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107.「おかえり、セナ」

小雨の降りだした夜の街を、

セレーネが熱さましの小瓶を胸に抱いて、急ぎ足で宿屋を目指す。


絹のように細い銀の雨が、

セレーネの髪を、衣服をしっとりと濡らしていく。


石畳の歩道橋の下をくぐると、雨にぼんやりと霞む宿屋の明かりが見えてきた。

セレーネはほっと胸を撫で下ろした。


エントランスのドアを開けると、女将が血相を変えてセレーネに駆け寄った。


「あんた、ちょっと大変だよ!

 あんたの連れの赤い髪の可愛い子、

 今しがたイシュマエルの商隊の連中に連れて行かれちまったよ!」


セレーネが胸に抱きしめていた熱さましの小瓶が、

床に落ちて甲高い音を立てて割れた。


「女将! その商隊はどちらの方向に行った?」


セレーネが血相を変えて女将に詰め寄る。


「湖の方向だよ! あそこには宇宙(そら)へ抜けることのできる

 回廊が開かれているからね」


女将が心配そうに眉根を寄せた。

その眦に涙が滲む。


もうこの街から、何人もの幼子や生娘がそうやって、商隊に連れていかれては、

消息を絶った。


イシュマエルの商隊とは、闇市場(ブラック マーケット)での取引を生業にする死の商人だ。


マーケットに売りに出すのは武器や兵器だけでなく、

生身の人間やその臓器も扱うのだという。


女将の話に全身が粟立つような感覚を覚えて、

セレーネは夜の街に飛び出して、湖を目指して一心不乱に駆けていく。


(何をやっているんだ、私はっ!)


セレーネは歯を食いしばった。


セナの脳裏に、『ゆりかご』で涙を流すユウラの姿が過る。


(こんなのダメっ! 絶対にダメよ! 

 あの子はウォルフのもとにちゃんと返すんだからっ!

 ちゃんとウォルフのことを思い出して、ウォルフと結ばれて、

 幸せにならなくてはダメよっ!)


セレーネは走る。

ただひたすらに走る。


体中が心臓になったかのように、バクバクいっているが、

セレーネは構わない。


それ以上にユウラの命の灯が吹き消されてしまうのではないかという

不安に苛まれて、蹲りそうになる自分を必死で叱咤し、セレーネはひた走る。


月のない濃い闇の中を、一心不乱に駆け続けるのだ。


「きゃっ!」


刹那、セナが小さく悲鳴を上げた。

湖の水際に茂っている草に足を取られて、セレーネが派手に転んだ。


地面を這いつくばるセレーネの視界が急に明るくなる。

ハッとしたようにセレーネが顔を上げると、


船が湖水に浮き上がり離水する。


「あーーーーーー!」


セレーネが絶叫する。


船は速度を増して、宇宙(そら)へと遠ざかっていく。


「どうすりゃ、いいのよ。

 闇市場(ブラック マーケット)は管轄外だっちゅうの!」


セレーネが半泣きになって、その場で項垂れた。


◇◇◇


ウォルフとルークはいったん自国のレッドロラインに戻り、

現在はアーザス・リアンの連合との和平交渉の準備に奔走している。


宵のころに振り出した雨はすでに上がり、

月が雲間から顔を出した。


ルーク・レイランドは自室のバルコニーに出て、

ぼんやりとその光景に見入る。


「イミテーションとはいえ、よくできているよね」


そんな一人言を呟いて、ルークは思案の淵に沈んでいく。


ユウラの機体『アンクル・ウォルター』が、

敵将の機体『まほろば』によって屠られていく様がルークの脳裏を過った。


あれ以来、何度となくその光景が繰り返しルークの脳裏を過るのだ。


(ユウラだって、あれで一応赤服のトップガンなんだぞ?)


そう自問する。


(そのユウラが何の反応もできないなんて……)


その強さ、軌道の中に、ルークもやはりウォルフと同じ人物を見る。


「セナ・ユリアス……」


ルークが何気にその名前を呟くと、背後で甲高い金属音がした。


ルークが振り返ると、

月の女神の仮面をつけた女がその背後に立っていた。


どうやら手に持っていたナイフを

うっかりと落としてしまった様子である。


ルークはナイフを拾い、仮面の女に返してやる。


「君の?」


微妙な沈黙が二人を分つ。


「ル……ル……ルーク・レイランド! 覚悟っ!」


不自然に上ずった声を上げて、セレーネがナイフでルークに切りかかると、

ルークが顔色一つ変えずにその右手がセレーネの手首を掴んで、戒める。


「どうやらゲーム・セット……なのかな?」


そう言ってルークが微笑んで見せる。


ルークの左手がセレーネの仮面をはぎ取ると、

涙に濡れる、セナの素顔が露わになる。


「おかえり、セナ」


そう言ってルークがきつくセナを抱きしめた。


「やめろっ! バカッ……離せっ!」


セナがルークの胸の中で暴れるが、ルークは一向に気にせずに、

その腕を解く気はない。


「い・や・だっ!」


ルークはそう言って鼻の頭に皺を寄せた。


「私は……お前に抱きしめてもらう資格など……」


感極まったセナがルークの胸の中で泣きじゃくる。


「なんかさあ、どうやらユウラは無事らしいよ?」


ルークの言葉に、セナが目を瞬かせる。

そんなセナを見て、ルークがぷっと噴き出した。


「いや……失敬!」


そう言ってルークが咳払いをして、

親指で自分たちの後方に位置する部屋を指した。


ルークの自室に続く居間のソファーに、

金の髪に翡翠色の瞳の美少年が腰を掛けて、

優雅な仕草でお茶を飲んでいる。


その人物にセナが固まり、目を瞬かせる。


「ゼッ……ゼノア・サイファリアっ!」


セナが素っ頓狂な声を出すと、ガラス越しにゼノアと目が合った。

ゼノアはニタリと笑って、セナを見つめた。


「どうもぉ! 毎度おおきに♡」


そう言ってゼノアが食えない笑みを浮かべる。






















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