102.葬送
「は? なんだ、これは……」
定まらない焦点のままに、
ウォルフ・レッドロラインがモニターを食い入るように見つめている。
砂嵐特融のザーッという雑音を、
聞くともなしに聞いていたのは一体どれだけの時間だったのだろうか。
画面に表示された『Lost』の赤文字の意味が、
ウォルフの脳裏に上手くつながらない。
ただどこか白けた意識の中で、
身体がギシギシと軋んで、震えがとまらない。
「ウォルフ?」
ルークが厳しい眼差しをウォルフに向けた。
それは友としての眼差しではなく、
将たる己の力量をはかる冷静な眼差しだった。
その眼差しがウォルフを現実に引き戻す。
(お前は厳しいな、ルーク。
こんな時でさえ、俺が悲しみにの中に蹲ることを
決して許してはくれないんだな)
ウォルフが寂しげな笑みを浮かべた。
(だけどこいつは俺がその魂に負った傷の深さを、
きっと誰よりも理解した上で
そんな眼差しを俺に寄越すのだ)
そんなウォルフをルークが真っすぐに見据える。
(それは常人にはできまい。
俺を誰よりも理解するお前だからこそ、
そんな眼差しを放って寄越すのだ。
そうやって、俺の成すべきことを示してくれているのだな)
ウォルフは自身を制するために大きく息を吸った。
「すまない。大丈夫だ」
ウォルフがきっと前を見据えてルークの肩に手を置いた。
(俺は、まだ倒れるわけにはいかない)
ウォルフは自身に必死にそう言い聞かせて奮い立たせる。
戦艦の周りには、自身を守るための無数の兵士たちの命がある。
(逃げるわけにはいかない。
それがどんな状況であったとしても)
それはウォルフ自身が背負う命であり、
誰もがウォルフを信じて、預けてくれた大切な命なのだ。
その一人一人に家族があり、その家族によって愛されている命だ。
誰一人無駄にしていい命ではない。
(ならば俺も、皆にこの身と魂を捧げなければ……な)
ウォルフが自軍への通信回路を開いた。
それでもその言葉を発するには、勇気がいった。
その身と魂を無数に切り刻まれるかのような苦痛を伴って、
ウォルフはその言葉を紡ぐ。
「敵軍に人質として捕らえられた、
レッドロライン軍 White Wing所属、ユウラ・エルドレッドが殉職した。
総員、敬礼!」
ウォルフの言葉に、皆がユウラの機体の方向に向かって敬礼した。
「謀反人カルシアを乗せた王族専用船『クレア』はすでにリアン国へ入国した。
あとは武力によらず、外交によっての交渉となる。
総員撤退!」
ウォルフの命令とともに、レッドロライン軍が引いていく。
その様を見届けてから、ウォルフがルークに切り出した。
「これで、いいか?」
静かな声色だった。
「うん、よく頑張ったよね」
ルークが下を向いた。
少し長めの前髪がその表情を隠すが、
床にポタリ、ポタリと雫が落ちる。
そこに声はない。
「俺に少しだけ、時間をくれないか?
あいつの亡骸を連れてきてやりたいんだ」
ウォルフの言葉に、ルークは無言のままに頷いた。
◇◇◇
ユウラの機体がビームライフルによって打ち抜かれ、
大きく跳ねた。
セレーネ・ウォーリアが目を見開いた。
なぜならそれは自身が放ったものではないからだ。
「まさか、あそこから?」
この場所から少し離れた場所に、小惑星がある。
セレーネが舌を巻いた。
ユウラの機体はコクピットではなく、
頭部に設置されているインカメラを的確に射抜かれていたのである。
それが合図と心得て、セレーネが機体の周りに弾幕を張った。
少しするとそこにシェバリエの機体が一機姿を現した。
隊長機でもなく、特別仕様でもなく、
ごく一般のレッドロライン兵士が騎乗するシェバリエだ。
「お前はゴルゴか?」
セレーネが通信機越しに思わず呟いた。
「失礼だな! そんなに濃くねぇよ」
通信機越しに少年の映像が映りこむ。
まだたったの13歳の、
その面影にあどけなさを残す少年だ。
心外だとばかりに、不満げに唇を尖らせてはいるが、
金色の髪に翡翠色の瞳を持つその少年は、
なるほど美しい。
もう少しすれば、王侯貴族の夜会で、
華ともてはやされる容姿だ。
知れず人目を引く華やかさと、
同時に対峙する相手を震撼させるオーラをあわせもっている。
「そんなことはどうでもいい、
それよりもゼノア・サイファリアよ。
『クレア』は無事にリアン国へと逃れたのだな?」
セレーネの言葉に、ゼノアが眉を吊り上げる。
「どうでもいいことはない。
お前が言ったんだろうが。
相変わらず失礼な奴だな。
っていうか、『クレア』は無事にリアン国へ入国した。
後はリアン国に潜入させている俺の部下達が上手くやるだろう」
そういってゼノアはリアン国のコロニーのある方に視線をやった。
「おっと、それよりも」
そう言ってゼノアが自身の機体のコクピットを開いて、
ユウラの機体へと飛び移った。
アンクル・ウォルターの非常用ボタンを押すと、
コクピットが開き、ゼノアはユウラを抱きかかえた。
その拍子にユウラの髪飾りがコクピットに落ちたが、
ゼノアはそれに気づかない。
銀の櫛に、真珠の小花が揺れている。
誰に気づかれることもなく、無重力の空間を
主を見失った銀の髪飾りが、悲し気に漂っている。




