104.記憶
「とはいえ、今セナは立場的には国王陛下とカルシア様との
二重の『請け』を行ってるわけだよな。
カルシア様の手の者からユウラを守るという意味でも、
もう少しほとぼりが冷めるまでは
ユウラの生存は伏せておいた方がいいんじゃないのか?」
ゼノアが少し考え込むようにそう言った。
「ウォルフの立太子の事もある。
反対勢力がユウラに危害を加えないとも限らない」
そう言って国王も難しい顔をする。
「でしたらユウラは私の部隊でしばらく預かりましょうか?
カルシア様側を欺くため、手続き上は生態CPUとしての軽い記憶の操作を施しますが、
ブロックワードの発動で、記憶が戻るようにプログラミングしておいて、
常に私のそばに置くことで、彼女を守ることはできないでしょうか?」
セナの提案に、国王が顔を曇らせる。
記憶の操作など、そんな物騒なことはできればしたくはない。
しかし、ではどうやってユウラを守ることができる?
国王は自問する。
国王の脳裏に18年前に惨殺された妻と、
娘の記憶が蘇る。
彼女たちは王宮の最も警護が厚い場所でその命を奪われたのだ。
「方法は君に任せるよ」
そう言って国王はセナにユウラを託した。
そんな二人のやり取りに、ゼノアが目を細める。
◇◇◇
自身に宛がわれた『ガイア』の士官室で、
セナは仮面を外し、身に纏う騎士服を脱いだ。
衣擦れの音と共に、剥がれ落ちていく澱。
浴室の鏡に映るのは、生まれたままのセナ・ユリアスの姿だ。
背に流れる美しいプラチナブロンドの髪に、濃い紫の瞳。
すらりと長く伸びた四肢に、細くくびれた腰。
豊かな胸の頂きに咲く、
淡い桜色の突起がツンと上を向いている。
その素顔もまた、月の女神が地上に降り立ったかのような美女である。
セナは少し熱めのシャワーを浴びた。
白磁の肌が熱を帯びて、
ほんのりとピンク色に蒸気する。
(少し、疲れたな)
セナは小さな溜息を吐いた。
いくら使命とはいえ、
誰かを欺いて、誰かに欺かれて、
滅びゆく者の返り血を浴びて、自分はこの場所に立っている。
決してそんなことを夢に見て、騎士を目指したわけではない。
セナの脳裏に、ある思い出が過った。
◇◇◇
それは14歳のとき、ウォルフが初陣を迎える前夜だった。
ウォルフの初陣は自分と同じ時なのだと
信じて疑っていなかったので、
ずっと同じ土俵で成長してきたと思っていた幼馴染が、
自分よりも早く戦場に赴くのだと知ってショックを受けた。
セナは宿舎に泊まるウォルフを訪ね、
おもむろに自身が腰に帯びる剣を引き抜いてウォルフの前に掲げた。
「何?」
思いっきり不機嫌な顔でそう言われたが、
セナは気にしなかった。
「あんたも剣を抜きなさいよ」
セナも思いっきりウォルフを睨みつけてやった。
ウォルフと同室だったルークが、不穏な空気を読み取って
ひょっこりと顔を出した。
「初陣、あんたと一緒にいけなかったからっ!」
セナの瞳に涙が溢れた。
「戦場で私の想いがあんたを守るように、おまじない」
そんな不器用なセナの優しさに表情を弛めたのは、ルークだった。
そしてルークがセナに剣を重ねた。
「ウォルフも剣を重ねてよ。
僕もセナと同じ気持ちだから」
そういってルークがウォルフに微笑んで見せた。
「君の傍らにあって初陣を飾ることができなかったことが、
僕も悔しい」
そう言ってルークが下を向いた。
「ちっ! ったく……なんなんだよ、お前ら。
暑苦しいんだよ」
そういいながらも、渋々の様子を装ってウォルフもその剣を重ねた。
「我ら一同、生まれたときは違えども、
同じ時その瞬間に共に死することを願わん」
桃園の誓いだ。
純粋に仲間を想って、
そのためになら命さえ捨てる覚悟だった。
◇◇◇
セナはシャワーを止めて、バスタオルで髪を拭った。
(そりゃあ、さあ。きれい事だけでやっていける程、
甘い世界じゃない事は分かっているけどさ)
バスローブを羽織り、髪を拭きながら
セナはふとベッドに横たわり、眠り続けているユウラに目をやった。
(やっぱり、とても良く似ている)
ユウラの中にルークの面影を重ねるセナの胸に、
甘い疼きが込みあげる。
(もうかれこれ、
二年ほど全く会っていないんですけど……)
セナが盛大な溜息を吐いた。
(いくら国家機密とはいえ、これはひどくない?)
セナが遠い目をした。
(さすがにもう、彼女……いるよね。
嫌だな。これじゃあ、重い女じゃない)
とは思ってはみるものの、
その胸のバカ切ない思いは消せそうにない。
セナはユウラの頬にかかった髪を払ってやる。
「ユウラは不思議な子ね」
セナは愛し気にユウラに話しかけた。
「愛しい人の妹で、腐れ縁の幼馴染の婚約者……かぁ」
それにしてもあのアホが一体どんな顔して、
こんな可愛い子を口説くんだろう……?」
そんな風に考えると、セナの口元に知らず笑みが浮かぶ。
同時に胸に引きつれるような痛みを覚えた。
大切な人へと連なる記憶は、
きっと誰にとってもかけがえのない大切なもので、
そんな大切なものを、人為的に操作するなんてことは、
セナだって本当はやりたくない。
しかし生半可な方法でユウラを守れるという確証はない。
「ごめんね、ユウラ。
少しの間だけ、あなたの大切な記憶を操作させてもらうわね」
大切な人とのかけがえのない思い出が、ほんのひとときとはいえ、
その心から消えてしまうということが、
どれほど残酷なことかは、理解できる。
胸の痛みを制するために、セナが目を閉じた。
「だけど信じて、ユウラ。
この命に代えても必ず私があなたのことを守ってあげる」
セナの言葉を知ってか知らずか、ユウラは眠り続けている。




