、

きつく釘を刺した。


アミラは表面的にはウォルフと宰相家を恐れて、

ユウラに危害を加えることはなくなったが、


陰湿ないじめは以後も続いた。


◇◇◇


ウォルフはユウラをアカデミーの正門へと送り届け、

その背中を感慨深げに見送った。


ユウラが身に纏うことを選んだのは、ウェディングドレスではなく、

赤の軍服だ。


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